米中間の技術開発競争が激化する中、日本の行方を友人達と語り合っている。
AI・ロボットを中心とする米中両国の技術開発に関し情報交換を続けている。米Wall Street Journal(WSJ)紙は、5月5日付記事で、中国が技術的に優位な米国を猛追している事を伝えた(“Beijing’s ‘Made in China’ Plan Is Narrowing Tech Gap, Study Finds; 研究发现‘中国制造2025’计划正缩小中西技术差距; (邦訳)「中国製造2025」対西側の技術格差縮小に成功 調査”)。今この問題に関し、友人達と語り合っている主な資料は、在中国欧州連合商工会議所(中国欧盟商会)が4月16日に公表した資料(“Made in China 2025: The Cost of Technological Leadership”)や上記WSJで言及された米国商工会議所の資料(Rhodium Group作成の“Was Made in China 2025 Successful?”)である。資料の結論を要約すると次の通りだ。当然予想された事ではあるが、中国の経済計画(“Made in China 2025 (MIC2025)”)が対象とする10分野の中には、部分的には成功した分野(ロボット、造船、電気自動車等)がある一方で依然として厳しい状態にある分野(航空宇宙や新素材)もある(PDF版の表1、2参照)。そして資料は、残された中国の課題として、補助金や中国企業に有利な政府調達制度や経済規則を挙げている。
中国の残された課題に関して、米国のthink tank (PIIE)から4月に発刊された書籍は、次の様に結論付けている(The New Economic Nationalism, 小誌前号の2参照)—「たとえ中国が近い将来限定的な分野での技術的優位を達成する事が出来ても、その成果は日本をはじめとするdevelopmental state型による産業政策の成果とは違う。従って中国独自の政策である公的部門の優先策を続ければ、経済効率と成長力の点で問題を生じる」、と。
そうは言っても、米国を技術的に追い抜こうとする中国政府の産業政策には“熱気”と“勢い”がある。これに関し、深圳に在る調査会社(高工机器人产业研究所/Gaogong Industry Research (GGII))が、主要産業の一つであるロボット産業の将来に関し、極めて楽観的な資料を4月に公表した(«2025中国人形机器人产业发展蓝皮书»)。同書に依れば、今年の年初から“ヒト型ロボット(humanoid robot; 人形机器人)”が①見た目が人間にそっくりという“外形的擬人性(人类形态)”及び②多様な場面で活躍が出来る“マルチ・シナリオ=アダプティヴ・インテリジェンス(多场景适应智能)”の分野で加速度的発展を遂げているのだ。勿論、中国は様々な技術的・経済的問題を内包しているが、今年は“量産元年(量产元年)”を迎え、中国のみならず米欧諸国でもヒト型ロボットの発展が観察されると、同資料が報告している。
こうした中、筆者は「当分の間、中国では引き続きmarathonやboxing等の派手なhumanoid robot contestsが見られるだろう」と話している。しかしながら、この様な中国の動きを産業用ロボット先進国の日本は笑って見過ごす訳にはいかないのだ。6月2日、『日本経済新聞』は、「AI進化で注目集まるヒト型ロボット、25年調達額は23億ドルに」と題した米CBInsights社の資料を報じた。筆者は、記事の中に記された最後の図に驚いた! 何故ならhumanoid robot市場での主要国別企業数のシェアの中に日本が無いのだ! 米国が32%で中国が27%、次いでインドが5%、そしてカナダとドイツが4%。日本は“その他”28%の中に埋もれているのだ。勿論、この数字は企業数のシェアであって、humanoid robotの先進性・実用性の評価ではない。とは言え、日本が“その他”の中に含まれている事は、“技術立国”を誇った日本としては悲しい事実だ。こうした惨状を我々が何も考えずに座視する訳にはゆかない。こうした中、弊研究所(CIGS)は、ロボット産業に関連する日本の一流の専門家の協力を得て、6月2日に東京で「AI・ロボットを実装した日本社会: ワァークプレイス・ウェルビーイングと生産性向上に向けた標準化戦略(An AI-Robotized Japanese Society: A Standardization Strategy in Search of Workplace Wellbeing and Productivity Growth)」という表題のセミナーを開催した。内容は弊研究所のwebsite(https://cigs.canon/event/report/20250612_8963.html)で見る事が出来るのでご関心のある方はご覧頂きたい。
半導体開発を巡る海外からの質問に忙しく答える毎日が続いている。
半導体分野の専門家でもないのに、今筆者は海外から多くの質問を受けている。このため国内の大学や企業で半導体分野を専門とする人々に質問をしつつ、海外の友人達と意見交換を行っている。現在日本は、最先端の半導体を受託生産する企業(TSMC)を九州に招致して21世紀の“Silicon Island 九州”を夢見ている人が大勢いる。これに関し、海外の友人達は、様々な視点から疑問を投げかけてくる。質問は単純な「嘗ては圧倒的地位を誇った半導体王国の日本がどうして衰退してしまったのか?」に始まり、「主要輸出先である米国の対日通商政策による制約が強かった点は理解出来る。だが、市場の変化や技術変化に対応した経営の判断は下されなかったのは何故か?」という、当時の経営者にしか答えられないような難しい質問まで筆者に投げかけてくる。
こうした中、海外の友人達が、長内厚早稲田大学教授の本(『半導体逆転戦略: 日本復活に必要な経営を問う』 日経BP、2024年4月)が翻訳されたため、感想を聞いてきた(«半導體逆轉戰略: 從日本隕落與復興,解析矽時代的關鍵商業模式與經營核心» 臺北: 今週刊、2025年5月29日)。
臺灣版を筆者は未だ入手していないため、台湾とシンガポールの友人達は臺灣版を基に、筆者は日本語の原著を基に議論するという形になった。長内教授の優れた著書に友人達と納得しつつ、意見交換した点を挙げると、①中国を完全に排除する事は不可能、②日米台韓の産業連携が重要、③日本は経営戦略を見直す事が必要、以上3点である。
臺灣版を基に友人達が語った事で筆者が爆笑したのは2点だ。第一点目は、単純な思想に基づく“技術信仰”だ。即ち「iPhoneに対抗するスマートフォンを発売した際、当時のNECの社長が『機能・性能、全方位どこから見てもiPhoneより上回っている。これで負けるはずがない』と宣言していました。結果は惨敗でした」(日本語版、p. 85)。第二点目は、ラピダスの将来だ。即ち「本当に2ナノの半導体がつくれるのか…。 県大会にも出たことのない選手が、いきなりオリンピックにでることができるのか…」 (同、p. 216)。
台湾の半導体産業に関する専門家の一人である林宏文氏も、長内教授の臺灣版発売直前に、日本の半導体産業の将来に関して、意見を公表した(Podcast «Today來讀冊», 5月23日)。林氏はTSMCの歴史を綴った著書(«晶片島上的光芒: 台積電、半導體與晶片戰,我的30年採訪筆記» 臺北: 早安財經、2023年7月; 邦訳版: 『TSMC 世界を動かすヒミツ』 2024年3月)を通じて、TSMCの苦労と成功を詳細に記している。その彼はラピダスの将来について明確な見解を留保している。従って我々は“根拠無き楽観”を許さぬ状況にある事を知らねばならない。
日本は過去の成功が仇となって旧弊を墨守するあまり、新時代の経営戦略策定に失敗したと、筆者は議論を通じて思うようになった。戦略とは自己を取り囲む環境変化を正確に把握し、自ら利用可能な資源を最大限に活用するための効率的な人的・技術的・財務的活用術を練り上げる事だ。海外動向に疎く、自らの資源も正確に把握しなかったために、“半導体強国”日本は“history”となったのではないか。
米国が継続して世界秩序の安定に寄与してくれる事を願っているのは筆者だけではあるまい。
5月6日、カナダのカーニー首相はホワイトハウスでの米国大統領との面談を“そつなく”こなし、貿易戦争の終焉を探り始めている。英Economist誌は4月3日に、「トランプは米国貿易政策を19世紀時代に戻した(Trump Takes America’s Trade Policies Back to the 19th Century)」と記し、またカーニー氏は総選挙前の3月末に「長年の加米関係は“終わった”」と語った(小誌前号参照)。このために筆者は「“Trump takes America’s Canada policy back to the 19th century”というタイトルの記事がメディアから出てくるかも?」と危惧していただけにホッとしている(因みに米加間の軍事的緊張は19世紀が最高で1931年に収束 (コヘインPrinceton大学教授とナイHarvard大学教授による本Power and Interdependence等を参照))。
米加間の緊張は制御可能の兆しが見えてきたが、米中関係は依然として不確実性に包まれている。ベッセント財務長官は、5月29日のFox Newsで米中間交渉が「少し停滞している(a bit stalled)」と述べた。果たして“a bit stalled”なのか? へグセス国防長官の5月31日の演説やレアアースに関する中国の輸出規制の影響を勘案すれば、“a bit”という表現が不適切で楽観的過ぎるのではないだろうか。
歴史を顧みれば中国の鉱物資源は貴重な戦略物資だ—1938年6月、“独日”同盟を理由に“独中”国交断絶をヒトラー総統が決定した際、4ヵ年計画全権責任者のゲーリングは武器及び工作機械に不可欠な中国産タングステンの入手困難を訴えている。また1940年7月、宋美齢(Madame Chiang Kai-shek)の兄でHarvard出身の宋子文は、対中支援の対価として中国産タングステンの提供をルーズヴェルト大統領との会食時に要求された。
筆者は友人達に「やはり鄧小平は偉大だった」と言い、1992年の彼の有名な言葉「中東に石油有り、中国にレアアース有り」を伝えた。
“中东有石油、中国有稀土。中国稀土资源占全世界已知储量的80%、其地位可与中东的石油相比、具有极其重要的战略意义、一定要把稀土的事情办好(There is oil in the Middle East and rare earth in China. China's rare earth resources account for 80% of the world's known reserves. Compared with the oil in the Middle East, it has extremely important strategic significance. We must do a good job in rare earth affairs).”
小誌前号でも述べた通り、global supply chainsが網の目の様に張り巡らされた現代世界経済の中での米国関税政策は、“考え抜かれた(well-thought-out)”政策ではないのだ。そして筆者は友人達に次の様に語った。
「米政権内の経済政策担当スタッフは、関税政策公表の前に、第一期トランプ政権時代の対中関税政策を分析した論文、例えばHarvardの研究者等による“Exports in Disguise: Trade Rerouting during the US-China Trade War?” Jan. 2025、UCSDの研究者等による“Rising Import Tariffs, Falling Exports: When Modern Supply Chains Meet Old-Style Protectionism,” Jan. 2025、そしてPrincetonのグロスマン教授やHarvardのヘルプマン教授等による“When Tariffs Disrupt Global Supply Chains,” Apr. 2024等を読んだ上で、目的を限定した形の関税政策を進言すべきでなかったか」。
多くの最先端学術研究における世界の中心である地位を、米国自らが放棄しようとするように映る。
世界のthe best and brightestが学ぶ事を願う米国の大学の門が閉まりかけている(PDF版表3参照)。主要メディア、例えばWashington Post紙の5月25日付記事(The U.S. Has More Than 1 Million Foreign Students. Here’s Who They Are)、またWall Street Journal紙の5月29日付記事(Targeting Chinese Students Threatens the Bottom Line at American Universities)や6月1日付記事(Harvard Has Trained So Many Chinese Communist Officials, They Call It Their ‘Party School,’; (日本語版) ハーバード大、中国共産党幹部を多数育成の過去; (中国語版) 哈佛培养了如此多中共官员, 甚至被他们称为海外‘党校’)を読むと米国での海外の留学生の現況が理解出来る。留学生が2万人を超える大学は、New York大、Northeastern大、そしてColumbia大だ。そして留学生の中国人比率に注目が集まっている大学は、Cornell大(50%)、Columbia大(47%)、Harvard大(23%)だ。
更にはトランプ政権の政策変更により、将来における研究者の地域分布が大きくが変わるかも知れないのだ。ただ留意すべき事として、国全体としての外国人留学生比率を比較すれば、米国は相対的に低く、問題視すべきでないかも知れないという点だ(PDF版表4参照)。
また米国自身に対して予想される事態とは“マイナス”の影響だ。現在米国は、海外から優れた人々を受け入れた事により、Silicon Valley等で活躍する若き起業家が育ち、米国経済に活力を与えているが、この動きに変調が現れるかも知れないのだ。米国国際教育研究所(IIE)が5月21日に公表した資料に依れば、留学生におけるSTEM(科学、技術、工学、数学)分野専攻者の比率は、主要国の中で米国が最も高い59%(一方、日本は26%, PDF版表5参照)。米国以外の行き先に変更したSTEM専攻留学生は、英国やカナダ、豪州やシンガポールの経済を活性化させるかも知れないし、優秀な中国人が留学を諦めて自国に貢献するかも知れないのだ。更に留意すべき点は留学生数が減る事によって教育機関が在る米国内の州経済がマイナスの影響を受ける事だ。カリフォルニア州やニューヨーク州等、多数の留学生が学ぶ州では、教育関連業務だけでなく、住居や娯楽サービスに関係する事業にまで、厳しい影響か出てくるであろう(PDF版表6参照)。
筆者がCambridgeでHarvard-MIT Complexというacademic communityに居た時は平和で幸福な時代だったと旧友達と語り合っている。米中英独仏、そしてアジア諸国の友人達と政治経済社会、更には芸術について会話を楽しんだ時代を今懐かしく思っている。
こうした中、知日派の国際政治学者であるジョセフ・ナイ教授が逝去された。教授からは著書や対話を通じて多くを学ばせて頂いた。彼のCambridgeのオフィスを訪れた時、満面の笑顔の教授がfishingで釣った魚(rainbow trout or salmon)を抱えている写真を戸棚に発見した。教授が「ジュンはfishingが好きですか?」と聞いたので、「私は極端にセッカチ(extremely impatient)な日本人です。fishを食べる事は好きですが、fishingは出来ません」と答えた事が懐かしい。また2007年9月、コロラドのAspen Instituteでナイ教授とスコークロフト将軍が率いるAspen Strategy Groupの人々とシャンパン・グラス片手に語り合った事も懐かしい。日本人は筆者独りで、安倍首相が丁度突然辞任した時だったために、筆者の粗雑な考えを述べさせて頂いた。ナイ教授には米国のsoft power回復の道筋を更に指導して頂きたかったと思っている。
“内向き”へと変わる米国と“対外進出思考”へと変わる中国: 両者の関係はいずこへ?
英Financial Times紙が5月初旬、優れた書評を掲載した(“China, Russia and the Remaking of the Eurasian Supercontinent,” May 3)。連休中、書評を参考にしつつ紹介された次の3冊を読み比べていた。即ちハル・ブランズJohns Hopkins大学教授の著書(The Eurasian Century: Hot Wars, Cold Wars, and the Making of the Modern World, Jan. 2025)。次いで中国、WTO、APECで大使を務めたオーストラリアの外交官であるジェフ・レイビー氏による著書(Great Game On: The Contest for Central Asia and Global Supremacy, Nov. 2024)。 そして最後は共和党ブッシュ政権の下、2005年から2年間、国防総省で、引き続いて2007年からは1年間、ホワイトハウスの安全保障委員会(NSC)で働き、現在think tank (AEI)のシニア・フェローを務めるザック・クーパー氏の著書(Tides of Fortune: The Rise and Decline of Great Militaries, Feb. 2025)だ。
我々日本人にとってクーパー氏の本の冒頭部分は衝撃的だ。「序文」に昭和天皇の文章が出てくるのだ—“By nurturing the nation’s strength we should ride the tide of fortune. –Prince Hirohito (1920).” この引用文は、19歳の時の昭和天皇に帝王学を指導していた教育者の杉浦重剛が、ヴェルサイユ会議後に、皇太子に書くよう指示した作文(題名は、「平和成立の詔勅を拝読して所感を述ぶ」)の一節だ。即ち「国力を培養して以て時運に伴わざる可からず」、と。悲しいかな、昭和天皇は即位後暫くして「時運に伴わず、国力を喪失した」国運を目にする事になる。
クーパー氏の本の内容は、Pax Britannica以降の歴史を基に、軍事的な米中大国間競争を考察するものだ。即ち米国と帝政ドイツの抬頭、帝国主義時代の英仏両国、そして最後に日露両帝国の没落における過程を分析した後、今後の軍事的米中大国間競争の予想を試みている。紙面の都合上、結論部分を簡単に紹介する事にしたい。問題は、中国が従来の接近阻止(anti-access)から、将来一段と戦力投射(power-projection)に注力するようになれば、米国は如何なる対応を為すべきか、という事である。クーバー氏の最終的結論としては、「技術戦略を柱として対中戦略を米国は練り直すべき」だと筆者は理解している。
そして今、“専制主義国による枢軸(the axis of autocracy)”と欧米の友人達が呼ぶ中露両国が、モスクワで5月9日に公表した“長い文章”の共同宣言、そしてその中で中露両国が危険視した米国が提唱する防衛システム“Golden Dome for America («美国金穹(曾为‘铁穹’)»计划; «Золотой (Железный) купол для Америки»)”に関して、意見交換を行っている。「“Golden Dome for America”が果たしてクーパー氏提唱の技術戦略と軌を一にするものかどうか、日本をはじめ米国側は如何なる形で参画すべきか? Dronesは? Cyberは?」といった具合の議論だ。
意見交換の合間に、筆者はそっと独り言を言いたくなる—「安全保障のための軍事技術開発、techno-security dilemmaはいつ終わるのか」、と。