キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2021年1月19日(火)
[ デュポン・サークル便り ]
先週のデュポン・サークル便りでは、1月6日に連邦議会が行った昨年11月の大統領選挙の結果認定を巡りワシントンDCで抗議集会を開いていたトランプ大統領支持者の一部が暴徒化して連邦議会議事堂や議員会館を襲撃したことをお伝えしました。あの事件は親トランプ大統領メディアの代表格であるフォックス・ニュースですら「1814年以来のワシントンDC市内での騒乱」「民主主義に対する攻撃」と報じていますが、あれから1週間以上経っても、先週の騒乱をめぐるトランプ大統領の言動によるインパクトはまだまだ続いています。
目下、アメリカ政治の最大の焦点は、トランプ大統領にどのような責任を取らせるかです。選挙結果をいつまでも認めようとせず、明確な根拠を示すことなく「不正選挙だ」という主張を繰り返し、議会が選挙結果を正式に認定する当日、立法府に対する攻撃を煽る発言をして、議事堂襲撃という事態を招いたからです。6日の騒乱以降、
オプション1:憲法修正第25条を発動し大統領を罷免する
オプション2:トランプ大統領を再び弾劾する
の二つのオプションのどちらをとるかで、民主、共和両党間の駆け引きが続いていましたが、12日夜にマイク・ペンス副大統領が「憲法修正第25条を発動する意思はない」ことを議会に伝えたことで、オプション1は消去されました。ペンス副大統領がこの意図を明らかにする前から、下院では弾劾決議案の起案を行っていましたが、12日のペンス副大統領による正式な意思表明を受けて、13日に下院で、「騒乱を煽動した」という罪状でトランプ大統領を弾劾する決議を賛成232、反対197で可決。昨年秋の一度目の弾劾決議採決の時とは異なり、10名の共和党議員が民主党議員とともに大統領弾劾決議に賛成票を投じ、トランプ大統領は米国史上初、任期中に2度弾劾された大統領、という不名誉な称号を得ることとなりました。
ただし、弾劾裁判が行われるのは上院です。ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務は、バイデン政権が発足するまで弾劾裁判を始める意思はないことをすでに表明し、共和党上院議員にも、「1月20日までは政権移行プロセスに関連する事案にフォーカスしてほしい」旨を伝達していますので、弾劾裁判が開始されるのはどんなに早くても1月20日に大統領就任式が終了したあとになります。しかも、大統領就任式の週は、すでにアンソニー・ブリンケン国務長官、ジャネット・イエレン財務長官、ロイド・オースティン国防長官、アレハンドロ・マヨルカス国土安全保障長官の4閣僚の指名承認公聴会が既に設定されている忙しい週です。それだけではなく、バイデン陣営はすでに、新政権発足後、速やかに、コロナウイルス感染拡大に伴う経済活動規制で経済的ダメージを受けた一般家庭や中小企業などに追加的に補助金を給付する法案を一刻も早く成立させたいという意思を明確にしているため、この法案を速やかに起案することも議会には求められます。つまり、新政権発足直後の議会は大忙し。どうやって弾劾裁判と両立させるのか、という問題が発生します。
ここでポイントになるのが、1月20日以降は、上院も民主党が多数党になるということ。多数党の上院院内総務は上院の議事進行、取り上げる法案の順番、指名承認公聴会の日程調整などに大きな影響力を持ちます。例えば、オバマ政権最後の年の2016年に、オバマ大統領が最高裁判事に目リック・ガーランド連邦控訴審判事(今回、バイデン政権で司法長官に指名されました)を指名したにも拘わらず、指名承認公聴会すら開かれないまま政権交代を迎えてしまったのは、2017年には共和党政権になることが分かっていたミッチ・マコーネル共和党上院院内総務が頑として指名承認公聴会開催を拒んだからです。また、昨年秋のトランプ大統領に対する弾劾裁判があっという間に終わるスピード裁判になったのも、マコーネル共和党上院院内総務の意向が強く働いたからです。ですが、1月20日になるとこの状況は一変します。民主党が多数党になるため、チャック・シューマー民主党上院院内総務の影響力が大きくなるからです。シューマー民主党上院院内総務はすでに「例えば、午前中は指名承認公聴会や法案審議など通常の議事、午後は弾劾裁判のようなハイブリッドの日程はどうか」と発言をしています。マコーネル共和党上院院内総務と調整する必要はありますが、前回の弾劾裁判のように、共和党側に押し切られることはありません。
シューマー民主党上院院内総務の調整相手となるマコーネル共和党上院院内総務も、「バイデン政権発足まで弾劾裁判の手続きは取らない」と言明はしましたが、バイデン政権発足後、弾劾裁判開催に同意するのかしないのか、弾劾裁判が行われた場合に、自分がどのように投票するのかなどについては、一切明らかにしていません。ちなみに、マコーネル共和党上院院内総務本人は、1月5日に行われたジョージア州の上院選決選投票で共和党が2議席とも失ったのは、トランプ大統領が自分の選挙結果に固執し続け、激戦州のひとつだったジョージア州の知事や州務長官に圧力をかけたことなどが報じられた結果、民主党側の投票率が上がったことが原因であるとして、トランプ大統領に激怒しており、もはやトランプ大統領を擁護する意思はみじんもないと言われています。しかも、「弾劾裁判の結果はどうあれ、直後に、トランプ大統領が今後公職に就くことを禁じる両院合同決議を可決することが、共和党内からトランプ色を一掃する最も手っ取り早い方法だ」と周囲に漏らしているとも言われているのです。
果たしてトランプ大統領は2回目の弾劾裁判を受けることになるのでしょうか。これから1週間、上院側の動きから目が離せません。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員