キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年5月29日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
全米各州で外出制限などの規制が緩和され始めてから早くも2週間が経とうとしています。5月上旬から緩和が始まっていた南部各州では、早くもコロナウイルスへの感染者数が急激に増え始めています。ウイルスの拡散抑制を十分確認できていないまま、5月4日に美容室など接客業の再開を認めたミズーリ州では、今週早くもコロナウイルスの症状がありながら勤務を続けた美容師2名がコロナウイルスに感染していることが確認され、計140人近くのお客さんがウイルス感染の危険に晒されたそうです。
「症状があるのに出勤なんてけしからん!」とこの美容師を批判するのは簡単ですが、アメリカではセレブ専属の美容師などごくごく一握りの人の除いては、美容師のお給料はとても安く歩合制をとっているお店も多いため、お客さんの髪を切ってチップをもらってなんぼの仕事。つまり、出勤しなければ無収入になってしまうのです。一方、先週のメモリアルデーの週末に開放されたビーチにはフロリダ州などでどっと人が押し寄せ、人々がマスクなし、ソーシャル・ディスタンシング無視で騒ぎまくっている様子がテレビで流れました。どちらも、公衆衛生に配慮しながら経済活動・社会活動を再開させることの難しさを改めて考えさせられるエピソードです。
私が住んでいるバージニア州北部も、明日からいよいよ規制緩和のフェーズ1に入る予定です。お隣のメリーランド州でも、6月1日を境に規制緩和のフェーズ1に入るそうですが、まだ在宅勤務は強く推奨されており、レストランも席の間隔を2メートル以上空け1テーブルに6人以上座らせないなど、ソーシャル・ディスタンシングを意識した規制は当分残ります。でも、レストランの屋外のテーブルで食事ができるようになるだけでも、この2カ月間と比べれば大きな変化です。床屋や美容院も予約制で待合なしという条件付きで営業再開が認められるようなので、私も、子供も自宅散髪に再挑戦する必要はなくなりそうです。
このようにまだまだコロナが影を落とすアメリカ政治ですが、トランプ大統領の「自分の責任を絶対認めない」側面は、毎日形を変えてメディアを賑わせています。例えば、今週は「コロナウイルス感染者数激増」を理由に、ブラジルからの米国入国を禁止する大統領令を出しましたが、実は、ブラジルのコロナウイルス感染者数はアメリカよりも少ないのです。しかも、今週はついに、米国内でコロナウイルスによる死亡者数が10万人を超える事態になり、どのメディアでも大騒ぎになりました。28日付ワシントン・ポスト紙では、「100,000」という数字が一面に踊っています。決して、ブラジルからの入国者のせいでアメリカ国内の感染者数が増えているわけではないのですが。。。。
さらに、今週はついにツイッター社が、トランプ大統領の2つのツイートを「事実誤認」と認定。これまでもフェイスブックやツイッターが「保守の情報発信を意図的に妨害している」と不快感を隠さなかったトランプ大統領ですが、自分のツイッターが「事実誤認」認定されたことで怒りは頂点に達したようです。28日には、「通信品位法(Communications Decency Act)」という法律の中のソーシャルメディアやウェブサイトが「自社のプラットフォームの内容を編集する裁量を認め、編集方針を理由に起訴されることから保護される」とする条文を骨抜きにしようとする大統領令に署名しました。自分がコミュニケーションのツールとして使いまくっていたツイッターにでさえ、自分の気に入らない動きがあると、打って変わって喧嘩を売るトランプ大統領。「自分がお気に入りだったプラットフォームを勝手にメルトダウンしている」と揶揄される始末です。大統領がこんな状態でも国民の生活がなんとなく回っているのは、連邦制の底力といえば底力なのかもしれません。
そんな中、最近では11月の大統領・連邦議会選挙を見据えた分析も少しずつ出てくるようになりました。今週目を引いたのは、上院選に関するベテラン政治アナリストのロナルド・ブラウンスタインによる分析です。「南東部諸州が民主党に記念すべき勝利をもたらすかもしれない」というタイトルで、今年11月の選挙の結果、コロラド、アリゾナ、ネバダ、ニューメキシコ諸州で各州2議席割り当てられる上院議員枠のすべてを民主党議員が占める可能性があるが、これは1941年以来の大事件だというのです。
選挙の季節になると、常に話題になるのが「ラスト・ベルト」。人口の多数がブルーカラーの白人で、アメリカの経済成長の波から取り残されている各州を指しますが、近年の大統領選挙ではこの「ラスト・ベルト」が共和党の支持基盤となっており、民主党大統領候補はこの地域で支持を伸ばすことができていませんでした。バイデン前副大統領も、従来は民主党支持が強いとされてきたにも関わらず2016年大統領選挙でトランプ候補(当時)が勝利したミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンの各州を奪還すべく、この3州での選挙活動にエネルギーを注いでいると言われています。
しかし、ブラウンスタイン氏の分析によれば、民主党の将来は「ラスト・ベルト」での情勢挽回ではなく、南東部諸州で支持を拡大することにより開けてくるのだそうです。というのも、コロラド、アリゾナ、ネバダ、ニューメキシコいずれの州でも、近年は各州の主要都市部が州経済をけん引する存在となっています。これらの州では有権者の高学歴化・多様化が進み、民主党にとって有利な有権者基盤が生まれつつあるというのです。実際、これらの州ではすでにバイデン前副大統領が支持率を上げてきており、これら4州すべてで勝利してもおかしくない状況が生まれつつあるということです。もし11月の大統領選挙でバイデン前副大統領がこの4州全てで勝利するようなことがあれば、なんと1948年大統領選挙時のハリー・トルーマン大統領以来の大快挙になるとか。さらにこの分析では、ブッシュ大統領の地元のテキサスでも民主党支持者層が急速に広がっているとも指摘されています。
同じ大統領選ネタでいえば、28日にはエイミー・クロブシャー上院議員(ミネソタ州)が、大統領選予備選から撤退して以降せっせとバイデン前副大統領と一緒に遊説したり、選挙集会を開くために汗をかいたり、と「副大統領候補になりたい」アピールが全開であることも報じられました。コロナウイルスの報道がまだまだ大部分を占めるアメリカではありますが、少しずつこういう記事が出てくるようになってきた様子を見ると、選挙の季節、間もなく到来!といった感じがします。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員