外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2020年8月17日(月)

デュポン・サークル便り(8月14日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンはここ数日、豪雨のおかげもあり、ようやく暑さはひと段落しました。ただ、まだまだ湿度は高く、それほど気温が高くない日でも、ちょっとジョギングに出たりすると汗びっしょりです。日本も暑さが続いているようですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

ワシントンでは今週の最大の話題は、なんといっても、来週の民主党党大会で大統領候補として指名されることが確実なジョー・バイデン前副大統領が、自分が大統領候補に指名された場合の副大統領候補にカマラ・ハリス上院議員(カリフォルニア州選出)選んだと発表したことです。8月11日午後にこの発表があって以来、連日、メディアは関連ニュースで持ち切りです。

今年の大統領選挙予備選に民主党から出馬するまで、日本ではほぼ知名度ゼロだったカマラ・ハリス議員、いったい、どのような人なのでしょうか?彼女は文字通り「移民の子」です。とはいえ、父親は、ジャマイカから経済学で博士号を取得するために米国に留学、その後スタンフォード大学で経済学を教えて、現在は同大学の名誉教授。母親も、内分泌学を学ぶためインドから米国に留学、博士号取得後は、乳がんの専門家として長く働いていました。

ハリス議員は、高校卒業後、学部時代をワシントンDCにあるハワード大学で過ごし、その後、地元のカリフォルニア州立大学の法律大学院で学び、法学博士号を取得しました。その後は地方検察でキャリアを積み、2004年にサンフランシスコ地方検事を経て、2010年にカリフォルニア州司法長官に立候補。共和党の対立候補に5万5千票近い差をつけて勝利し、2011年に、黒人として初めてカリフォルニア州司法長官に就任しました。同州司法長官2期目の2016年選挙で、上院議員選に立候補。なんと1914年以来の民主党候補同士の対決となった選挙で、60%以上の票を得て当選し、2017年に上院議員生活をスタートして現在に至ります。1964年10月20日生まれの彼女は現在、55歳。個人的には、年齢的にも自分と近いですし(年がばれますが・・)、息子と誕生日が一日違いだったり、両親が私のように大学院留学のために米国に来ていたり、いろいろな点で女性の候補で初めて、親近感が持てる候補でもあります。あくまで個人的ですが・・・。

両親とも留学後に米国に専門職を得て定住、帰化した「ホワイトカラー移民」であるという生い立ちもあってか、上院議員選挙に勝利した直後から移民規制をめぐる種々の政策から移民コミュニティを守ると宣言、2017年就任早々トランプ大統領がイスラム教信者が国民の大多数を占める国の国民の入国を90日間停止する大統領令第13769号に署名した際は、この措置を「イスラム教徒入国禁止令」だとして強く批判しました。2019年1月に出版した自伝「The Truths We Hold: an American Journey」の中で、この大統領令が出た後、ジョン・ケリー国土安全保障長官(当時)の自宅にわざわざ電話し、同長官を詰問したと明かしています。

バラク・オバマ然り、ヒラリー・クリントン然り。大統領選を意識し始めた人が正式に出馬の意思を表明する前に自伝を出版し、出版記念イベントの名の下に全米各地の書店を回ったり、本についての取材に応じる形でメディアへの露出を高めるのはよくあること。そういえば、この人も、この本が出たあたりから、大統領選挙を意識しているのではないかとささやかれ始めたのでした・・・

11日の発表は記者会見の場での発表ではなく、バイデン陣営が作成したビデオのリリースにより行われました。2分弱のビデオは、ビデオ会議でバイデン氏がコンピューターの画面の向かい側にいる「誰か」と話をするシーンから始まります。「お待たせしてごめんなさい!」と画面の向こうから聞こえる声。それに「いいよ、いいよ。仕事に取り掛かる準備はできた?」と問いかけるバイデン。「仕事に早くとりかかりたくてたまらないわ!」という、画面の向こうの「誰か」の言葉を導入に、「カマラ・ハリスの生い立ち」というタイトルがぴったりな映像が、ハリス自身のナレーションとともに流れ、最後、バイデン氏とハリス議員が「これから一緒に頑張ろう」と笑顔で話し合っているシーンで終わります。今でしたら、バイデン陣営のホームページの最新ニュースのリンクからすぐに見ることができますので、興味のあるかたはぜひ、ご覧になってみてください。

とにもかくにも、11日の発表があってからは、今日にいたるまで、一部を除く米国メディアは連日「ハリス祭り」。バラク・オバマ前大統領も大統領選出馬を表明した時から、母親が白人であったにも関わらず、何かと「黒人であること」ばかり強調されました。それはハリス議員も同じですが、更に彼女の場合は母親がインド出身であるため、副大統領候補に内定したことを伝える報道では「黒人初」のあとに必ず「アジア系初」であることにも言及されています。もちろん、ハリス氏が学部を卒業したハワード大学は、学校を上げてのお祭り状態。DCの地元メディアではハリス氏と在学時期が被っており、同じソロリティ(女子だけの社交クラブ)に所属していたというだけで、この大学で現在ジャーナリズムを教えている女性教授がインタビューに引っ張りだこで、「知り合い」程度なのに「カマラ」とファーストネームで彼女を呼んでいるあたり、これからまだまだ自称「カマラの友達」がぞろぞろと出てくる可能性を感じさせ、選挙シーズン到来!といった感じです。

大統領選挙予備選の段階ですでに、「副大統領候補には女性を選ぶ」と公言していたバイデン。その後、人種問題をめぐり緊張が高まる中、民主党内では「最低でも有色人種の女性、より望ましいのは黒人女性」を副大統領候補として選ぶべきだ、という声が高まっていました。まさにその方程式に沿った人選を今回、バイデンはしたわけですが、これに対して、トランプ陣営は現在のところ、正直言って、効果的に対応できているとは言えません。逆に、ハリス氏の人選について聞かれたトランプ大統領はハリス氏を「性格悪そう(nasty)」「いつも怒ってる(angry)」などと人格攻撃したため、共和党関係者はトランプ大統領がハリス氏を攻撃すればするほど、すでにトランプから離れつつある女性票がますます離れていってしまう・・・と気を揉んでいます。

ただ、トランプ陣営の皆さんが認識しているかどうか、正直外野の私にはわかりませんが、共和党側にも、現在の劣勢を挽回する奥の手が一つだけあるように見えます。それは、バイデン陣営がハリス氏を副大統領候補に選んだことで民主党側にぐっと引き付けられた無党派層や穏健な共和党支持層の女性票を取り戻すために、副大統領候補をニッキー・ヘイリー前国連大使に挿げ替えて選挙戦を戦うこと。ヘイリーは、トランプと必ずしも政策問題で意見が一致していなかったにも関わらず、トランプに惜しまれながら政権を去った稀有な存在です。この4年間、禅譲を期待してひたすらトランプ大統領の黒子に徹し続けたマイク・ペンス副大統領にとっては「骨折り損のくたびれもうけ」以外の何物でもありませんが、副大統領候補をペンスからヘイリーに変えた瞬間、民主党も共和党も、「白人老人の大統領候補+若手女性有色人種副大統領候補」のペアリングになります。しかも、ハリスが州の司法長官を経験した後、駆け出しの上院議員なのに対して、ヘイリーは、インド系アメリカ人であるという人種上のハンデを抱えながら南部州であるサウスカロライナ州知事を務め上げた後にトランプ政権で国連大使を務め、内政でも外交でも経験を積んでいるので、検事出身のハリスと副大統領候補同士の討論会で互角以上に渡り合えることも確実です。しかも、現在48歳で、ハリスよりさらに若い。副大統領候補をヘイリーに変えた瞬間、選挙戦はほぼ互角の戦いになるでしょう。焦点は、トランプ陣営が副大統領候補の首を挿げ替える決定ができるかどうかになります。

来週は民主党の党大会、その翌週は共和党の党大会と、大統領選挙もいよいよ本番を迎えます。いよいよ大統領選挙に向けた動きが面白くなってきました!