外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2021年3月15日(月)

デュポン・サークル便り(3月12日)

[ デュポン・サークル便り ]


今週のワシントンは、一気に暖かくなりました。まだ朝夕は少し冷えますが、日中は半袖で十分なほどの暖かい天気で、春が近づいているのを感じます。今の状況では仕方がないこととは言え、つくづく「桜祭り」の延期が残念です。

日本では3月11日は、東日本大震災10周年という大事な日でしたが、こちらアメリカでもこの日は大事な節目の日でした。というのも、トランプ前大統領が、夜9時に大統領執務室からコロナウイルスについてテレビ演説を行ったのが、昨年の3月11日だからです。この演説のなかで、トランプ前大統領は、コロナウイルスは「リスクがとても、とても低い(very, very low)」と言い、米国内での新規感染数を抑えるために、欧州からの米国入国を30日間禁止するという発表を行いました。ワシントン州を中心に米国内で感染者数が増え続けているにも拘わらず、コロナウイルスを「中国が発生源の外国から持ち込まれたウイルス」と断定し、外国からの入国を禁止することで感染の拡大を抑えることができると言わんばかり。このトランプ前大統領の演説は、同じ日の昼間に連邦議会下院政府監視・改革委員会で行われた公聴会で証言したアンソニー・ファウチ米国アレルギー・感染症研究所長が、米国内におけるコロナウイルス感染状況について聞かれた際に「端的に申し上げますと、状況は今よりももっとひどくなります」と答えた内容と大きく矛盾していました。当然ながら、トランプ前大統領が事実を歪曲して伝えている、と批判されました。

あれから一年たった今日、バイデン大統領は、大統領就任式以来、初めて国民に語り掛ける演説を行いました。テーマはもちろんコロナウイルス。この演説の中で、バイデン大統領は、トランプ前大統領を名指して批判することこそしなかったものの、「1年前、我々は、あるウイルスにやられましたが、このウイルスによる感染は、それから何日も、何週間も何か月間も、全くチェックされないまま放置されました」「このことにより、ますます多くの命が失われ、感染者数は増え、ストレスや寂しさも増しました」などと語り、トランプ前大統領の「無作為の罪」を強調してしました。また、バイデン大統領は、新型コロナウイルスの症例が既に米国内で報告されていることを含め、コロナウイルスをめぐる現在の米国の状況について詳しく説明しました。その上で大統領は、今年の5月1日までに18歳以上の全ての成人がコロナウイルスのワクチンを接種できる態勢を整えるように指示したこと、また米国内のすべての人が外出時のマスク着用や手洗いの励行などの措置を続ければ「7月4日には、皆さんの家の裏庭でアメリカ独立を祝ってバーべキューができるようになっている可能性は確実にあります」とも述べました。このように今回の演説は、今年の夏には、少しずつではあるものの、日常生活が「コロナ前」の生活に戻るという道標を米国民に対して提示した重要な演説となりました。

一方で、当地では、現在存命の大統領経験者(カーター、クリントン、ブッシュ、オバマ)が共同で制作した、コロナウイルス・ワクチンの予防接種の励行を目指すテレビ広告にトランプ前大統領が参加していないことも話題となっています。存命の大統領経験者のグループというのは、おそらくアメリカでは最も参加の難しいグループなのですが、トランプ前大統領は在職中から、存命の大統領経験者から冷たい扱いを受けていたのです。例えば、2018年12月にジョージ・HW・ブッシュ元大統領の葬儀の際、当時存命の大統領経験者全員がワシントン大聖堂に集いました。ところが、当時現職だったトランプ大統領夫妻はオバマ前大統領夫妻、ブッシュ元大統領夫妻、クリントン元大統領夫妻が同窓会状態で親しげに話をしている輪に全く入っていくことができませんでした。こうした様子が全米のお茶の間にテレビの生放送で流れ、当時からすでに「仲間外れ」感は否めませんでした。されば、コロナウイルス・ワクチンの接種励行を目的に作られた大統領経験者による広告を作る際にもトランプ前大統領にお声がかからなかったのは当然と言えば当然なのですが。。。

11日の演説でバイデン大統領は、今年の7月4日を人々の生活がコロナ前の日常に近い形に戻り始める時期と位置付けました。昨年の春は、トランプ前大統領が「今年のイースターまでには、米国内からコロナウイルスは消えている」と根拠なき自信に満ち溢れた発言を行ったため、イースター後も感染が続いた際には、厳しい批判に晒されました。さて、バイデン政権にとって「7月4日」という目標が吉と出るか、凶と出るか。アメリカで暮らす人々の生活に直結する大問題、これからの、事態の推移からは目が離せない時期が続きそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員