キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年6月22日(月)
[ デュポン・サークル便り ]
イージス・アショアの配備計画停止に、河井克行前法務大臣夫妻の逮捕、さらに「東京アラート」解除直後の東京でコロナウイルス新規感染者の再増加といった国内情勢に加えて、お隣の朝鮮半島では韓国と北朝鮮の間の連絡所が爆破されるなど、落ち着かない1週間だったと思います。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
先週のデュポン・サークル便りでは、ジョージ・フロイドさんという非武装・無抵抗の黒人が白人の警察官の「やりすぎ」により命を落としたことを契機に全米に広がった抗議活動に対するトランプ大統領の言動に、普段は沈黙を守る退役米軍幹部までが反旗を翻した件について書きました。すでにコロナウイルス対策の初動の遅れが、米国内での感染爆発につながったと批判の対象になっていたことに加え、1960年代の公民権運動以来ともいえる人種問題による国内での緊張の高まりの最中での大統領の高圧的対応。トランプ支持層が直ちに「トランプ離れ」を起こす可能性は極めて少ないとはいえ、投票まで6カ月を切った現在、大統領選挙をめぐる状況は大きく動き始めています。
例えば6月15日にJust the Newsという保守系メディアが報じた世論調査の結果があります。世論調査といえば、日本でも、朝日新聞と産経新聞では、同じ質問をしても結果が違うことがままあるように、こちらでもどんな組織が実施するかによって結果に差が出ます。Just the Newsが15日に報じた世論調査は、同社と提携しているスコット・ラスムーセンという世論調査の専門家が実施したものですが、この世論調査では、ジョー・バイデン前副大統領がトランプ大統領を48%対36%でリードしているという結果が出ました。同氏が前回行った同様の調査では、バイデン前副大統領がリードしてはいましたが、その差は7%でした。それが今回は、一気に12%まで拡大したわけです。さらに、18日にフォックス・ニュースが発表した世論調査の結果でも、バイデン氏がトランプ大統領を50%対38%でリードしているという結果が出ました。ちなみに、フォックス・ニュースでは州ごとの世論調査も行っており、それによると、再選に重要とされるペンシルベニア、ウィスコンシン、フロリダなどのいわゆる「バトルグラウンド州」の多くでもバイデン氏がトランプ大統領をリードしているという結果が出ています。
しかし、トランプ大統領が世論調査でバイデン氏に後れを取っているのは、決して新しいニュースではありません。2週間ほど前にCNNが行った世論調査でバイデン氏がトランプ大統領を55%対41%でリードしているという結果が出たのに対し、トランプ大統領は「信用できない」として同社を訴えると逆切れしたことが報じられたばかりです。さらに、NBCニュースがウォール・ストリート・ジャーナル紙と共同で5月末に行った世論調査でもバイデン氏がトランプ大統領を49%対42%でリードしています。
ではなぜ、フォックス・ニュースやラスムーセン氏が行った世論調査の結果が特に注目に値するのか。それはこのどちらの世論調査も、親トランプ的組織が行ったものだったからです。フォックス・ニュースは、「事実に基づいた報道」「独立性」を謳ってはいますが、どのようなニュースであっても、ほぼもれなくトランプ大統領の立場を擁護します。日本では聞きなれないJust the Newsというウェブサイトを運営するジョー・ソロモン氏はフォックス・ニュースにコメンテーターとしてたびたび登場する人物。つまり親トランプ的な人が運営しているニュースサイトなのです。さらに、Just the News と提携するスコット・ラスムーセン氏の世論調査も、常にトランプ氏に有利な調査を出すことで知られているのです。要するに、親トランプのフォックス・ニュースやラスムーセン氏の手による世論調査であるにも拘わらず、バイデン氏にこれだけ有利な結果が出たということ。トランプ大統領の再選に向けた動きが減速していることを窺わせる世論調査なのです。
今週は、トランプ大統領にとってさらに痛いニュースが続きました。一つは6月23日に発売予定のジョン・ボルトン元国家安全保障大統領補佐官による暴露本です。この本の中で、トランプ大統領が中国の習近平主席に、2020年に自分が再選できるように、アメリカからもっと大豆などの農産物を輸入して助けてほしいと発言をしたことが記載されていると広く報道され始めました。二つ目は、立て続けに出たアメリカ最高裁による判決です。最高裁は、まず6月15日に性的嗜好を理由にした解雇は違法であるという判断を賛成6、反対3で下しました。さらに18日にはトランプ政権が移民規制の一環として「未成年の間に米国に入国した不法移民に対する対応の遅延措置に関する法律(通称DACA法と呼ばれています)」を無効にするために取った手続きが違法であるという判断を賛成5、反対4で下したのです。
最高裁判事の任命がトップニュースになることは日本ではあまりありませんが、判例主義をとるアメリカでは、最高裁の判断は大きな注目を集めます。最高裁判事は終身任命制であり、政治的にも重要な案件だからです。このため、共和党政権は妊娠中絶や同性愛、人種差別などの案件で保守的な判断を下す傾向が強い判事を指名し、逆に民主党政権はこれらの問題に関する案件でリベラルな判断を下す傾向が強い判事を指名することが通例となっています。トランプ政権になってから立て続けに2人の保守的な最高裁判事が指名承認されたこともあり、現在のアメリカ最高裁は、9人いる判事のうち、ジョン・ロバーツ首席判事を含めた5人が共和党政権により指名されたつまり保守派の判事で、残る4人が民主党政権により指名されたリベラル派判事という構成になっています。このため、トランプ政権が次々と打ち出す移民規制の強化や、人種・性別・宗教・性的嗜好などを理由にした差別を黙認するような政策を認める判断を最高裁が多く下し始めるのではないかという懸念が抱かれていました。
ところが今週、最高裁は、2つの案件で保守派が半分を占める最高裁であるにも関わらず、トランプ政権の政策が違法であるという判断を下しました。特に、後者の移民規制法に関する判断で最後の1票を下し「違法」判決を確定させたのが、ブッシュ(子)政権時代に指名されたロバーツ首席判事。ロバーツ首席判事の「法による適正手続き」を重んじる姿勢が強くうかがえる判断となりました。ですが、共和党保守派にとって、ロバーツ首席判事の判断は「裏切り」にも匹敵する行動です。当然のことながら、トランプ大統領は「最高裁は俺のこと嫌いなのか?」というツイートで反撃。ロバート首席判事は保守派の共和党議員から総攻撃を受けています。しかし、アメリカは三権分立の国。司法省に務める検察官は更迭できても、判事は罷免できません。
このように、どこから見ても四面楚歌のトランプ大統領ですが、それでも彼が11月に再選する可能性はまだまだあるところが、この国の政治の面白さとも怖さとも言えます。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員