外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2021年2月26日(金)

デュポン・サークル便り(2月26日)

[ デュポン・サークル便り ]


雪・みぞれ・氷雨の「3重苦」でワシントン近郊の学校が軒並み休校、連邦政府もお休みとなった先週とは打って変わって、今週は暖かい日が続いています。気が付けば来週はもう3月。このまま春に向かうのでしょうか。アメリカではファイザー社、モデルナ社のワクチンに続き、ジョンソン&ジョンソン社が開発したワクチンの連邦薬品局(FDA)による認可が早ければ来週中にも実現するかどうかという状況で、少しずつ「コロナ後」の生活に向けた希望が出てきました。

先週の最大のニュースだった前大統領の二度目の弾劾裁判は213日に上院でトランプ氏が無罪判決を受けたことで幕を閉じました。その後ワシントンの関心は、早くもバイデン政権が議会に提出したコロナウイルス対策の景気浮揚策パッケージや、閣僚級人事の指名承認の行方に移っています。

中でもコロナウイルス対策を含む景気浮揚策パッケージは、今後のバイデン政権の議会との関係、ひいては政権運営の行方を占う試金石ともいわれる重要案件です。このパッケージは、コロナウイルスにより経済的に苦しくなった家庭への一家庭当たり1400ドルの補助金支出をはじめ、失業保険適用期間の延期やワクチン開発や、全米各州の学校に対する補助金の支出などを含む大規模なもので、総額1兆9千億ドルとも言われています。バイデン大統領は、政権発足当初から、この景気浮揚策パッケージについて全米各州で一般市民との対話集会を開き、コロナウイルスによる死者が全米で50万人を超えた2月22日に行われた追悼集会での演説で「今こそ、思い切って大規模な支援パッケージを出す時だ」と熱のこもった演説をするなど、政権の支出案への支持を集めるために努力しています。ですが、共和党側は「支出額が大きすぎる」と、政権が提案している景気浮揚策には冷淡な反応。民主党が議席の過半数を占める下院では、バイデン政権が提案した景気浮揚策パッケージにさらに最低賃金を時給15ドルに引き上げる条項まで含んだ予算案が可決されましたが、上院では下院が可決したこの法案が成立する可能性は極めて低く、バイデン政権、上院そして下院の間で予算案をめぐる折衝が延々と続く中、トランプ政権時に成立した経済支援パッケージが期限切れとなる日が刻々と迫っています。

また、バイデン政権の幹部人事の指名承認でも、今週は一波乱ありました。政権発足直後の数週間は、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官、イエレン財務長官、ブディジェッチ運輸長官、ハインズ国家情報官、グリーンフィールド国連大使、マヨルカ国土安全保障長官などの閣僚人事が次々とスムーズに上院で承認され、なかなか閣僚の指名承認が進まなかったトランプ前政権とは一味違うバイデン政権でしたが、ここに来て連邦予算をまとめる過程で中心的役割を果たす予算管理局(OMB)局長人事や内務長官人事が揉めているのです。特に問題なのはOMB局長人事。OMB局長は、連邦政府の予算案をめぐる議会との折衝で中心的な役割を果たす非常に重要なポストで、ワシントンのシンクタンクの中でも、最も民主党寄りという評価の全米進歩政策研究所(Center for American Progress, CAP)のニーラ・タンデン所長が指名されています。ですが、彼女がCAP所長時代、頻繁にツイートで共和党、民主党両党の連邦議員の言動や投票行動を名指して批判していたことを複数の上院議員が問題視。民主党上院議員の中にも彼女のOMB局長指名を支持しないと言明する議員が現れ、さらに、ロムニー上院議員やコリンズ上院議員など、穏健派共和党上院議員の間でも彼女の人事を支持しないと決めた議員が出てきたことで、今やタンデン氏の指名承認はほぼ絶望的な状況になっています。バイデン政権はまだタンデン氏の指名を撤回する姿勢は見せていません。しかし、OMB局長という重要人事で躓くと、現在、政権が肝入りで成立を目指すコロナウイルス対策の景気浮揚策パッケージをはじめ、予算が絡む案件で議会との交渉を行う重要なポストが空席のまま続くことになり、今後の政権運営に悪い影響を与えかねないと懸念されています。

しかし、各種案件でホワイトハウスと議会が対立することは、アメリカでは決して珍しいことではありません。特に現在の上院は、民主党と共和党が議席を50席ずつ分け合っている状態のため、民主党の上院議員から一人でも造反がでると、共和党上院議員の中で政権の政策を支持する議員が出てこない限り、法案を成立させることが難しくなる状況です。特に人事では、どの政権でも必ず、行政府提案人事を自動承認することを潔しとしない連邦議会の「生贄」となるポストが1つや2つ出るのは、ほとんどワシントンの「お約束」です。政府を離れていた間に出したツイートで連邦議員を名指して批判したことで足をすくわれる結果となったタンデン氏は、この「生贄」になる材料を自から提供してまった訳で、「身から出た錆」とも言えます。

とはいえ、バイデン政権が発足してから早くも1か月がたちますが、この間は大統領の仰天ツイートに振り回されることもなくなり、ホワイトハウス定例記者ブリーフィングも再開。「トランプ前」のワシントンの雰囲気に少しずつ戻りつつあることは事実で、このこと自体は歓迎すべきことなのかもしれません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員