外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2020年10月16日(金)

デュポン・サークル便り(10月16日)

[ デュポン・サークル便り ]


投票日まで1か月を切り、いよいよ大統領選挙も終盤を迎えつつあります。本来であれば、1015日に実施される予定だった第2回大統領候補討論会は、トランプ大統領がコロナウイルス感染後、まだ2週間たっていないことへの懸念から、紆余曲折を得て結局中止に。トランプ大統領とバイデン民主党大統領候補は、フロリダ州とペンシルベニア州でそれぞれ、全米のお茶の間にテレビ中継される別々のタウンホールミーティングに登場し、「なんちゃって討論会」を空中戦で行うこととなりました。

また、バイデン民主党候補が遊説のための移動に使っているチャーター航空機の職員がコロナウイルスに感染していることが発覚。さらに、ハリス民主党副大統領候補のスタッフや、同候補が登場していた航空機の乗務員がコロナウイルスに感染ことも明らかになり、ハリス副大統領候補夫婦がコロナウイルス検査を受けたばかりでなく、念のために週末の遊説予定を急遽、すべて中止するなど、相変わらず、大統領選挙はコロナウイルスに振り回されています。

ワシントンでこの1週間、大きな関心を集めたニュースは二つあります。一つは、極右反政府武装集団構成員数名が、グレッチェン・ウィットマー・ミシガン州知事拉致や、同州議事堂を襲撃する計画を立てていた疑いで逮捕されたことです。その後、この件に関する裁判が行われる中で、この集団は、ウィットマー・ミシガン州知事だけではなく、ラルフ・ノーサム・バージニア州知事を拉致する計画も立てていたことが明らかになりました。「知事を拉致」「州議事堂を襲撃」など、アクション映画の筋書きのようですが、現実にこのような計画を立てる集団がアメリカ国内に存在するということで、にわかに話題となりました。

もう一つの話題は、最高裁判事の指名承認公聴会です。以前のデュポン・サークル便りでもお伝えしたように、立法府、行政府、司法機関の中で唯一、終身任命制である最高裁判所判事のアメリカ国内でのステータスはとても高いです。また、判例主義をとるアメリカでは、最高裁の判断がその後長きに亘り、国内法の法解釈に大きな影響を与えるため、例えば、女性の中絶問題や、同性愛者の権利、大統領の行政権の範囲などのように、アメリカ国内で世論が大きく分かれる問題に影響を与える法律を、最高裁判所がどのように解釈し、判断するかは非常に重要です。このため、9名の最高裁判所判事の間の保守派、リベラル派の内訳は政治的にも一大事なわけですが、数年にわたる闘病生活の末、918日に死去したリベラル派最高裁判事の一人であるルース・ベーダ―・ギンズバーグ判事の後任としてトランプ大統領はエイミー・コーニー・バレット判事を指名しました。その指名承認を巡り、「判事の欠員は速やかに埋めるべき」と主張する共和党と、「選挙が近いこの時期に新しい判事を指名することは、時期的に適切ではない。来年、新政権が発足するまで待つべき」と主張する民主党の間で大バトルが繰り広げられました。1013日(月)から3日間続いたバレット判事の指名承認公聴会では、女性の中絶問題などに関する立場を明らかにすることを避ける同判事に対して、民主党女性議員の重鎮の一人であるダイアン・ファインスタイン上院議員が「全人口の半分に大きな影響を与える問題について、明確な回答を得られないのは問題です」と詰め寄るなど、緊迫する場面がいくつもありました。

と、このようにただでさえ盛沢山なこの1週間だったわけですが、実は、最近、選挙がらみで話題を集めているのが、ピート・ブディチェッチ元民主党大統領候補の「復活」です。わずか38歳で、行政経験はインディアナ州サウスベンド市という小さな町の市長を二期務めただけ、しかも同性愛者という極めて稀な経歴で今年の大統領選予備選に立候補した同氏は、出だしこそ快調だったものの、徐々に失速、31日には、早々と大統領選撤退とバイデン前副大統領支持を発表しました。その後は、バイデン前副大統領の応援演説に全米を飛び回っている彼ですが、普通の民主党の政治家なら出演に二の足、三の足を踏む、トランプ大統領寄りメディアの代表格フォックス・ニュースのインタビューに積極的に登場。(1)決して感情的にならず、(2)事実を淡々と説明、(3)印象に残るフレーズで発言を占める、という3段論法で、フォックス・ニュースのアンカーに付け入る隙を全く与えずに、皮肉の聞いたトランプ大統領批判を連発している映像がネットであっという間に拡散しています。そんな彼の発言の一端の中でも特に印象に残る発言をいくつかご紹介すると。。。

  • (トランプ大統領がバーチャル討論会への出演を拒否したことについて聞かれて)「まぁ、コロナウイルスのような、人を死に至らしめるような病気から完治していなければ、普通、他の人に対して思いやりがあれば、対面の集会に出ようなんて思いませんよね。あ、でも、トランプ大統領はもしかしたら、他人のことなんかどうでもいいと思っているのかもしれないですけど」

  • (バイデン前副大統領とハリス上院議員の政策上の意見の相違について聞かれて)「大統領候補と副大統領候補の意見の食い違いは、みんな必死になって探そうとしますよね。でも、それでいえば、敬虔な福音派キリスト教のペンス副大統領が、なんで、ポルノ女優と不倫していたのがばれた大統領とチームを組んでいられるのか知りたいですね」

このようなペーソスのきいた発言を連発するブディジェッジ氏は、最近ではすっかりネットユーザーの間で「ピート市長(Mayor Pete`)」「ピート・ブディチェッチは野蛮人(Pete Buttigieg is a savage)」と親しみを込めて(?)呼ばれるようになっているのです。

実は、ブディジェッジ氏、大統領候補者として活動していた時も、他の民主党候補が出演を拒否したフォックス・ニュース主催のタウンホール集会にたった一人出演。トランプ支持者に囲まれても、「この国を良くしたいという一心で活動しています。その中で、これまで共和党支持者だった方々が『元共和党支持者』になりました。あ、今日、ここにいらしている皆さんの中でも、そういう方、いらっしゃるんじゃないですか」などと、会場の笑いを誘いながら大善戦しています。その結果、「今まで共和党候補にしか投票したことがない」という筋金入りの共和党支持者の間で「今回の選挙、民主党候補がブディジェッジだったら、彼に投票したのに」という人が今でもチラホラといるほど。今年の大統領選挙は、早い段階での撤退を余儀なくされましたが、その後、バイデン陣営の応援という名の下に、メディアへの露出を各段に上げ、知名度も全国区になったブディジェッジ氏。4年後、8年後の彼がどのような政治家へと成長を遂げるのか、今から要注目かもしれません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員