ワーキングペーパー グローバルエコノミー 2025.10.16
本稿はワーキングペーパーです。
19世紀中盤以降、アメリカの一人あたり実質GDP成長率は約2%弱で安定している。中短期の変動はあるものの、多くの国で長期の経済成長率は安定的である。一人あたり実質GDP成長率が一定ということは、一人あたり実質GDPの値は指数関数的に増加していることになる。この事実を受け、既存の経済成長理論では、最終財の生産量が指数関数的に増えるプロセスをモデル化している。
しかし、通常の生産関数では生産量の増加は投資に対して逓減するので、最終財が指数関数的に増えるようにするには、何らかの外部性を仮定しなければならない。Romer (1991) や Aghion and Howitt (1992) など内生的経済成長理論で主流となっている研究開発をエンジンとする経済成長理論においては、研究開発投資による新たな財の開発が、過去の研究開発から強い外部性を受ける必要がある。しかも、Jones (1995) に指摘されるように(指数関数的人口増がない限り)これらの外部性がある特定の強さでなければ、指数関数的経済成長は持続できない。つまり、既存の内生的経済成長理論はナイフ・エッジ的仮定に依存している。
本研究では、単一の最終財を考えるのではなく、様々な最終財が開発され、かつそれらの財の相対価格や数量が財の年齢(出現からの年数)により変化していくプロセスを考える。但し、従来モデルのように財の種類が指数関数的に増加するために必要な強い仮定は置かない。また、個別の財の生産性は経験により上昇するが、その上昇率は次第に低減する設定とし、数量や質が指数関数的に上昇することは無いようにする。その上で、実質GDP成長率は実際の経済統計(SNA統計)と同様の方法で計算する。そうすると、一人あたり実質GDPは様々な財の生産性の増加率の加重平均(ウェイトは支出シェア)と表されることがわかる。新しい財が開発され、生産性増加率が低減した古い財が抜け落ちるプロセスをモデル化することで、マクロ的には長期的に安定的な経済成長率が実現できる。
この結果は、現実に観察される安定的な正の経済成長率は、必ずしも財の種類や数量、あるいは質の指数関数的な増加を意味しないことを示している。従って、安定的な経済成長を説明するために従来のように強い仮定を置く必要がなく、より現実的な設定でモデル分析を行うことができることも示している。この理論は、経済政策の分析にも活用することができる。経済成長率をプラスに保つための条件は、古い財・旧産業に対する支出が大きくなりすぎないことである。そのため、旧産業を支援するような政策は経済成長率を低下させ、最悪の場合0にしてしまうことがわかる。一方、支出シェアや労働力が新しい産業にスムーズに移行すればするほど経済成長率は高くなる。
指数関数プロセスは非常に早く増加する性質を持っており、仮に2%の増加率であったとしても、この率が1000年続けば4億倍になる。財の種類や個別財の数量や質が指数関数的に成長したとすると、長い歴史の中では途方もない大きさになってしまい、現実に消費や生産をすることも想像しづらいほどになってしまう。その意味でも、財の種類や個別財の数量や質は指数関数的に増加する必要がないという本論文の理論は、長期の経済成長のメカニズムを理解し、経済の持続的成長を目指す上で有用な理論である。
本論文で考える指数関数的ではない成長プロセスでは、財の種類や個別財の数量や質の増加率の増加率はいずれ0になってしまう。にもかかわらず経済成長率(正確には一人あたり実質GDPの成長率)が正の値で安定するならば、経済成長率には一体どのような意味があるのであろうか。2025年の改訂稿ではこの疑問に答えるべく分析を進めた。近年の経済厚生分析ではMoney-Metric Utilityという概念が用いられる。この概念はある2時点の間の等価変分 (Equivalent Variation) を表している。たとえば、1995年の財の入手可能性や価格および当時の平均的個人の支出の状況を考えて、その支出を何倍すれば、2025年の財の入手可能性や価格および2025年の平均的個人の支出の状況と無差別になるか、という問題を考える。この答えが1.5倍であれば、Money-Metric Utility の30年間の増加は50%ということになる。Baqaee and Burstein (2023) やJaravel and Lashkari (2024) 等最近の研究では、一定の条件下でこのMoney-Metric Utilityの増加倍率が一人あたり実質GDPの増加倍率に一致することが示されている。
本論文が考えるNon-exponentialな成長プロセスでも、一人あたりGDPの成長率はMoney-Metric Utilityの瞬間的な増加率と密接に関連している。ただし、前述の従来研究とは異なり、本研究では研究開発により財が次第に導入されるプロセスを取り入れているので、Money-Metric Utilityの増加は一人あたり実質GDPの増加とは完全には一致しない。なぜなら、新しい財の導入はMoney-Metric Utilityを増加させるが、GDP統計が根拠とする価格と数量のデータだけでは、新しい財の便益を完全には捉えることができないからである。そのため、一人あたり実質GDP成長率はMoney-Metric Utilityの増加率よりもやや低くなる。裏を返すと、一人あたり実質GDPが一定率で成長しているならば、厚生指標であるMoney-Metric Utilityはその率以上で成長していることになる。つまり、実質GDP成長率は、平均的個人が経済成長により少なくともそれだけの支出上昇と同等の便益を得ているという下限を与えているのである。
※本論文はCIGS WP 24-018Eに新しい研究成果を加えて改訂したものです。