メディア掲載  エネルギー・環境  2024.07.22

日本に今こそ必要なのは「石炭」、中国による台湾併合の抑止・AIによる電力需要急増に欠かせない

安全保障とエネルギー確保は「2050年脱炭素」より大事

JBpress202478日)に掲載

エネルギー・環境 東アジア

石炭火力発電は、発電量あたりの排出CO2が多いとして、目の敵にされている。政府が2024年末を目途に策定を検討中の第7次エネルギー基本計画においても、2050CO2ゼロという目標達成のためとして、石炭火力発電の大幅な減少が書き込まれる懸念がある。

だが、いま日本の置かれている安全保障状況において、石炭火力は極めて重要な役割を果たす。またAI(人工知能)の利用拡大などによる電力需要急増の可能性が示唆されており、これに備えるためにも石炭火力は活躍する。その重要性について安全保障と経済の観点から述べたい。

「台湾有事」は日本のエネルギー危機に

「台湾有事」について筆者は以前から書いてきたが、今回もまず不吉なシナリオを描くことから始めよう。なおかかるシナリオが発生し得る背景について、詳しくは202462日公開の本コラム記事『台湾・日本・米国のエネルギー同盟で、中国による「台湾封鎖」を抑止せよ』を参照されたい。

202411月、大統領選をめぐり米国が大混乱状態にある中、東部戦線でウクライナ軍を壊滅させたロシアはキーウ包囲戦を開始した。中東ではイスラエルがついにヒズボラおよびイランとの直接の戦争状態に入った。

この世界情勢において、「米国は東アジアにおける問題に介入する余力はない。千載一遇のチャンスが到来した」と判断した中国の習近平・国家主席は、台湾全体を取り囲む無期限の軍事演習を中国人民解放軍に命令した。台湾に近づく船は臨検(官憲による立ち入り検査)を受け、入港までの大渋滞が発生した。

こうした中、国籍不明の工作員の攻撃により、台湾周辺で3隻のタンカーが撃沈された。米国の識者は中国の放った海中ドローンによる攻撃と見るが、確証は見つからない。台湾へ来航する貨物船は、船籍、船長、船員の何れかが第三国籍である場合がほとんどであるため、ことごとく台湾への入港を拒否するようになった。中国の狙い通り、台湾のエネルギーは2カ月で枯渇状態になり、物資不足・食料不足が蔓延しはじめた。

台湾での貨物船撃沈事件を受けて、日本政府は中国を非難する声明を発表する。だがその翌日、日本近海でも東京に向かう2隻のタンカーが、国籍不明の工作員の攻撃によって撃沈される。台湾と同様に、貨物船は日本への来港を拒否するようになった。

また日本国内のエネルギーインフラも、国籍不明の犯行者によるサイバー攻撃およびテロ攻撃を受けて、大きく損傷する。これを中国からの警告と受け取った日本政府は、対中非難を控えるようになり、台湾は中国の国内問題であるとして非介入を宣言。在日米軍が日本基地を利用して台湾に軍事介入することも拒否する声明を発した。

台湾は対中開戦の是非について米国と極秘裏に協議する。米国は武器弾薬の支援や軍事衛星情報の提供はするが、日本が米軍基地の利用を拒否したことを理由に挙げて、効果的な軍隊の活用ができないとして、直接の軍事介入はしないと回答した。単独では中国には勝てないと判断した台湾は、開戦を断念する。

物資と食料が不足する台湾において、国際的に見捨てられたという絶望感が広がった。その時、中国から人道的支援の申し入れがあり、それを協議するためとして、頼総統は北京へ向かう。これが台湾の事実上の降伏交渉となり、台湾は中国共産党の支配下に置かれることになった。

さて日本はといえば、石油は備蓄が官民合わせて200日分以上あるが、日本の発電量の69%(2019年度)を担う石炭・LNG(液化天然ガス)には備蓄が乏しく、あるのは在庫のみである。タンカーの撃沈事件を受けて貨物船が来航しなくなると、石炭は13日分、LNG21日分の在庫を使い果たし、たちまち日本も電力不足・エネルギー不足に陥った。

政府はただちにエネルギーを配給制として、大規模な計画停電や電力利用制限を実施するが、極端な電力不足、エネルギー不足、そして物流やコールドチェーンの破綻による食料不足で、餓死者が出るに至る——。

中国の冒険的行動をどう抑止するか

さて以上のようなシナリオに対処するためには、日本はどのような備えをすればよいだろうか?

ポイントは、中国の圧力に簡単に屈しないようにすることであり、それによって中国の冒険的行動を抑止することである。

これについて筆者は以前にもレポートをまとめている

原子力の活用、石油・ガスの備蓄強化、米国からの石油・ガスの輸入である。そして今回は、上記のシナリオに備えるために、石炭が重要であること、その具体的な対策について述べたい。

米国からの石炭輸入を

1.石炭備蓄の強化

既存の発電所、製鉄所、コールセンター(石炭の中継基地)などを活用することが第一だが、さらに追加で備蓄設備を建設すべきであろう。石炭の自然発火などの問題はありうるが、少なくとも3カ月分程度の備蓄はできる。

石炭サプライチェーンの現状や在庫増加の可能性については、「主要産炭国からの石炭(一般炭・原料炭)輸出に関するインフラ・サプライチェーンなどの状況調査」(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構)を参照

2. 石炭利用インフラの防衛強化

サイバー攻撃およびテロ攻撃、あるいはミサイル・ドローンに対する防衛を強化する必要がある。

3.日本政府による石炭輸入の確保

日本船籍の船、船長、乗組員であれば、日本政府が徴用して有事に用いることができる。現在、そのような船がいったいどれだけあるのかについて調査が必要である(おそらくほとんどないと思われる)。

4. 米国から日本への石炭輸入

米国船籍の船であり、米国産の石炭を積んでいて、米国人の乗組員がいれば、中国といえども米国の報復を恐れ、攻撃を躊躇するだろう。日米両政府の合意の下で、長期契約を結び、米国から輸入する石炭を確保すべきである。

これには前例がある。イラン・イラク戦争において、クウェート船籍の船がイラクの攻撃を受けるようになると、クウェート政府はクウェート船籍のタンカーを米国船籍に変えることを提案。米国はこれを受け入れ、タンカーを米国船籍としたうえで、海軍を護衛につけた。これはアーネスト・ウィル作戦と呼ばれた

なおこの作戦の是非については米国内で論争になった。詳しくは以下の資料を参照(英文)。

【参考資料】
REFLAGGING KUWAITI TANKERS: A U.S. RESPONSE IN THE PERSIAN GULF

太陽光・風力による電力供給には頼れない

以上4点のような備えをしておけば、中国も簡単に日本を屈服させる計算はできなくなる。在日米軍が日本の基地を利用して台湾封鎖に軍事介入する可能性を排除できなくなり、台湾封鎖という冒険に二の足を踏むようになる。

特に、石炭の備蓄は、技術的に実施可能であり、かつ重要な選択肢であることを強調したい。石炭は日本の発電電力量の3分の12019年度には32%)を占めている主力電源である。これに3カ月分の燃料備蓄があれば、かなりの間、日本の電力供給は持ちこたえることができる。

こうした備えは、国家の安全保障に関わる話であるので、基本的には国が費用を負担すべきであろう。

なお石炭以外はどうかといえば、石炭と並ぶ重要な火力発電燃料であるLNGは日本の発電量の37%を賄っているが、気化する性質がある。長期間にわたる備蓄には物理的に不向きなので、石炭を備蓄しておくことがより重要となる(数字は2019年度)。

太陽光・風力による電力は合わせて合計10%程度あるが、自然が相手なので安定的な発電は難しい。もし火力発電量が少なくなれば、太陽光・風力の出力を調整する方法が限られることとなり、安定した電力供給は極めて困難となる。

原子力発電は、もちろん稼働していれば頼りになるが、東日本大震災の後、多くが運転を停止したままだ。台湾有事・日本有事のような緊急時において、どの程度急速に停止中の発電所が再稼働できるかは未知数である。

石炭の役割はほかにもある。

世界が一致して脱炭素に向かうなど幻想だ

先述したように、今後、AIやデータセンターなどのために電力需要が急増する可能性が指摘されている。これにはまず安価な電力供給を速やかに実現することが必要で、既存の石炭火力の発電能力(発電設備、石炭受け入れ設備など)を温存し、それをフル活用していくことが重要となる。

中国のAIは安価な石炭を、米国のAIはやはり安価な天然ガスを活用した電力で動いている。日本もこれに伍していかねばならない。再エネ電力が必要だという企業は再エネ証書を買えば済む。

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石炭を使うとなると「2050年脱炭素という政府の目標はどうなるのだ」という意見があるだろう。だが、いまの日本のおかれた国際情勢においては、安全保障を優先せざるを得ない。このために石炭は欠かせない。

そもそも、気候変動が世界的な問題として優先的に取り扱われる時代ももう終わりである。ロシアが国家経済の支柱である天然ガス採掘を止め、石油輸出を止めるはずがない。中国は石炭利用を拡大している。ロシア・中国・イラン・北朝鮮の「戦争の枢軸」と先進国との新冷戦が勃発したいま、世界中の国が一致協力して高価な脱炭素を実現するなど、あり得ないことだ。

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米国は11月の大統領選でトランプ政権になって共和党がエネルギー政策を担当するようになれば、バイデン政権の民主党が実施してきた脱炭素政策(米国ではグリーンディール政策という)をことごとく覆すことになるだろう。パリ気候協定からは離脱し、政府関係機関がESG投資に関与することを禁止することはほぼ確実だ。

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日本も安全保障と経済の観点から、エネルギー政策を真剣に構築すべきだ。石炭火力発電はその重要な柱となる。