外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2021年3月26日(金)

デュポン・サークル便り(3月25日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントン近郊は、先週から今週にかけて一気に春らしくなりました。スーパーに買い出しに出かけると、途中の道端の桜が少しずつ開き始めている場所もあります。

先週から今週にかけて、アメリカ外交では、バイデン大統領が史上初の日米豪印(通称クアッド(四極))首脳会議をバーチャルで開催、その数日後にはアントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官が一緒に日本と韓国を訪問して、それぞれの国で外務・防衛閣僚協議(通称2+2)を開催しました。その後、ブリンケン国務長官はアメリカにとんぼ返りし、アラスカでジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官と合流の上、中国の楊潔篪・共産党政治局委員及び王毅・国務委員(外交担当)と、バイデン政権発足後初の米中外交トップ会談に臨み、一方、オースティン国防長官は別途インドを訪問・・・と目まぐるしい動きです。ちなみに、ブリンケン国務長官は米中会談を終えた直後にNATO訪問のためにブリュッセルに飛んでいます。書いているだけで頭が痛くなりそうな日程です。いったい、どうやって時差調整をしているのでしょうね。

イベントが目白押しのアメリカ外交日程ですが、バイデン政権がアメリカ外交の立て直し、特にトランプ前政権時代に「米軍にいてほしかったら費用全部払え」に代表される地上げ屋的アプローチで著しく傷ついた同盟関係の修復に対する本気度を窺わせる日程でもあります。特に、インド太平洋地域については、まず、バイデン大統領が日米豪印4か国間のバーチャル首脳会合と4首脳による共同声明発表に漕ぎつけたばかりでなく、その直後に国務長官、国防長官という重量級閣僚2名が揃って日本と韓国を訪問しました。こうした日程は、バイデン政権がインド太平洋地域の戦略環境の安定を外交政策上、本気で重視していることの証拠といってもいいのではないでしょうか。

この流れだけでもかなりのインパクトですが、それ以上に強烈な印象を残したのは、ブリンケン国務長官が日韓訪問を終えた帰り道、アラスカ州で行ったバイデン政権発足後初となる対面での米中高官会談です。ブリンケン国務長官は日韓を訪問して、中国のすぐ近くまで来ていたのに、先週は、あえて中国には足をのばさずにとんぼ返り。アメリカに戻るブリンケン長官を追いかけるように中国側から、現職と前職の外務大臣という重量級の二人が揃ってがアラスカまでやってくる、というこれまでに例をみない状況での米中初の高官レベルでの会談となりました。

会談前の双方のやり取りも、ここ最近の米中会談では見ない光景が出現しました。このようなハイレベルの会談が行われる時は、会談前にホスト側とゲスト側が、短い儀礼的挨拶を記者団の前で交わし、「では今から議論に入りますので」とさっさと引き上げるのが通例です。しかし、先週の米中高官会談では、ホスト側のブリンケン国務長官とサリバン国家安全保障担当大統領補佐官が、新彊ウイグル自治区や香港に対する政府の弾圧、台湾、南シナ海問題、サイバーセキュリティに至るまで、あらゆる問題を片っ端から上げて中国に対する「深い懸念」を表明、これに対してゲスト側の楊政治局委員と王国務委員が、なんと二人合わせて約20分近くに亘り、こちらもアメリカ国内における人種問題や、コロナウイルス対策の遅れなどの問題を次々とあげつらって延々と米国批判を繰り広げたのです。楊政治局委員が17分間、まくし立てている間、これを逐語通訳しなければならなかった通訳の方のご苦労は察するに余りあります。

しかも、中国側の批判の余りの激しさに我慢できなくなったのか、ブリンケン国務長官がさらに反論、これに対して王国務委員がさらに反論するという、反論合戦が展開し、会談が始まってもいないうちから、お互い戦闘モード全開になってしまいました。カメラの前で繰り広げられたこの光景は、米中関係が間違いなく「大国間の戦略的競争」のフェーズに入ったことをはっきりと示していました。

個人的には、「細身・長身・イケメン」のブリンケン国務長官とサリバン大統領補佐官対「とても中国人的」な政治局委員と王国務委員がビジュアル的にも対照的だったのが一番印象に残っていますが。。。

先週末には北朝鮮によるミサイル発射実験もあり、ワシントンのアジア政策専門家が、この10日間、次から次へと続くイベントの分析で盛り上がるのをよそに、同じ時期の米国内の最大の話題は「アジア系アメリカ人に対する憎悪犯罪の急増」と「7日間立て続けに全米各地で発生する銃乱射事件」でした。この二つの問題については、改めて取り上げたいと思いますが、専門家集団とそれ以外の一般の人々の関心のギャップの大きさを感じずにはいられません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員