外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2021年2月12日(金)

デュポン・サークル便り(2月12日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは今週も寒い1週間でした。ここ数日、日没から翌日の正午ぐらいまで雪やみぞれが降る天気が続いており、週末は氷雨が降るという予想。路面凍結が心配されます。日本からは森元総理の日本オリンピック委員会委員長辞任のニュースが飛び込んできましたが、日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週のワシントンの最大のニュースは、なんといってもトランプ前大統領の二度目の弾劾裁判です。弾劾裁判は29日~11日の3日間、トランプ前大統領を訴追した下院弾劾マネージャー、いわゆる原告・検察側による弁論が行われました。トランプ前大統領の弁護団による弁護は、来週行われる予定ですが、一部の報道では弁護側の弁論は1日で終わる可能性が高いとか。

一昨年秋に行われた第1回目の弾劾裁判の罪状は「トランプ大統領が、ホワイトハウスでの首脳会談を餌にウクライナの大統領に圧力をかけたか」「ロシアが2016年大統領選挙で情報工作してヒラリー・クリントン元大統領候補に不利な情報を意図的に流布したことをトランプ大統領が承知していたかどうか」でした。これだけでも十分、重罪だと思われるのですが、トランプに首にされた顧問弁護士や、トランプに更迭された駐ウクライナ米国大使などからの間接的な証言しかとることができず、罪状とトランプ大統領の間にはっきりとした関連性が築けなかったことが最大の理由で、結果的には免罪となりました。

しかし、今回の罪状は「トランプ大統領が、昨年11月の大統領選挙の結果を受け入れず『広範な不正が行われた結果、自分は選挙に負けた』とう根拠のない発言を続けたことで結果1月6日の連邦議会議事堂に対する極右集団による襲撃を煽動・教唆した」という前回の弾劾裁判よりは因果関係がはるかにわかりやすいもの。具体的には事件があった16日の午前中に、ホワイトハウス前で自分の支持者集団の集会に家族で出席、「今から連邦議事堂に行こう。そして正しい行動(←「バイデン勝利」の選挙結果の認定に反対する投票を行うこと)をとっている議員を応援しよう」などの発言をした結果、トランプが自分たちと一緒に議会議事堂まで行進してくれると思いこんだ支持者が大挙して議会議事堂に押し寄せ、一部が暴徒化し、19世紀の米英戦争以来の連邦議事堂襲撃という事態を引き起こしたことに対する責任を問うものです。

29日正午から開始されたトランプ前大統領の弾劾裁判は、まず「前大統領を弾劾裁判にかけることの合憲性」という「そもそも論」について下院弾劾マネージャーとトランプ弁護団が議論。ミット・ロムニー上院議員、スーザン・コリンズ上院議員など、計6名が民主党議員とともに、前大統領を弾劾裁判で審議するのは合憲とする投票を行い、これを受けて弾劾裁判が正式に開始されたわけです。ところが、「合憲」を主張する民主党議員6名からなる下院弾劾マネージャーチームによる弁論は「よくまとまっており、論点も明確で、非常に優れた弁論だった」と共和党上院議員からも賞賛を集めました。「双方の弁論を聞いた結果、弾劾裁判にどのように投票するかは、オープンマインドで今後の議論を聞いてから決める、と考えを改めた」(ベン・キャシディ共和党上院議員、ルイジアナ州選出)という議員も出るほどです。これに対して「違憲」を主張するトランプ前大統領の弁護団による弁論は「何を目指しているのかわからなかった」(リサ・マカウスキー共和党上院議員、アラスカ州選出)という事後のコメントに代表されるような、惨憺たるパフォーマンスで、テレビで一部始終を見ていたトランプ前大統領も激怒したと報じられています。

基本的にはトランプ前大統領を免罪する方針を変えない「敵方」の共和党上院議員からさえ賞賛を集めた、原告(検察)側となる下院弾劾マネジャーチームを率いるのはジェイミー・ラスキン下院議員。ケネディ政権時代に国家安全保障会議や予算管理局(当時は予算局と呼ばれていました)に勤務した父親を持つ彼は、ワシントンDC生まれ。ハーバード大、同大学法律大学院を卒業した秀才です。25年以上、アメリカン大学で法律大学院教授として憲法学を教えた経歴も持っており、今回の弾劾裁判で彼の下で弾劾管理マネージャーとして弁論を行ったステーシー・プラスケット下院議員は、彼の教え子でもあります。

プロの法律家であるラスキン下院議員が率いる下院弾劾マネージャー・チームは、911日の3日間にわたり、当日の議会内の監視カメラや、議会警察官が着用していたビデオなどの映像、さらには、襲撃事件に関与したかどで逮捕されたトランプ支持者の発言などの事実を淡々と積み上げ、「このままトランプ前大統領の責任を問わなければ『選挙結果が気に入らなければ支持者を煽って暴動を起こせばいい。それでも事後、何ら責任は問われない』という、米国の民主主義にとって極めて悪しき前例を残してしまう」といった議論を展開。公平に見ても相当説得力のある弁論でした。

ですが、現時点の見立てでは、トランプ前大統領に有罪判決を下すために必要な67票が集まる見通しは低いのが現実です。そればかりか、テッド・クルーズ上院議員、マルコ・ルビオ上院議員など、2024年大統領選挙でトランプ支持層の票が欲しい上院議員にいたっては、いまだに「前大統領を弾劾裁判にかけるのは違憲」という姿勢を崩していません。メディアに頻繁に登場する共和党系の政治コメンテーターも、さすがに「今の共和党は、共和党の体をなしていない。トランプ狂信者の集まりになってしまっている」と苦言を呈しています。

このような状況で、このコラムが掲載される12日にはトランプ前大統領弁護団が口頭弁論を始めます。さらに、34日に、トランプ前大統領が再びワシントンに姿を現して大統領職に復帰するという都市伝説が、前大統領支持者の間で拡散しており、これに合わせて暴動を起こす計画を右派集団が立てていることが報じられるなど、どんどんワシントンDCの情勢は不穏になってきています。ワシントンに来て30年近くになりますが、今のような空気はこれまで感じたことがありません。当分、身の回りには十分、注意して生活したいと思います。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員