外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2021年1月8日(金)

デュポン・サークル便り(1月8日)

[ デュポン・サークル便り ]


1月7日、日本ではコロナウイルスの感染拡大に伴い非常事態宣言が出されましたが、ワシントンでも16日から7日にかけては、「とんでもない」としか形容しようのない出来事が続いた24時間でした。前回1229日付の「デュポン・サークル便り」ではこう書きました。「トランプ大統領が根拠のない陰謀説を唱え続けて昨年11月の大統領選挙での敗北を認めようとしないことで、1月6日に連邦議会上下両院合同本会議で全米各州の選挙人による投票結果を認定し、バイデン前副大統領を正式に次期大統領として認めるという手続きがすんなりといくかどうか不透明」だと。16日には予定どおり、連邦議会上下両院合同本会議が行われたのですが、これがなんと最悪も最悪の事件が起きたのです。トランプ寄りの報道で知られるフォックス・ニュースまでもが、「民主主義に対する攻撃」「1814年以来のワシントンDC市内での騒乱」と報じる事態に発展、ワシントンDCだけでなく、DCに隣接するバージニア州アーリントン郡やアレキサンドリア市でも、24時間の外出禁止令が発動されました。

そもそも、6日は朝から雰囲気は不穏でした。CNNなどでは、投票結果認定プロセスを上院議長として仕切る役割を果たすマイク・ペンス副大統領が、トランプ大統領に対し、「自分は投票結果を却下したり、各州から提出された選挙人リストを却下する権限は憲法上与えられていない(=自分の一存で選挙結果をひっくり返すことはできない)」と説明、トランプ大統領が激怒している旨報じられました。さらに、同日午前11時にホワイトハウス前の広場で行われたトランプ支持者による集会で、トランプ大統領が「議会議事堂まで一緒に歩こう。そして、上下両院の議員が勇敢な行動をとる様子を応援しよう・・・我々は力を示さなければいけないし、強くなければならない」と演説しました。この集会が終わった直後、トランプ大統領の演説に勇気づけられ、トランプ大統領も自分たちと一緒に議事堂に乗り込んでくれると思った集会出席者が大挙して連邦議会議事堂や議員会館に押し寄せ暴徒化します。彼らは午後1時から各州の選挙結果を認定するため議員が集まっていた下院本会議場に乱入を試み、窓ガラスを割ったり、議員会館の議員事務所に押し入ったりする事態となったのです。本会議場のドアを椅子や机でバリケードし、割られた窓ガラスの向こう側にいるトランプ大統領支持者に対し銃を向けて本会議場を守ろうとする議会衛視たちの映像は主要テレビ局で繰り返し報じられ、全米に大きな衝撃を与えました。

このような事態になってもトランプ大統領からは、議事堂での暴力行為を非難する発言はいつまでたっても出ませんでした。数時間後やっとホワイトハウスがツイッターで公開したビデオ映像では、「君たちの声は届いたはずだ。君たちを愛している。でも、暴力はいけない。平穏に家に戻りなさい」と、暴力行為を非難しているのか、賞賛しているのか、よくわからない発言を繰り返しました。娘のイバンカ・トランプに至っては、暴徒化した大統領支持者を「愛国者の皆さん」とツイートの中で呼びかけたものの、轟々たる非難が殺到してからは秒速でそのツイートを削除しました。要するにトランプ一家は、議事堂で悪化する暴力行為を遠くから面白がって見物しているとしか思えない言動に終始したのです。

事態がここに至って、ようやく事の重大さを自覚したのか、合同本会議開催前には「選挙結果に抗議する」ことを宣言していた共和党上院議員たちが次々と立場を変え始めました。ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務は、議事堂に突撃した暴徒による行為を「反乱行為(act of insurrection)」と直球で批判。生存する唯一人の共和党大統領であるジョージ・W・ブッシュ元大統領も声明を出し、議事堂での暴徒による行動は「バナナ共和国(政治的に不安定な非民主主義国を象徴的に表現する言葉)で選挙結果の正当性が争われる時に見られる光景で、我が民主共和国であってはならない事態だ」「選挙日以降の一部の政治指導者たちの危険を顧みない行動や、今日、我が国の組織、伝統そして法執行当局に対して向けられた全く尊敬の念に欠如する行動をおぞましいと思う」という明らかにトランプ大統領と彼の側近を批判しています。これ以外にも、従来トランプ大統領支持者が共和党から離れることを恐れ沈黙を守っていた共和党議員たちも次々にトランプ大統領に対する批判を口にするようになりました。

その結果、6日午後8時に合同本会議が再開されてからは、共和党下院議員がペンシルベニア州、ウィスコンシン州など数州の選挙結果に抗議する動議を提案しても、これに賛同する上院議員は一人も出ませんでした。その結果、7日午前340分過ぎにようやくペンス副大統領が昨年11月大統領選挙の選挙結果を認定、バイデン前副大統領が正式に次期米大統領になることが確定しました。

一夜明けた今でも、ワシントンDCでは120日の大統領就任式が終了するまで緊急事態宣言が延長されるなど、昨日の一連の事件の衝撃が尾を引いています。トランプ大統領の昨日の煽動的な言動と、その結果発生した議事堂での騒乱を受けて、エレイン・チャオ運輸長官が辞任、一時はメニューチン財務長官の辞任も伝えられるなど、トランプ政権の空洞化が一層加速しました。更に、ナンシー・ペロシ下院議長やチャック・シューマー民主党上院院内総務からは「大統領が辞任しなければ、憲法修正第25条に基づき、トランプ大統領を大統領職から解任するか、弾劾するべきだ」という声が出始め、この主張に対する支持が静かに共和党支持者の間でも広がり始める事態に発展しています。

トランプ氏は先ほどようやく「事実上の敗北宣言」を行い、「スムーズな政権移行を行う」と述べましたが、ワシントンDCがこんな状態なので、普段だったら今週の大ニュースになっていたはずなのに完全に霞んでしまったのが、5日に2議席を争って行われたジョージア州上院議員選決選投票でした。

ジョージア州では1992年議会選挙以来、民主党候補は勝てておらず、上院軍事委員長も務めた民主党の重鎮サム・ナン上院議員が1995年に引退して以来、2議席ある議席の両方を共和党議員が占める共和党の牙城でした。それが今回の選挙で両議席とも民主党候補が勝利、これによって、きわめて僅差ではありますが、上院も民主党が多数党になることが確定したのです。ジョージア州共和党関係者の中では、トランプ大統領の大統領選以降の言動、特に、同州の知事(共和党)や州務長官(共和党)に対し、選挙結果をひっくり返すように圧力をかけ続けたことが、決選投票で現職の共和党上院議員が二人とも議席を失う原因になったとして、トランプ大統領とその周辺に対する不満が渦巻いているとか。

いずれにせよ、今回の一連の事件は、1993年秋に渡米して以来約28年間、アメリカ、それもワシントンDC近郊で過ごしている私にですら、2001911日にワシントンDCとニューヨークを襲った連続テロ事件以上の衝撃でした。正直なところ、この「デュポン・サークル便り」も昨日出すつもりで準備を始めたのですが、事態が深刻になるにつれてショックが深まり、結局、昨日は一日ほとんど仕事が手につかないまま終わってしまいました。一夜明けた今日は気持ちはかなり鎮まりましたが、私のワシントンDCでの職場であるスティムソン・センターのスタッフにはDC市内に在住している若手スタッフが多いせいか、ショックが続いているようです。部下を抱える主任研究員クラスはそれぞれ、自分のチームの若手スタッフのメンタル・ケアに努力を傾注するように指示されるなど、まだまだ、昨日の騒乱の後遺症は尾を引きそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員