外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2021年4月2日(金)

デュポン・サークル便り(4月2日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントン近郊にとって実は3月から4月にかけての季節はお天気の「魔の月」。ようやく春らしくなって、ポカポカ陽気が続いて、桜も開花して、これで春満開だ!こう喜んでいると、必ずといっていいほど、1、2回は真冬の天気に逆戻りするからです。今年も例外ではなく、先週は、半袖短パンで過ごしても汗ばむぐらいの陽気が数日続いて、桜も週末にかけて一気に満開になりました。ですが、なんと本稿を書いているエイプリル・フールの今日明日は「2月半ばか?」と思うほどの寒さ。ただでさえ外気温は7℃だというのに、木枯らしが吹き荒れ、体感温度は零下に。今夜から明日にかけては外気温が‐1℃まで下がる予報。この強風と寒さで、せっかく満開になった桜が一気にしぼんでしまうなぁ、とちょっと寂しくもなります。ですが、4月1日はメジャーリーグが、限られた人数ではありますが、観客をスタジアムにいれて開幕。少しずつ明るいニュースも出てきました。

今週のワシントンの二大ニュースは「バイデン大統領のインフラ整備計画発表」と「デレク・ショービン公判」です。前者については、バイデン大統領が、大統領選挙の公約の一つだった「米国内インフラへの再投資」を実際の政策に反映させたもので、3月31日に発表されました。今後8年間の間に総額2兆ドル(!)を投資するという、これまでになく大規模なインフラ整備計画には

  • 全米の橋、高速道路その他の道路の補修と再建(1150億ドル)
  • 全米における高速ブロードバンド通信の整備(1000億ドル)
  • 学校の校舎の新築や立て直し(1000億ドル)
  • 電線の強化と、クリーン・エネルギーへの移行を推進するための施策(1000億ドル)

などが含まれています。計画が発表された当日に、バイデン大統領自らが訪問先のペンシルベニア州ピッツバーグの職業訓練施設で演説を行いました。その中で大統領は、「アメリカ雇用計画」と名付けられたこの計画について「この計画は、ちまちまと細部をいじるものではない」「ミドルクラスを再構築する時だ」「大規模な計画か?答えはイエス。大胆な計画か?答えはイエス。そして、イエス、これを実現させることは可能だ」と熱く語りました。
ですが、計画を発表しただけでは話は終わりません。これからこの計画を予算法案に落とし込んでいくという非常に複雑かつ難しい作業がバイデン政権を待ち受けます。しかも、今回発表された計画は、アメリカ経済復興プランの両輪のうちの片方に過ぎません。もう片方の輪になる「アメリカの家庭のために計画」は数週間後に発表される予定ですが、こちらには、デイケアなどに対する一定の収入額を下回る家庭への補助金や税控除など、さらに政府支出を肥大化させる計画が含まれると言われています。

これだけ大きなインフラなど制度整備の投資の大部分を政府からの歳出で賄うという提案ですから、共和党議員はもちろん、保守的な有権者層を選挙区に抱える一部の民主党議員からも、「どこから予算持ってくるの?=増税!はけしからん!」となるのが、ワシントン議会政治のお約束。3月31日に発表されたこの計画も例外ではありません。すでに共和党の議員からは、バイデン大統領が計画の財源の一つとして挙げた法人税引き上げに強い反対論が出てきています。

上下両院で民主党が多数党であると言っても、下院での民主、共和党の議席数の差はそれほど大きくありません。上院に至っては、議席そのものは50対50のタイ。ハリス副大統領が上院議長としてタイブレーカーの一票を投じることができる、というだけの理由でかろうじて民主党が「多数党」の座にあるのが現実です。さらに、この「アメリカ雇用計画」への民主党議員の反応も様々。財源としての法人税増税を懸念する保守系議員が支持を躊躇する一方、リベラル系議員は「この程度の投資じゃ足りない!」と叫んでいます。この計画を具現化する法案成立まで、これだけバラバラな反応をしている民主党議員の支持を一枚岩で維持できるかでも、政権の手腕が試されます。

ですが、従来、インフラ整備への投資は、橋や道路が補修されるなど、一般の国民にも目に見えてわかりやすい成果がでます。地元への説明も比較的やりやすく、民主共和両党間で妥協が成立しやすい案件なのです。同計画に関する演説を、大統領選挙のたびに激戦州となるペンシルベニア州で、しかも州都のフィラデルフィアを敢えて外し、工業都市であるピッツバーグで行ったあたりに、バイデン大統領のしたたかな計算を感じます。「第二次世界大戦後最大規模の米国内雇用創出に向けた投資」と大統領自身が位置付けたこの計画、実際に予算化していくことができるか、今後が注目されます。

今週の2大ニュースのもう一つが「デレク・ショービン公判」です。日本では「それって誰??」が自然な反応だと思いますが、アメリカのお茶の間では、この人は悪い意味で「有名人」です。昨年5月、黒人男性のジョージ・フロイドさんを逮捕した際に、警官が彼の首根っこを膝で押さえつけて窒息死させた(警察側は、フロイドさんの死因は彼が既住症として持っていた呼吸器官系のトラブルが原因であると主張)様子がビデオで最後まで録画され、全米のSNSなどを通じて拡散しました。そう、その後全米各地での人種差別抗議活動や暴動のきっかけを作った警察官が、この「ショービン」なのです。

今週から始まった公判では、全米にあっという間に拡散したビデオを撮影したティーンエイジャーや、故人となったフロイドさんのガールフレンド、フロイドさんを救急病院に搬送する救急車に同乗した救急隊員などが、時に涙を浮かべ、時に声を震わせながら、当時の様子を証言しました。全米のテレビ局はもちろん、新聞系・雑誌系メディアも電子版で逐一、速報を流し続けています。こちらも、公判の結果によっては、最近急速に話題になっているアジア系アメリカ人を標的にした憎悪犯罪の増加とも相まって、再び人種問題を巡る緊張が米国内で高まりかねない大ニュースなのです。

一方、私の同僚の間での話題は、日米豪印関係の今後や4月16日ともいわれる初の日米外相会談、22日にバーチャルで開催が予定される気候変動サミットなどです。先週もそうでしたが、今週も「ワシントンDC近郊」と「それ以外のアメリカ」との温度差を強く感じる一週間となりました。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員