キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年9月25日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
ワシントンは、本当にあっという間に涼しくなりました。日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。
アメリカでもいよいよ大統領選が本格化する中、先週金曜日9月18日のルース・ベイダー・ギンズバーグ米最高裁判事逝去の報によりワシントンに激震が走りました。
逝去したギンズバーグ最高裁判事は、1933年ニューヨーク州ブルックリン生まれのユダヤ系アメリカ人です。コーネル大学卒業後、夫のマーティン・ギンズバーグ氏と結婚、ハーバード大学法律大学院に入学した時にはすでに一児の母となっていました。彼女と同じく法曹を志したご主人がコロンビア大学法律大学院に進学したため、彼女もコロンビア大学法律大学院に転校。弁護士資格を取得した後は、主に女性の権利をめぐる案件を扱い、最高裁での弁論でも何度も勝っています。1993年にビル・クリントン大統領(当時)の任命によりサンドラ・デイ・オコーナー判事に続き、女性としては二人目、ユダヤ系としては初の最高裁判事となりました。
9人いる最高裁判事の中でもかなりリベラルだったギンズバーグ判事は、もち込まれる様々な案件をめぐる最高裁判決で少数意見になることもしばしば。アメリカの最高裁は、判決文のパッケージの中に、実際の判決と判決への反対意見(dissenting views)の両方を公表しますが、特に、女性の権利や人種差別問題に関する歯に衣きせないはっきりとした反対意見表明をきっかけに、ギンズバーグ判事は特に米国内リベラル派の間で有名な存在となりました。法律大学院の一女性学生が、当時有名だったラッパーの「Notorious B.I.G」にひっかけて「Notorious RBG」という愛称を付けてからは、一躍セレブに。先週の金曜日の訃報以来、葬儀前、米最高裁に安置されていたギンズバーグ判事の姿を最後に一目見てお別れを言おうと、連日、最高裁前には花束が積み上げられるという前代未聞の事態となりました。
日本では最高裁判事といえば、たまに衆議院選挙の際に「この判事のうち、何人かをリコールしますか?」という質問が含まれるのがせいぜいだと思いますが、アメリカでは最高裁判事に誰を任命するかは、高度な政治案件です。というのも、判例主義が主流のアメリカの法曹界では、最高裁が似たような案件にどのような法的判断を下すかによって、その後の国内法解釈が大きく影響を受けるからなのです。しかも、米最高裁は日本の最高裁とは異なり、終身雇用制が維持されています。つまり、一度最高裁判事になると、本人が引退する意向を表明しない限り、大統領ですら最高裁判事を罷免することはできません。最高裁判事の席が空席になること自体、そもそもレアケースです。したがって、今回、ギンズバーグ判事が亡くなったことで空席になった最高裁判事のポストをどのような判事が引き継ぐのかは、政治的に非常に関心が高い問題なのです。
大統領候補者第一回討論会を来週に控え、突如降ってわいたこの最高裁判事任命問題。すでに「女性を指名する」と公言しているトランプ大統領ですが、どうなることやら。大統領選挙の行方も左右しかねないこの問題、恐らく11月3日の投票日まで大きな焦点の一つとなるでしょう。来週もこの問題をフォローしたいと思います。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員