コラム  国際交流  2025.10.08

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第198号 (2025年10月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

東南アジア AI・ビッグデータ

9月中旬、シンガポールで友人達と国際経済に関し意見交換を行った。

9月18日から24日までシンガポールに滞在し、友人達と世界経済やイノベーション政策に関する意見交換を行った。シンガポールのチャンギ国際空港に着くと、digital globalizationの波に乗ったSingaporeと波に乗れなかったJapanとの格差を実感する。そして友人達に、「今年の実質経済成長率はJapanが1%、Singaporeが3%と予想している。今は、それぞれの一人当たりGDPが3.4万米ドルと9.3万米ドルだが、格差が更に広がる」と語った。そして今、9月23日、OECD発表の“Economic Outlook”を眺めつつ溜息をついている(PDF版の図1,2参照)。

順風満帆に映るシンガポールだが、米中大国間競争の影響を受け不確実性高まる国際情勢の下で、難しい経済運営を迫られているのは日本と同じだ。これに関しHarvard Kennedy School (HKS)出身のローレンス・ウォン(黃循財)首相のinterview記事が、米Wall Street Journal紙上に9月19日に掲載された(“One of Globalization’s Biggest Winners Navigates a Less Predictable World”、PDF版2参照)。首相は、“中国にとって絶対に超える事を許さない一線(China’s reddest of red lines)”である台湾問題に備えるため、米国との政治的・経済的関係を重視し、国防費を対GDP比で約3%にして米国からF-35s等の武器を購入するという政策を語った。と同時に、米中の狭間で“中道(a middle path)”を追求し、“発明は米国、製造は中国(invented in America and made in China)”が世界経済にとって望ましい姿であると語った。

少子高齢化問題を抱える日本とシンガポールには医療・介護を念頭にしたイノベーションが重要だ。こうした理由から、様々な技術の活用・事業化に関し、需要者・利用者の視点で専門家と意見交換を行った。シンガポール出張直前の9月16日、世界知的所有権機関(WIPO)が報告書(“Global Innovation Index 2025: Innovation at a Crossroads”)を発表した。今年のGlobal Innovation Index (GII)の順位を見ると、我が日本は世界第12位、WIPO事務局長はシンガポール出身のダレン・タン(鄧鴻森)氏で同国のGII順位は第5位だ(PDF版の図3参照)。友人達は、「Innovation clusterのrankingを見ると、日本の東京=横浜地域は中国の深圳地域に次いで第2位なのに、GIIの順位は何故低いのか?」と質問した(PDF版の図4参照)。これに対し筆者は次のように答えた—「東京=横浜、それに首位の深圳や第4位の北京は、第16位のシンガポールに比べ、国際交流と言うよりも国内交流が密であるclusterだ。“内向き”の日本はinnovationが事業に発展せず、現実社会にinnovationの成果が出現しない。この問題を解決しない限り、日本のGIIは改善しない。一方、中国は国際交流に力を入れ始めてGIIは上向いている。その成果として今年、中国のGIIは第10位となり、上海のnews site(«观察者网»)は“ドイツを抜いた(中国内地超过欧洲最大经济体德国)”と大々的に伝えている」。

WIPOの分析に依れば、日本は人口減少を示す若者達に対し科学・工学を中心に教育を積極的に行い、対内直接投資やICT投資を増大させ、生産性を高める事が必要なのだ。このためには既存の優れた共同研究体制と人的資源及び知的財産を再活用しなくてはらない。

GII自体の評価は別として、日本の長所・短所に関しGIIの分析の概要を次に示す。大項目別に見ると①国の制度22位、②人的資源・研究活動18位、③インフラ17位、④国内市場10位、⑤経営組織6位、⑥知的活動12位、⑦創造的活動18位である。

小項目で優れている点は①官民共同研究及び生産・輸出プロセスの複雑さが1位、③パテント・ファミリーや知的所有権受取額対輸出比、国内金融融資が2位、⑥R&D投資額及びOECDの学習テスト(PISA)が3位だ。翻って問題点として①幼年・少年・青年の人口比率137位、②対内FDI対GDP比113位、③教育対GDP比102位、④労働生産性上昇率96位、⑤科学・工学系の大学教育85位、⑥ICTサービス輸出対全輸出比83位、⑦知識集約サービス型産業労働者比率72位、⑧起業家養成政策・起業環境66位だ。

シンガポールでは、AI・ロボットを含む技術に関しても意見交換を行った。

AI・ロボット技術があらゆる分野に役立つ汎用技術(general purpose technology (GPT))であるだけに、様々な分野での事業化・社会実装化を観察する事が出来る。とは言っても、AI・ロボット技術が未だに黎明期であるために、長所だけでなく短所が指摘されている。このため、25日、New Yorkの国連本部で安全で役に立つAIの開発を目指した会合が開催された(the high-level General Assembly meeting on AI governance)。

AIを巡る課題について筆者は、シンガポールの友人達とWall Street Journal紙の記事に関する意見交換を行った(“The Less You Know About AI, the More You Are Likely to Use It, September 2 (日本語版: AIに疎い人ほど利用意欲が強い訳は)”や“Will AI Choke Off the Supply of Knowledge? September 7 (日本語版: AIは「知識の供給」を止めるのか)等、PDF版の2参照)”。

これに関して、Stanford Institute for Human-Centered Artificial Intelligence (HAI)のエリン・ブリンニョルフソン教授が8月26日に公表した論文が興味深い。日本でも既に紹介されているが、AIの利点は、人を助けるために役立つ単純で低次な仕事を迅速に行う事だ。従って、雇用面では、経験を積んだ年配の労働者に対しAIは“優しい”影響を与える一方、経験か浅く若年層の人々に対しては、雇用機会をAIが奪うという“残酷な”影響を及ぼす(“Canary in the Coal Mine?”、PDF版の2を参照)。AIが経済全体に未だ広まっていない現在、労働市場にAIが与える影響に関し明確な結論を出す訳にはいかない事を教授は指摘している。経済指標を引き続き観察する事が大切なのだ。

若年層に対するAIの役割として、AIを活用した教育が期待されている。と同時に、AIが与える悪影響も既に指摘されている。例えば、9月16日、米国連邦議会上院司法委員会で、“AI友達(AI Companion)”が与える悪影響に関する公聴会が開かれた。またIEEE Spectrum誌が、OpenAIが玩具メーカー(Mattel)と協働で“AIバービー人形”を開発する動きに対して疑問を提示している(小誌前号の2を参照)。

学生の学習態度に対するAIが及ぼす悪影響に関して、Harvard大学の学内新聞(Harvard Crimson)が、9月18日に小論を掲載している(“The AI Threat to Liberal Arts Is More Fundamental Than You Think”、PDF版2参照)。同紙は最初に金融専門家のチャールズ・グッドハート教授の言葉を引用した—手段が目的化した途端、その手段は良い手段でなくなる(Once a measure becomes a target, it stops being a good measure)。Harvardの教授達は、学生達が成績を最小の努力で最大の成績を実現するためにAIを活用していると嘆いているらしい。知的生産手段としてのAIは革新的だが、それ故にAIは“諸刃の剣(double-wedged sword)”なのだ。少ない情報の入力で正解を提示するAIは、学生の理解力を損なう危険性がある。理解力は、森羅万象の中から自らが関心のある現象を選び出し、自らの知識と信念に基づき結論を導くというプロセスを繰り返す“学習”によって鍛えられる。AIが速やかに提示する“或る程度”の知的な解答を鵜呑みする習慣がつくと、理解力が低下するのだ。

しかもAIは“傑出した”或いは“独創的”な解答を常に提供してくれる訳ではない(勿論、我々の忘却の彼方にあるdataに基づく解答が独創的だと映る事はある)。従って現実には“ヒト”による評価・判断が必ず必要になるのだ。AI活用を研究しているシンガポールの友人は、次のように語った—「AIが弁護士の業務に入ってきた。その業務とは①資料の要約、②提出書類の草稿作成、③関連事項の年表作成、④外国語の翻訳、⑤音声データの文字変換だ。だが、①不正解(hallucinations and bias)、②守秘義務(confidentiality)、③依頼人に対する誘導(client control)、④ヒトによる説明責任(human accountability)という課題が残っている」。彼の説明に対し筆者は次のように応えた—「AIは優れた弁護士に仕える優秀な人(paralegal)にはなれるかも知れない。しかし、名弁護士になれるかどうかは疑問だ。今年の4月、日本の報道では、AIが東京大学の入学試験に合格出来る能力を持つ事が報じられた。だが、東大生になれたとしても、人格的に優れ、また教養と洞察力を具えた東大生になれるかどうかは疑問だ」。

汎用技術(GPT)・軍民両用技術(DUT)としてのロボット技術を巡り、友人達と議論した。Washington Post紙の9月5日付記事が示す通り、世界各地で多種多様な人型ロボット(humanoid robot)が出現している(“Humanoid Robots Were a Sci-Fi Dream. Suddenly They’re Everywhere”、PDF版の2参照)。友人達と米Agility Roboticsの製品(humanoid robot ‘Digit’)や中国UBtech Robotics(优必选科技)の製品(人形机器人‘Tiāngōng Xíngzhě/天工行者’)等の人型ロボットに関する情報を交換した(残念な事に日本のhumanoid robotsはシンガポールではあまり知られていない)。

ロボット技術もAIと同様に発展途上の技術だ。そして筆者はWall Street Journal紙の8月25日付記事が、Hyundai社の米ジョージア州に在る最先端工場を紹介している事を告げた(“America’s Newest Auto Plant Is Full of Robots. It Still Needs the Human Touch”、小誌前号の2を参照)。同工場では従業員1,450人とロボット750台が共働作業をしている。人・ロボット比で、2対1で、米国の自動車工場の平均が7対1であるから、robotizationに関しては先進的とは言えても、automation technologyとしては、未だ“道半ば”なのだ。

Human-Robot Collaboration (HRC)が進展すると、必然的に事故の危険性も発生する。実際にテスラ工場ではHRC上の事故が発生した(“Tesla Worker Sues for $51M after Alleged Robot Attack at Fremont Plant”、PDF版2を参照)。このため、小誌前号で触れたヒト・ロボットの“協調安全(collaborative safety)”が一段と重要になってくると考えている。そして未来の協調安全を考える時、トヨタ自動車の動きに注目している。8月7日、トヨタ自動車は豊田市貞宝町に新工場のための土地を取得した事を公表した。「先端技術を活用し、多様な人材が活躍できる環境を備えた『未来工場』づくり(creating a "plant of the future" that uses cutting-edge technology and provides an environment where a diverse workforce can thrive)」に取り組むと同社は記している。将来、トヨタが工場における安全・健康・ウェルビーイング(SHW)を向上させる事を願っている。

小誌前号で筆者が優れた専門家と共にHRCに関する“協調安全(collaborative safety)”について研究している事を記した。現在は、こうした安全基準に関する国際標準化が課題となっている。しかしながら軍民両用技術(DUT)としてのロボット技術の国際標準化に関し、障壁が存在する。最大の障壁は軍事的要請だ。世界各国は国際基準を無視し、自国の軍事技術的優位を目指してロボット技術を開発する。だが、殺傷兵器としてのロボットに関しても“倫理問題”が存在して9月初旬、ジュネーブで自律型致死兵器システム(LAWS)を巡る専門家会議が開催された。筆者はLAWSに関し情報を友人達と共有しているが、各国の国益が対立する中、国際協調体制が確立する事は困難と考えている。現在、DUTとしてのロボット技術の発達はドローン技術開発が顕著で多くの文献情報が筆者の許に届いている(PDF版2参照)。

フランクフルトに在る国際ロボット連盟(IFR)が9月25日に冊子“World Robotics 2025”を公表した。これによると、2024年における中国の産業ロボット設置台数の伸びが驚異的だ。2024年の中国の産業ロボット設置台数が世界シェアで54%に達したのだ。また、中国国内の設置台数における国産メーカーのシェアも58%に達した(PDF版の図5~7参照)。これに関して米New York Times紙は25日、中国ロボット市場の驚異的な発展を報告する記事を掲載した(“There Are More Robots Working in China Than the Rest of the World Combined; 中国工业机器人年安装量超过世界其他地区总和”、PDF版の2参照)。そして今、日本のロボット産業の将来に関し多くの専門家達との意見交換を行っている。

トランプ政権の政策に関し内外の友人達と意見交換を引き続き行っている。

9月10日、Foreign Policy誌にHavard Kennedy School(HKS)のスティーヴン・ウォルト教授の小論を読んで笑ってしまった(“The Top 10 Trump Administration Foreign-Policy Mistakes; So Far” PDF版2参照)。教授は大統領の外交政策の10大ミステイクを、“これまでのところでは”という条件を付けて列記した—即ち①貿易戦争、②Greenland等の領地の要求、③敵を団結させる、④中東での惨事黙認、⑤プーチン氏の巧妙な手口にはまる、⑥誤った環境政策、⑦不必要な武力行使、⑧連銀の独立性を脅かす、⑨閣僚人事の失敗、⑩学術研究機関に対する不当な干渉だ。

⑧連銀の独立性を脅かした点に関して、9月11日、Wall Street Journal紙にUC Berkeleyのバリー・アイケングリーン教授が示唆に富む小論を発表した(“Could the U.S. Dollar Lose Its Dominance? It Did Once Before”)。巷間、ドルの信認低下を巡る噂が広まっている。こうした中、教授は歴史的に見れば、過去に一度経験した事を指摘した。そして通貨の信認を維持するには①優れたヒト、そして②政治の援護が必要である事を記している。①に関し教授は1913年連邦準備法の成立に向けて努力したポール・ウォーバーグ氏、②に関してはウッドロー・ウィルソン大統領の名を挙げている。だが、1929年の大恐慌の頃にドルが信認を失う事になる。①に関してウォーバーグ氏の親友であるニューヨーク連銀総裁のベンジャミン・ストロング氏が1928年秋に結核で亡くなり、後任のジョージ・ハリソン氏はドルの国際的地位の維持に関心が薄かった。②に関しては“金融専門家”と自称するカーター・グラス上院議員とハーバート・フーバー大統領が、金融政策に関して誤った理解をしていたためにドルの信認低下を招いた。第二次世界大戦後のドル基軸通貨体制は、終戦後、経済が健全だったのが唯一米国であったために、ドルの“不戦勝で(by default)”成立したのだと教授は論じている。かくして①の優れたヒトと②の政治の援護に関して、トランプ政権時代における米中大国間競争下での国際基軸通貨問題を、教授のお陰で考える事が出来た。

日米交渉に関しても気になる点が多い。9月9日、米think tank (CSIS)のクリスティ・ゴヴェラ氏が、米国側の資料を基に日米通商交渉に関し小論を発表した(“New Documents Reveal Next Steps for U.S.-Japan Trade Deal”、PDF版の2参照)。彼女の分析で気になったのは①米国が要求事項を変えている事、②巨額の対米直接投資と巨額の米国産品購入を期待している事、以上の2点だ。シンガポールの友人達は、「日本は自国内に投資する必要がある。巨額の対米投資は問題にならないか」と聞いたが、筆者は「不確実性が高いから見当がつかない」と答えた次第だ。そして11日に米CNBCのTVで、日米交渉での成果を微笑みながら語るラトニック商務長官の姿に筆者は不安を感じた次第だ(“U.S. Will Split Profits with Tokyo from Japan-Funded Projects until $550 Billion Is Recouped: Lutnick”、PDF版2参照)。

シンガポールで、米欧亜の友人達と米中大国間競争について議論した。

9月22日、友人達と米中大国間競争に関して次の2点を中心に議論を行った—①9月17~19日、中国で開催された「第12回北京香山論壇」の内容。②ローレンス・ウォン(黃循財)首相が9月12日に対日戦勝を記念して犠牲になった将兵と民間人に追悼の意を表した事。

①では、大戦における中国の貢献が過小評価されているとハロルド・ラフ国際軍事史学会会長が語った事に関し議論した。米国の友人は中国共産党ではなく国民党が貢献したのであり、同時に米国による援助について語った。筆者は帝国海軍機が最初に撃墜した中国軍機の飛行士が米国人だった事や米国の援助で日本が大陸で苦戦した事を話した。また9月に公表された連邦議会下院中国特別委員会の資料に触れ、嘗て同盟関係だった米中が対立に向かっている事を語った(“Joint Institutes, Divided Loyalties: How the Chinese Communist Party Exploits U.S. University Partnerships . . . .”や“From Ph. D to PLA: How Visa Policies Enable PRC Defense Entities to Tap U.S. Higher Education”、PDF版の2を参照)。

②では、戦時中に連合軍兵士の捕虜(POW)が収容された場所に在る記念館(Changi Church)を筆者が以前訪問した事、故リー・クアンユー(李光耀)首相が著書(The Singapore Story)の中で、非常に厳しい対日批判を記した事に筆者が驚いた事を語った。或る友人はChangi Airportを利用する一方、Changi Churchを知らない日本人が多いと語り、歴史教育の重要性を強調した。それに応え、筆者は『世紀の遺書』を読み、大戦直後のChangi Prisonで多くの日本軍将兵が刑死・自殺したという悲劇を忘れてはならない事を伝えた。

そして今、大国間競争の狭間で日本とシンガポールは、共に難しいmiddle pathを常に探し求めなくてはならないと語り合った次第だ。

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