外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2020年11月9日(月)

デュポン・サークル便り(大統領選特別号パート3・11月9日)

[ デュポン・サークル便り ]


11月3日に行われた米大統領選挙は、まだ、アリゾナ州、ノースカロライナ州、ジョージア州及びアラスカ州で「当確が出せないほどの接戦」が続いています。しかし、11月7日にはネバダ州とペンシルベニア州で、非常に僅差ではありますが、バイデン前副大統領が勝利する見通しとなりました。これにより、バイデン側の獲得選挙人数は279人となり、バイデン前副大統領の当選が確実になりました。この結果、7日午後から、当地メディアは一斉に「バイデン前副大統領→バイデン次期大統領(president-elect)」、「ハリス上院議員→ハリス次期副大統領(vice president-elect)」と呼称を変更。ようやく、来年1月の政権交代が、少し現実味を以って感じられるようになりました。

「バイデン当確」の報道が出た直後には、サンフランシスコ、デトロイト、シカゴ、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンDC、さらには、まだジョージア州全体の票集計が終わっていないアトランタでも、町の中に人がどっと溢れ、シャンパンを開けて、お祭り騒ぎになっている様子が報じられました。この4年間、苦虫をかみつぶしたような顔でトランプ政権の動向を報道していたメディアの人も、真面目な顔でコメントは続けているものの、どこか嬉しそうです。私の住む家の近所でも、「バイデン当確」の報道が出た直後から、いそいそとアメリカ国旗を家の前に掲げる家があったりして、「バイデン次期大統領誕生」よりも「トランプ政権がようやく終わる」ことへの高揚感のほうが高い感じすらあります。

11月3日の投票日以降、「バイデンが勝った」というよりも「トランプが負けた」という感じの方が強いなぁとぼんやりと感じていたのですが、7日夜にバイデン陣営が行った事実上の「勝利宣言」イベントを見ていて、ますますその印象を強く持ちました。というのも、メディアのコメントの大半が、主役のバイデン次期大統領よりも、ハリス次期副大統領に向けられていたからです。ハリス次期副大統領は、母親がインドから、父親はジャマイカからそれぞれ米国留学を経て米国に帰化した移民第1世代の文字通り「移民の子」です。また、彼女は、両親の離婚後、大学教授のシングル・マザーに育てられ、彼女自身も法曹の道に入った後は、同じく弁護士の夫と共働きのワーキング・マザーでもありました。特別番組ではこうした事実が次々と紹介され、「一般のアメリカ人が共感を持てる背景を持つ副大統領」であることを強調する識者のコメントが多く出ていました。また、あるCNNの黒人アナウンサーの男性は、「これは本当に歴史的瞬間。とても今、感情が昂っています。」と、仕事は二の次の感動モードになっていました。

この「勝利宣言」イベントは、コロナウイルスの感染リスクを考慮し、他人との間に十分なスペースが確保できるように、ウィルミントン屋外のコンサート用のスペースで、1960年代、70年代に流行した「ドライブイン・ムービー(自家用車で屋外の映画放映スペースに行き、自分の車の中から映画鑑賞する)」と同じ、参加者がそれぞれの車から演説を聞くという方式で行われました。バイデン次期大統領の前座として登場したハリス次期副大統領の演説は、次期大統領の紹介も兼ねる10分程度の短いものでしたが、その短時間に、(1)選挙戦の支援者だけではなく、投票所で開票作業に徹夜作業で当たったボランティアや、各州の選挙管理当局者などあらゆる人への感謝の表明、(2)自分の母親に始まり、女性の権利を獲得するために活動してきた先人への感謝、(3)「国家の分断を終わらせることができる治癒者(healer)としてのバイデン次期大統領のアピール、の全てを、一般の人が聞いても分かりやすい言葉で網羅する秀逸な演説でした。よく考えたら、ハリス次期副大統領自身も、カリフォルニア州司法長官も務めた優秀な人なんですよね。彼女の演説が何度も拍手と喝采で遮られ、演説そのものを終えるまでに時間がかかっていたのも印象的でした。

そんなハリス次期副大統領に紹介されて登場したバイデン次期大統領は、さっそく、舞台に小走りで登場して健康であることをさりげなくアピール。演説そのものは、彼が選挙戦を通じて一貫して訴えてきた「アメリカの魂の再構築」を中心に据えた、40分弱の危なげないものでした。特に印象的だったのは、トランプ大統領支持者に対しても「今回の選挙で私に投票しなかった皆さん。あなた方の失望は理解します。私も、2~3度選挙で負けたことがありますから。」と共感しながら、「でも、今はお互いにもう一度チャンスを与え合いましょう。厳しいレトリックは抑えましょう。お互いに向き合いましょう。お互いの言うことに耳を傾けましょう。前進するためには、お互いを敵として扱うことを止めなければいけません。私たちは敵同士ではありません。私たちはみな、アメリカ人です」と語りかけたことです。現時点では、もともとトランプ大統領に公然と反旗を翻し、弾劾裁判でも共和党議員でただ一人、弾劾に賛成票を投じたミット・ロムニー上院議員以外、現職共和党議員でバイデン次期大統領に祝意を表明している議員は一人もいない状態ですが、トランプ大統領に投票した人にも語り掛ける努力をしたことで、「バイデンらしさ」が改めて強調されるスピーチとなりました。

こんな感じで世の中がどんどん「バイデン次期政権誕生」に向けて舵を切りつつある中、トランプ大統領陣営は、まだまだ法廷闘争を続ける構えです。ですが、7日にバイデン次期大統領の当確が報じられて間もなく、シンディ・マケイン・故マケイン上院議員夫人が祝意表明のステートメントを公表した後、8日(日)にはジョージ・W・ブッシュ元大統領も、バイデン次期大統領への祝意を表明する声明を発表しました。この声明の中では、ブッシュ元大統領がバイデン次期大統領とお祝いの電話をした際に「トランプ大統領やオバマ大統領にもしたように、彼の成功を祈り、自分が助けになることがあれば何でもすると伝えた」ことが明らかにされています。

2009年にオバマ大統領に大統領職を譲って以来、ブッシュ元大統領はほとんど政治の表舞台には登場せず、もっぱら、退職後に始めた水彩画に没頭しています。最後に政治活動らしい活動をしたのは、弟のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事が2016年大統領選予備選に出馬した際にその活動を支援したのが最後です。そんなブッシュ元大統領がわざわざバイデン次期大統領に祝意を表する声明を公けにしたこと自体が珍しいわけですが、さらに興味深いのは、同じ声明の中でトランプ陣営に対し「選挙を頑張った」ことをねぎらう一方で「米国民は今回の選挙が本質的に公平で、その正直な結果が保たれ、結果は明確であることを信頼することができる」と、明確な根拠を示すことなく、票集計に不正があったことを示唆する発言を続けるトランプ大統領を明らかに強くけん制していることでした。

ブッシュ元大統領自身も、2000年大統領選挙の際はアル・ゴア副大統領(当時)と大接戦となり、11月7日の投票日から1か月以上たった12月12日に、最後はフロリダ州の再集計命令に対する違憲判決を連邦最高裁が出したことで、わずか537票差によりフロリダ州で勝利、大統領当選に必要とされる選挙人270人よりたった一人だけ多い271人の選挙人を獲得して、ようやく当選を果たしました。この時、大統領選挙報道フォローの支援のため、1年ちょっと前に退職したばかりの在ワシントン日本大使館になぜか応援に駆り出されていた私。フロリダ州で一旦「ブッシュ当確」が出たと思ったら、その直後から「票の自動再集計(automatic recount)」という聞き慣れない言葉がメディアで飛び交い始め、その後にゴア陣営が敗北宣言を撤回。それから1週間は大使館の24時間体制ローテーションに組み込まれる寸前までいった記憶は、20年経った今もはっきりと残っています。

しかもブッシュ元大統領は一般有権者投票ではゴア副大統領(当時)に負けています。そんなブッシュ元大統領と違って、バイデン次期大統領は、4州を残してすでに選挙人279人を獲得。一般有権者投票(popular vote)数でもトランプ大統領を4百万票以上も上回っています。そんなブッシュ元大統領から出た日曜日の声明は「往生際が悪い」というメッセージを暗にトランプ大統領に送るだけでなく、そんなトランプ大統領を誰もたしなめようとしない現在の共和党指導部に対し暗に批判的メッセージが込められているようにも読めます。

このような中、最新のCNN報道では、トランプ陣営の中でも、トランプ大統領の息子二人とジュリアーニ元NY市長は、引き続き法廷闘争を続けることを主張している一方で、メラニア夫人や、義理の息子のジャレッド・クシュナーは、「プロセスには納得できなくても、結果は受け入れるべきだ」と主張している様子。果たして、トランプ大統領が現実を受け入れて「敗北宣言」を出す日は来るのでしょうか。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員