外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2020年2月10日(月)

デュポン・サークル便り(2月7日)

[ デュポン・サークル便り ]


 2月2日のスーパーボールでカンザスシティ・チーフスが10点差を跳ね返して50年ぶりに勝利に輝いたニュースで全米が沸いた今週はアメリカ政治も盛りだくさんな1週間となりました。3日には米大統領選の本格的開始を告げる重要イベントであるアイオワ州党員集会。翌4日にはトランプ大統領による一般教書演説。5日には上院で弾劾裁判をめぐる投票が行われ、トランプ大統領の不起訴が確定しました。この3つのイベント、どれ一つをとっても、それだけで大きな1週間のニュースを席捲してしまうような大きなイベントですが、今週はこの3つが月~水の3日間に立て続けに起きたわけです。

 まずは、3日にアイオワ州で行われた党員集会。本来であれば、この党員集会は、大統領選挙の今後の流れを予感させるとても大事なイベントです。2004年の大統領選挙の際、ヒラリー・クリントン上院議員が圧倒的に有利だという民主党内の下馬評をバラク・オバマ上院議員(当時)がひっくり返し大統領選挙勝利の足掛かりをつかんだのも、アイオワ州党員集会です。この党員集会、共和党側はほぼ無風状態のトランプ大統領が余裕で勝利しました。しかし、対する民主党側は、なんとこの集会に参加した党員が投票に使ったアプリに不具合が発生、党員集会後丸3日間たった今も得票数を確定できないという大失態を演じました。今のところ報道では、これまで「端牌」的扱いだったブディジェッジ氏が優勢なようですが、彼を追うバーニー・サンダース上院議員との得票差はわずか0.1%。これからの予備選で一波乱も二波乱もありそうな民主党予備選の行方を予感させます。

 続いて4日は、弾劾裁判中の現職大統領が、自分を弾劾した米連邦議会下院の本会議場で演説するという、かなりレアな状況で一般教書演説が行われました。演説そのものは、アドリブ大好きなトランプ大統領にしては珍しく、不規則発言もなく、演説中に民主党側から飛んだヤジにもムキになって反応せず、この3年間の自分の実績をひたすら誇示した、ある意味で手堅い演説でした。その手堅さは、おそらくトランプ大統領は大嫌いと思われる、オバマ大統領元首席補佐官のラーム・エマニュエル前シカゴ市長が「僕はトランプのファンでは決してないけれど、政治的にはとても効果的な演説だったと思う」という「敵ながらあっぱれ」的な評価を演説後にしていることからも窺えます。しかし今回、演説内容よりも注目を集めたのが、演説直後のナンシー・ペロシ下院議長がとった行動です。なんと、トランプ大統領から手渡された演説原稿を、演説が終わった瞬間、真っ二つに引き裂いたのです。この様子は全米のお茶の間で放映され、次の日のニュース番組では、一般教書演説の内容の評価よりもペロシ下院議長のこの行動がトップニュースになりました。

 更に翌5日は、上院でトランプ大統領の弾劾裁判が正式に終焉を迎えました。トランプ大統領の2つの罪状である(1)大統領としての権力濫用、(2)議会侮辱、のどちらについてもトランプ大統領不起訴という結果が出て、トランプ大統領に対する弾劾裁判は終わりました。本来ならここでトランプ大統領は一気に攻勢に出て、民主党をひたすら叩くところでしょう。しかし今回は、2016年の大統領選を戦ったライバル、ミット・ロムニー上院議員が(1)大統領としての権力濫用について、民主党議員とともに「起訴に値する」一票を投じたことから、そのような攻勢に出ることが難しくなりました。ロムニー氏は2016年の大統領選で貶されまくり、一時は国務長官に指名されるかという観測も流れました。しかし、結局それは結実しないままユタ州から上院議員選に出馬・当選したロムニー氏が今回はトランプ大統領に一矢を報いた形となりました。こうして弾劾裁判は終わったものの、下院司法委員会はまだまだ調査を続ける気マンマンのようです。ジョン・ボルトン前国家安全保障担当大統領補佐官は、今季あの弾劾のきっかけともなったトランプ大統領とゼレンスキー・ウクライナ大統領の電話会談のセットに深くかかわっていた人物ですが、同委員会は彼を公聴会に証人として召喚する意向だとの報道もあり、弾劾裁判をめぐるごたごたはまだまだ尾を引きそうです。

 このようにアメリカ政治が混乱する中、知り合いの政治コンサルタントからは「日本政府関係者から『今年の大統領選挙では民主党候補には誰が対日政策についてアドバイスしているのか』と聞かれてるんだけど、誰か知らない?」というメールが私を含む複数の日米関係専門家に送られてきました。四年に一度の大統領選の年に必ず聞かれるこの質問、「あー、来たなぁ、今年も」と思っていたら、その直後に「日本は大統領選で争点にならないんだから、その話は選挙が終わった後にしたほうが良いよね?」という身も蓋もない回答が、とある共和党関係者から送られてきました。これに対しては某民主党関係者が「そうそう。それに共和党のほうが日本にやさしいっていうけどさ、日本の頭越しに中国に行ったのニクソンだし、宮中晩さん会で天皇陛下の隣で吐いたのは共和党の大統領だし、今年はトランプが在日米軍駐留経費交渉で日本に圧力かけそうだし・・・ね?」というメールがこれまた瞬時に届きました。このグループメールに登録されているのは、私を除けば皆さん、民主・共和両党の政権内でアジア政策を担う大事なお仕事をされていた人たちばかりです。なので、今年の大統領選挙で、自称「〇〇候補に対日関係についてアドバイスしている」といった情報は話半分に聞いておいたほうがいいのかもしれません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員