キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年9月9日(水)
[ デュポン・サークル便り ]
先週の土曜日から今週月曜日にかけて、アメリカでは日本でいう「勤労感謝の日(Labor Day)」の3連休でした。これが夏の終わりを告げる週末で、通常なら全米各地のプールでは「泳ぎ納め」でバーベキューなどの行事も行われますが、今年はコロナウイルスのため、いたって静かなでした。
また、今日9日から、ワシントンDCやその近郊では公立学校が100%バーチャルで新学期を迎えました。私の住んでいるバージニア州でも公立学校は今日から100%バーチャルで新学期開始。私立校は学校によって、対人とバーチャルのハイブリッドで授業を行うところや公立学校に倣って100%バーチャルの授業を行うところなど、さまざまですが、私の息子が通う学校はその中でも、100%対人の授業と100%バーチャルの授業を並行してオファーする非常に珍しいケースです。明日から新学期開始ということで今日は開始前日の学校訪問日。通常は、クラス全員の父兄が一堂に会し、担任の先生から新学年の行事などについて説明を受けるのですが、今年はコロナ対策で、生徒を苗字のアルファベット順にグループ分けし少人数で説明が行われました。給食も出ないので、明日からは毎朝のお弁当作りという日課が新たに加わります。
夏休みシーズンが明けたアメリカでは民主共和両党が党大会を終えたこともあり、11月3日の大統領選投票日に向けいよいよ選挙活動が本格化。コロナ対策補正予算をめぐる共和党と民主党のバトルも加わり、一気に「政治の秋」感が強まってきました。
「選挙は水物」とよく言われますが、今年の大統領選挙はまさにこの言葉がしっくりきます。8月の第3週、民主党大会が終わった直後は、カマラ・ハリス上院議員が正式に民主党の副大統領候補に指名されたことで、2008年の大統領選挙でバラク・オバマ上院費員(当時)が大統領候補に指名された時を彷彿とさせるような興奮が沸き起こりました。さらにジョー・バイデン前副大統領が民主党大統領候補に正式に指名された後の演説でこれまでにないエネルギッシュな演説をしたことで、一気にバイデン・ハリスに選挙の流れが向かうかと思いきや、ことはそう単純ではありませんでした。8月23日にウィスコンシン州で29歳の黒人青年のジェイコブ・ブレーク氏が白人の警察官から背中に7発の銃弾を浴び、一時は危篤状態に陥った事件が起きました。これをきっかけに、7月に入り鎮静化していたBLM運動が再燃、事件が発生したウィスコンシン州キノーシャなどで抗議活動が活発化し、中には抗議者が警察や、抗議活動に対抗する右翼集団と衝突するケースまで出てきたのです。また、この流れに乗じて、「アンティーファ」と名乗る極左集団が、トランプ支持者や右翼集団を襲撃するケースも報道されました。これによりトランプ陣営の「民主党政権=米国の左翼化」というメッセージが、特に中西部諸州の白人有権者層の間で浸透し始め、彼らがトランプ支持に傾きつつあるとも報じられるようになったのです。
しかし、ここにきてトランプ大統領の米軍、特に戦死者や戦争捕虜に対するコメントが批判を浴びています。ことの始まりは9月3日付で政治誌「The Atlantic」オンライン版に掲載された「トランプ曰く『戦争で死んだアメリカ人は「失敗した奴ら」で「しくじったやつら」(Trump: Americans Who Died in War Are ‘Losers’ and ‘Suckers’)』」というタイトルの記事でした。同記事は、冒頭でトランプ大統領が2018年にフランスを訪問した際に、第1次世界大戦中のベロー・ウッズの戦いで戦死した米国人が埋葬されているパリ近郊のエーンマルヌ米国墓地訪問を直前キャンセルした本当の理由(当時、ホワイトハウス側は中止の理由として「天候不良によりヘリが飛べず、シークレット・サービスが運転して大統領を連れて行くこともできない」ことが理由だとしていました)はトランプ大統領が墓地訪問中に髪の毛が乱れることを嫌がり、かつ戦死した米国人に敬意を表することが大事だと思っていなかったことだったことを暴露。その後も、ベロー・ウッズの戦いで戦死した米国人を「失敗した奴ら(losers)」「しくじったやつら(suckers)」などと側近に語っていたことや、2018年のメモリアル・デー(戦士した軍人を追悼する連邦政府の休日)に軍事パレードを計画した際に、傷痍軍人がパレードの際に、一般市民の目に触れるところにいないように指示したなどと書いています。要するにトランプ氏は、軍人好きのイメージとは裏腹に、軍人に対しそもそも何の敬意も持っていないことが延々と描かれているのです。しかも同記事の執筆者は同誌のジェフリー・ゴールドバーグ編集主幹(Editor-in-Chief)。駆け出しの一記者が書いたものではないだけに、重みがあります。
大多数の国民がトランプ大統領の不規則発言に不感症になっているとはいえ、国に命を捧げた軍人を侮蔑的な表現で語る大統領発言の深刻さはケタ違いです。当初は逆切れしていたトランプ大統領も、最近では、自分のこの発言の深刻さを少しずつ理解し始めたのか、相当凹んでいるという報道も出回っています。ただ、彼が凹んでいる理由は、「これで軍人とその家族の票が自分から離れたら・・」ということのようで、発言の内容そのものが間違っていたという理由ではなさそうですが・・・
僅か2,3週間でこれだけ流れが変わってしまう今年の大統領選挙、投票日まであと2か月余りですが、これからまだまだ一波乱も二波乱もあるでしょう。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員