キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年11月13日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
大統領選挙が終了し10日間立った今も、ワシントンはまだまだ選挙関連ニュースで落ち着きません。トランプ大統領は、相変わらず敗北宣言を出すことを拒否、同大統領陣営は全米各地で選挙不正を訴える訴訟を打ち切る構えを見せていません。それどころか、ウイリアム・バー司法長官が9日には、各州が選挙結果を認定する前に、選挙不正の疑いがある場合に捜査する権限を全米各州の地方検察官に認めたかと思えば、10日にはマイク・ポンペオ国務長官が国務省で行った記者会見の席上で選挙結果について問われ、「第2次トランプ政権への移行は円滑に行われる」と仰天発言をするなど、選挙結果を認めたくないトランプ大統領の意向を反映した政権幹部の行動はエスカレートしています。こんな状態を称して、10日にCNNのニュース番組にゲストとして登場したウイリアム・コーエン元国防長官は「民主主義というより独裁主義国家の政府のやることに近い」とトランプ政権の行動を厳しく批判。ジョン・ボルトン前国家安全保障担当大統領補佐官も、「(ポンペオ長官の発言は)現実逃避。彼の国際的な信用度は地に落ちた」と酷評しています。
さらに、米連邦政府調達局が依然として「バイデン当選」を認定しようとしないため、バイデン陣営が正式に政権移行プロセスに入るための手続きに入ることができていないことも問題視されています。バイデン次期大統領とハリス次期副大統領は、大統領が毎日受ける情報ブリーフィングを未だ受けることができていません。国内の識者の間では「トランプ政権の行動は『政権交代を平和裏に行う』というこれまでの慣例を全く無視したもので危険」「政権移行プロセスを遅滞させている政権の行動は、全米で毎日、1000人以上がコロナウイルスにより命を落としている現状を鑑みた場合、単に「せこい」という状態をはるかに超えて、安全保障・公衆衛生上のリスク」という指摘が出るようになりました。
ところが、ここにきて、バイデン陣営に意外な援軍が登場しました。共和党系の凄腕弁護士として知られるベン・ギンズバーグ氏が、トランプ政権批判に乗り出したのです。
ギンズバーグ氏は、2000年大統領選挙時、ブッシュ陣営で、ベーカー元国務長官らとともにフロリダ州における票の再集計で大活躍、ブッシュ大統領当選の縁の下の力持ち的役割を果たしました。当時の様子をテレビドラマ化した「リカウント(再集計)」ではギンズバーグ氏は主役級の扱いになっているほど。「票の再集計」「選挙不正」を扱わせたら右に出る人はいないだろうと思われるギンズバーグ氏ですが、この人がなんと、「選挙で大規模な不正があった」という主張を曲げないトランプ大統領の批判を公然と始めたのです。
同氏は、トランプ大統領が2020年に入り形勢不利が伝えられるに従い「郵送票の不正」や「投票所での不正」など、選挙の正当性に対する疑問を煽る発言をするようになったことに懸念を深め、トランプ大統領に批判的な立場に転じたようです。同氏は、投票日直前の11月1日に「私の党はトランプの祭壇で自己破壊している」という刺激的なタイトルの論説をワシントン・ポスト紙に寄稿。選挙後も、「自由世界の指導者であり共和党のリーダーでもある米国大統領が、選挙で不正が行われたという全く根拠のない主張をすることは正しくない」という批判をニュース番組やインタビュー番組に積極的に登場して展開しているのです。オバマ政権時にギンズバーグ氏とともに、選挙運営に関する超党派の諮問委員会の共同座長を務め、今年の選挙でもバイデン陣営のアドバイザーを務めたロバート・バウアー氏は、選挙不正があったという主張を明確な根拠を示さないトランプ大統領をギンズバーグ氏が公然と批判し始めたことは、共和党関係者の多くがダンマリを決め込む中では非常に価値のあることだ、と評価しています。
共和党議員はまだトランプに正面切って物申すことができない状態ですが、さすがに、トランプ政権があからさまに政権移行手続きを妨害していると言われかねない措置を次々に打ち出す中で危機感を覚える議員もでてきました。10日には、オクラホマ州選出のランクフォード上院議員が、今週末までにバイデン次期大統領とハリス次期副大統領が情報機関によるブリーフィングを受けられない状態が解消されなければ「介入する」と発言。下院議員を経て2015年に上院議員に当選し、2013~2015年の二年間は共和党政策委員会委員長も務めていた同議員の発言は、直接のトランプ大統領批判ではないものの、共和党議会指導部の議員の発言としては、これまでになく一歩踏み込んだものです。これから同様の間接的な批判が同僚共和党議員から出てくるかどうか、また共和党現職議員からも間接的ながら批判が出始めた今、トランプ政権がどのような対応を見せるのか。12月14日に大統領選挙人によって最終選挙結果が確定されるまで約1か月。それまでには、まだ一波乱も二波乱もありそうです。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員