コラム  国際交流  2025.02.07

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第190号 (2025年2月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

年初からAI・ロボット技術に関する海外情報を巡り、友人達と意見交換を行っている。

Stanford大学が1月17日に公表した連邦政府のAI活用に関する評価報告書(“Assessing the Implementation of Federal AI Leadership . . .”)、また1月27日以降、中国系のAI開発企業(DeepSeek; 深度求索)による技術革新に関する一連の報道、そして1月29日、欧州委員会が公表した産業競争力強化政策に関する報告書(“A Competitiveness Compass for the EU”)等の資料を巡って意見交換を行っている(PDF版の2参照)。

米国はAI分野で猛追する中国に対し警戒心を高め、法的規制の強化やAI技術秘匿等の対策を検討している。欧州は米中両国とのinnovation gap解消のため、欧州商工会議所協会(Eurochambers)等の財界と協議しつつ政策を練っている。突如出現した“DeepSeek Shock”は、既に米国の諸団体に多大なる衝撃を与えている。他方、中国側には「科学技術分野における米国の“無敵”の地位を揺り動かした事(动摇了美国科技行业的“无敌”地位)」を喜んでいる様子が窺える。日本では通常限られた中国情報しか得られないが、その中に旧友の名前を発見した。そして彼等と北京や上海、更にはCambridgeで議論した事が懐かしい(或る友人はAI関連の“数据标注(data annotation)”に携わっている教授だ)。こうした中国の友人達との直接的な意見交換が難しくなった事が残念だ。自由な学術交流が出来る時代に再び戻る事を願っている。

またCarnegie Mellon大学(CMU)の研究者達が設立したAI・ロボット開発会社Skild AI社についても議論している。同社は昨年夏頃から注目を集めだし、Financial Times紙が1月28日、SoftBank Groupも出資する事を報じた。同社と日本の関係を或る友人から聞かれたが、残念ながら筆者の手元に詳報はない。日本の優れた若者達が同社との積極的に情報交換を深めてくれる事を願っている。

中国の政治経済政策に関する情報収集過程で、国際秩序の不安性を毎日のように感じている。

中国経済の正確な情勢判断は非常に難しい。日本との経済制度の違いに加えて、統計の信憑性や専門家による発言に対する政治的制約のために、情勢判断が難しいのだ。昨年夏、訪日中の姚洋北京大学教授から戸籍(戸口)制度変更について解説を受け、また友人のトニー・セイチHarvad Kennedy School (HKS)教授による著書(Institutional Change and Adaptive Efficiency: A Study of China’s Hukou System Evolution, Nov. 2023)を読了した。現在の戸籍制度改革が、低成長期において経済の活性化に対し有効かつ即効的に果たして役立つのか、疑問を感じている。

小誌昨年9月号で触れたThe Economist誌の記事(“Nationalization of Ideas”)は、政府が提唱する“中国独自の知識体系(中国自主的知识体系)”に関し解説している。姚教授はその中で「中国における(西洋型)経済分析は、国外の学術雑誌への掲載を念頭にしているだけで役に立たない」と語ったが、彼に対し筆者が「ボクは何を信じて判断していいか分からなくなったよ」と冗談交じりに語った事を思い出している。1月8日、Wall Street Journal紙は、優れた専門家の高善文氏が中国のGDP統計と景気の問題を巡り米国で解説した事に対し、中国政府が厳しい態度を示した事を伝えた(PDF版2参照)。昨年東京で高氏と議論して彼の説明に納得してしただけに、この報道を知って不安を感じている。

米中間で緊張が高まる中、日本のシーレーンにも不安感を抱いている。中国の艦船が東シナ海(ECS)・南シナ海(SCS)・台湾海峡で頻繁に活動すれば、日本を含む周辺国は、当然の事ながらレベルの高い警戒態勢を敷く事を余儀なくされる。昨年12月にOECDが公表した資料(“Risks and Resilience in Global Trade”)に依ると、商品の輸出入に関し日本は米国やEUに比して海上輸送に依存する比率が高く、しかもchokepointsと呼ばれる海上輸送の要衝を通過する必要に迫られている。この状態を我々は忘れてはならない(PDF版の図1、2参照)。

このために台湾問題を中心に、西太平洋の安全保障問題を議論している。米国の友人達とは、米海軍大学中国海事研究所(China Maritime Studies Institute)の資料等について議論している(例えばChinese Amphibious Warfare: Prospects for a Cross-Strait Invasion, 2024; China’s Maritime Gray Zone Operations, 2019)。“台湾有事”に関し昨年のSingapore出張時、“特異”な経験をしたので簡単に紹介したい。容易に想像出来ると思うが、現地での会合は英中両言語で行われ残念な事だが日本語は使われない。こうした中、シンガポール国立大学(NUS)の友人が、日本戦略研究フォーラム(JFSS)による2021年夏の“政策simulation”に関して筆者に質問した(概要は本『自衛隊最高幹部が語る台湾有事』(2022年5月発売)として公表されている)。彼はその本の中国版(«台海有事日本對策» 2023年4月)に基づき質問をしたのだ!!! 印象に残っている点は、友人が「本の中の次の考えは日本人の中で如何なる程度共有しているのか?」と質問した事だ—その考えとは、①「無法拯救」旅中僑民和進駐中國企業(日本語原文: 在中邦人と中国進出企業は「救えない」)と②國家安全保障局現在仍処處於理論階段(同: 国家安全保障局はいまだ「座学」)である。

かくして海外で“中国語化された日本情報”に関し討議がなされるという“珍”経験をした(今後はこうした事態が支配的になると思う)。

残念な事にウクライナにおける悲劇は平和的な道筋を未だ見いだしていない。

グロティウスの『戦争と平和の法(De jure belli ac pacis)』出版400周年を迎える今年は幾つかの行事が予定されている。残念な事に人類は未だ法の下で戦争を制御する方法を見いだしていない。昨年末に韓国で、突然ウクライナの戦場に送られて戦死した北朝鮮軍兵士の手記が報じられた。それをWall Street Journal紙が1月11日付記事として伝えた。兵士は「祖国を離れ、愛する父母の抱擁を懐かしむ(그리운 조국, 정다운 아버지 어머니의 품을 떠나)」という言葉を残して、凍てついた異国の戦場で命を失った。

昨年ノーベル文学賞を受賞した韓江氏はスウェーデンでの講演の中で「世界は何故暴力的で痛々しいのか、同時に世界は何故美しいのか(세계는 왜 이토록 폭력적이고 고통스러운가? 동시에 세계는 어떻게 이렇게 아름다운가?; Why is the world so violent and painful? At the same time, how can the world be so beautiful?)」と問いかけた。彼女の問いに共感すると同時に、世界を少しでも美しく、少しでも非暴力的で痛みのないように変えるため、ほんの少しだけ勇気を出してみたいと考えている。

今年は日本の敗戦80周年だ。昨年秋、巣鴨遺書編纂会の『世紀の遺書』が新字体の簡略版として出版された。筆者は初版本(1953年版)を約20年前にHarvard Yenching Libraryで発見して初めて読んだ。『世紀の遺書』には敗戦直後に戦犯として海外で命を失った帝国陸海軍将兵の手記が収録されており、それらを読むと目から汗が溢れ出てしまう。粗略な情報分析と根拠薄き情勢判断に基づき、大日本帝国は無謀な戦争を始め、しかも陛下が御聖断を下されるまで“負け戦(いくさ)”を長々と続け、自国を含む後世の全世界に悲劇を残したのだ。

敗戦80周年の今年、筆者は改めて敗戦の教訓を見つめ直し、自らの「平和ボケ(虛幻的和平)」を修正したいと考えている。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第190号 (2025年2月)