キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年6月5日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
緊急事態宣言が解除された日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。アメリカはまさに、一難去って、また一難。各州が、コロナウイルス拡散防止のために発動していた外出自粛命令の緩和に向けて動き始めたと思ったら、今度はミネソタ州ミネアポリスで黒人のジョージ・フロイド氏が地元警察に逮捕された後に死亡する事件が起きました。これに関しては、同氏が逮捕された当時の映像が米国内で拡散して以降、黒人に対する警察の理不尽な暴力に抗議する集会があっという間に全米に広がり、多数の地域で暴動・略奪行為が頻発する事態に発展してしまいました。
そもそも、このような全米各地での暴動騒ぎに発展してしまった事件の発端は、5月25日(月)にミネアポリス市内で逮捕されたジョージ・フロイド氏(46歳)が、彼を取り押さえた警官の一人に膝で首を8分46秒にわたって抑えられたことにより意識不明となり、その後、病院に搬送される途中で亡くなってしまったことにあります。
特に今回の事件では、件の警察官がフロイド氏の首根っこを膝で地面に押さえつけている間に、複数の人がこの警察官に対して「やりすぎじゃないか」「意識がないみたいじゃないか、様子をみないと」と声をかけているにも関わらず、そうやって声をかけた人たちに「お前たちは黒人じゃないんだから関係ないだろ」と言い返したり、胡椒スプレーをかけたりしている様子がしっかりとビデオ撮影され、フロイド氏が繰り返し「息ができない(I can't breathe)」と訴え、次第に意識不明になっていく様子がユーチューブで全米に拡散したため、あっという間に騒ぎが大きくなりました。
大使館警護任務などの経験がある退役海兵隊大佐の友人に聞いてみたところ、たしかに、抵抗する容疑者を押さえつけるための方法の一つとして、首根っこを膝で地面に押さえつける訓練は受けるとのこと。「でも、いったん、容疑者が地面に倒れて、抵抗できない状況になったら、膝で押さえつけるのはすぐにやめるように普通は訓練される。9分もずっとそのままなんてイカれている」と言っていました。
要は警察官の「やりすぎ」に端を発した今回の騒動ですが、この2カ月、コロナウイルス感染防止で外出自粛令が出ていたため、自宅にこもりっぱなしで、ただでさえストレスが溜まっている人が多いところに発生したこともあり、あっという間に人々の怒りのスイッチに引火。今や、事件が発生したミネアポリス市だけではなく、アトランタ、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、フィラデルフィア、ワシントンDCなど、全米のいたるところで連日、抗議集会やデモ行進が行われている状況です。
そして、コロナウイルスに対する対応でもたびたび批判に晒されてきたトランプ大統領、今回の暴動への対応でさらに強い批判に晒されています。そもそも、アメリカでは今回のように人種間の対立で緊張が生まれると、大統領が比較的早い時期に和解を呼び掛ける演説をして、情勢の鎮静化を図るのが通常です。ところが、トランプ大統領は、暴動が激化した先週末は、公式声明は一切出さず、沈黙を続け、その一方で自身のツイッターでは、28日(木)夜にホワイトハウス前で行われた抗議活動が、シークレット・サービスとの間で緊張感を高めたことについて、シークレット・サービスの行動を「よくやった」と評価し、「あれ以上、デモ参加者が何かしようとすれば、どう猛な警察犬などに遭遇しただろう」などと、挑発的なツイートを連発。つまり、大統領としての「あるべき対応」とは真逆の対応をしているのです。
さらに、6月1日(月)にホワイトハウスのローズガーデンでようやく発言したと思ったら、ここでも高圧的な発言を連発。国内の騒乱を鎮圧するために米軍を国内に派遣する権限を大統領に与える1807年反乱法(Insurrection Act of 1807)を発動する可能性をちらつかせたのです。それだけでなく、この発言の後、ホワイトハウスから通りを隔てた場所にあり歴代の大統領が礼拝に訪れることで有名な聖ジョン教会に歩いていき、教会の前で聖書を掲げて「米国は偉大な国だ」といって写真撮影をしました。ところが警察が、このエリアで平和裏に抗議活動をしていた一般市民を催涙弾やゴム弾銃など力ずくで排除したことから、さらにトランプ大統領への批判はますます強くなりました。何といっても、聖ジョン教会を管轄下におくワシントンDCエピスコパル教会の司祭や、この教会の関係者が、翌2日(火)から連日、CNNからFOXニュース、WTOPなどのようなローカルラジオ局まで至るところに登場し、「トランプ大統領が聖ジョン教会を訪問する予定であることは当日、教会関係者には全く知らされていなかった」「トランプ大統領は聖ジョン教会に礼拝に訪れたことはこれまで一度もない」「トランプ大統領は、教会という神聖な場所を、自分の政治的小道具に利用した。我々の教会は、この大統領の煽動的なレトリックには一切同意しない」とトランプ大統領を強く非難しているのです。
しかも、トランプ大統領の1807年反乱法発動をちらつかせる発言に対しては、普段、沈黙を保ち、政治的な発言とは一線を画する米軍の退役幹部からも批判が出ています。オバマ政権時に統合参謀本部議長を務めたマイク・マレン退役海軍大将からジム・マティス前国防長官まで、複数の退役中将・大将がトランプ大統領の言動を「国内を意図的に分断するもの」で「軍隊を自分の政治目的のため政治的に利用し、軍の信頼性に傷をつけている」と批判しています。ついに、3日(水)の記者会見では、エスパー国防長官が「一連の抗議活動を鎮静化するために現役の米軍を使用することを私は支持しない。現役米軍の投入はあくまで最後の砦として、法執行機関を支援するためにだけ行われるべきだ」「1807年反乱法は本当に緊急を要する場合にしか発動されるべきではなく、現在の状況は、同法の発動を正当化できる状態ではない」とトランプ大統領と明確に距離を置く発言を行う事態に発展しました。
1993年に渡米して以来、ワシントン近郊での生活が27年目を迎える私ですが、ワシントンDCで夜間外出禁止令が出たのは今回が初めてです。さらに、1日(月)にトランプ大統領の写真撮影のために力ずくで排除された抗議集会参加者には、私の友人の子供たちも含まれていることがあとで判明。ワシントン市内で抗議活動に乗じて起きた焼き討ちや強奪では、通勤で毎日通っていた店のガラスが軒並み割られている写真がフェイスブックなどでアップされているのを見るたびに胸が痛みます。もはや、今回の状況は他人事ではありません。
最も気になるのは、今回の暴動に対するトランプ大統領の対応が、11月の大統領選挙にどの程度影響を与えるかということ。教会の前で写真撮影するために力ずくで抗議集会参加者を排除したことで、宗教界から強い反発を受け、政権発足当初より「将軍好き」で知られていたトランプ大統領ですが、今回ばかりは、肝心の将軍のグループにもそっぽを向かれつつあるようです。不思議なのは、それでもトランプ大統領を弁護することをやめない共和党の議員の面々。何かトランプ大統領に弱みでも握られているのでしょうか。ただし、共和党支持者の間では、今回のトランプ大統領の対応にドン引きしている人が少なくなく、早くも11月の選挙への影響を心配している人も出てきている様子。つい先日は、いつも保守的な論調で知られるコラムニストのジョージ・ウィル氏が、ワシントン・ポスト紙に、「共和党はこの際、一回壊れた方がいい!」とでもいうかのようなコラムを寄稿して、話題になりました。
コロナウイルスに暴動と、災難続きのワシントンDC。正常化に向けて動き出すのは一体いつになるのでしょうか。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員