外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2019年12月6日(金)

デュポン・サークル便り(12月6日)

[ デュポン・サークル便り ]


 今週のワシントンの最大のニュースはなんといっても、トランプ大統領のウクライナ疑惑について大きな進展があったことだろう。12月3日(火)に下院情報委員会がトランプ大統領のウクライナ疑惑についての調査報告書を発表し、その中でトランプ大統領が「自身の政治的利益のために、大統領府の権威を外交関係で利用し、米国の国家安全保障を脅かした」と結論付けて下院司法委員会に報告書を送付、4日(水)から司法委員会で弾劾公聴会が始まっている。

 3日に下院情報委員会が発表した報告書は、公開可能な部分をまとめた要約だけでも300ページに亘る大作で、非公開の本文はおそらく最低でも2倍の分量だろう。2か月にわたって、非公開・公開両方の公聴会で行われた証言全部を取りまとめるだけでも相当の作業量だったことが推測されるが、公聴会でこれまで行われた証言に加えて、ウクライナ疑惑をめぐる事象の時系列、および電話会談の記録などが取りまとめられており、トランプ大統領の行為は米国政治史上最悪の政治犯罪である、と結論づけられている。

 さらに、12月5日(木)にナンシー・ペロシ下院議長が記者会見を開き、下院で弾劾調査を行っている各委員会の委員長に対して、弾劾手続きを進めるように指示したことを発表したことで、クリスマス休暇に入る前に下院で弾劾決議が投票に付されることとなることがほぼ確実となった。弾劾決議が提出された場合は、民主党が過半数を占める下院では決議が可決されることは確実で、これが上院に送付された時点で議会がクリスマス休暇に入る。

 米国政治史上で、下院で弾劾され、上院での裁判にまでいった大統領はトランプ大統領の前には2人しかいない。一人目は南北戦争直後のアメリカでリンカーン大統領の副大統領を務め、リンカーンが暗殺された後にリンカーン大統領の任期を消化するために持ち上がりで大統領に就任したアンドリュー・ジョンソン第17代大統領、二人目が、ビル・クリントン第42代大統領である。ウォーターゲート疑惑で弾劾手続きをとるかどうかの議会による調査の対象になったリチャード・ニクソン第37代大統領は、弾劾手続きが正式に開始される前に辞任している。これを見るだけでも、大統領が弾劾されるというのは非常にレアケースだということがよくわかる。

 しかも、そもそも上司であるリンカーンが暗殺されたためにある意味、棚ぼた的に大統領になったジョンソンや、2期目の最後に弾劾されたクリントンと違い、トランプ大統領はすでに2020年大統領選に再選を目指して出馬することはほぼ確実で、そのための準備も着々と進めている。つまり、2020年1月に大統領選に向けた火ぶたが本格的に切って落とされるのと並行して、現職の、しかも再選に向けた意欲を明確に示している大統領の弾劾裁判が並行して行われるという極めて異常な事態が発生することになるのだ。

 トランプ弾劾をめぐる戦場が年明けに上院に移動すると、上院では共和党が過半数を占めているため、弾劾裁判をめぐる手続きは、上院共和党指導部が主導して進めることになる。トランプ政権側と上院共和党は、今でこそ、「弾劾から自党の大統領を守る」という共通の目的でまとまっているが、もともとはこの3年間、常に緊張関係にあった。すでに、弾劾裁判を「さっさと終わらせたい」というトランプ政権側と、裁判をできるだけ引き延ばして民主党にもダメージを与えたい上院共和党指導部との間で足並みが乱れており、今後の展開によっては上院共和党が「トランプ大統領を守るか、トランプ大統領を犠牲にしてでも選挙で上院過半数を死守するか」の選択を迫られる可能性も出てくる。

 しかも、弾劾裁判が始まれば、民主党側も無傷ではいられない。すでに上院共和党筋からは、そもそもウクライナ疑惑の発端となったバイデン前副大統領やその息子のハンター・バイデン氏を裁判に呼ぶべきだという声も上がってきており、ことの次第によっては、現時点では多数の民主党大統領候補者のトップランナーの一人であるバイデン前副大統領の選挙活動に悪影響が及ぶ可能性も出てくる。また、弾劾裁判関連ニュースの中で「バイデン」という名前が多く聞かれるようになることで、民主党の他の候補者もおそらく、ウクライナ疑惑に対する見解を明確に打ち出す必要性が出てくるだろう。つまり、大統領選と弾劾裁判が並行して行われるという状況は、民主、共和両党内部でも、後々までしこりを残す結果になりかねない。

 そして、トランプ大統領弾劾に向けた動きが一気に加速化する中、民主党大統領候補者の一人が静かに選挙から撤退した。選挙戦序盤では、「初のマイノリティ女性大統領候補者になるか?」と注目を集めていた検察官出身のカマラ・ハリス上院議員である。父親がジャマイカからの、母親がインドからの移民という家庭で育った同上院議員は、弁護士を経てサンフランシスコ市検事、カリフォルニア州検事などを歴任し、2016年の中間選挙で、すでに政界引退を発表していたバーバラ・ボクサー上院議員の後を継ぐような形で上院議員に当選した一年生議員だ。2019年1月に大統領選出馬を表明した直後は、民主党候補者同士のディベートでの冷静な弁舌や、バイデン前副大統領と堂々と渡り合う姿が好感を集めて支持率が急上昇したが、2回目のディベートで、自分が検事だった時の判断などについて他の候補者に厳しく質問されて、これにうまく対応できなかったことをきっかけに失速、最近では支持率も一桁台まで落ちていた。やはり、予備選に始まり、実質2年間続くといわれる大統領選挙でコンスタントに資金を集め、常に支持率でもトップを走り続けるというのは並大抵の能力、体力、精神力では難しいということなのだろう。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員