内閣府再エネタスクフォースの民間構成員である自然エネルギー財団の大林ミカ事業局長(3月27日に民間構成員を辞任)が会議に提出した資料に、中国企業である国家電網公司(国家送電会社の意味)の透かしロゴが入っていた。この件は、産経新聞などが取り上げ、ネットでも大きな話題となった。
今回のロゴ問題について、国会では国民民主党の玉木雄一郎代表らが取り上げた。河野大臣と岸田首相は、ロゴがミスで混入したに過ぎない、些細なことだとして火消しに努めている。
だが、これは氷山の一角に過ぎないとして、さまざまな憶測が飛び交っている。
中国の組織的工作が影響を及ぼして、日本のエネルギー政策が決定されているのではないか、大林ミカ氏の所属する自然エネルギー財団は当初から、日中をはじめ東アジア全域の送電線を結ぶ「アジア・スーパーグリッド構想(ASG)」を打ち出しているが、これは日本の電力供給を支配しようとする中国の策略の一部ではないのか、といったことだ。
そして、事件を踏まえた対策としては、大林氏の経歴がはっきりしないことから、政策決定に関わる人々のセキュリティ・クリアランス(身辺調査)をすべきだ、といった意見が出ている。
このような憶測が、どの程度当たっているのか、私には分からない。特段の証拠が出てこない可能性も高いと思う。
だが今回の問題が、審議会委員などのセキュリティ・クリアランス強化や再エネ政策における経済安全保障の強化といった形だけで幕引きされてしまうことを危惧する。背後には、もっと深刻な問題があるからだ。
それは中国による「静かなる侵略(サイレント・インベージョン)」である。スパイの送り込みや企業買収といった直接的な工作だけではなく、もっと洗練されたものである。
中国によるサイレント・インベージョンは、オーストラリアの大学教授、クライブ・ハミルトンによる著作によって、同国で猖獗を極めていることが問題になった。政府、大学、企業など、あらゆる部門に中国が浸透していたのである。これは社会問題になり、オーストラリア政府は、対中貿易戦争も辞さない強力な対策を実施した。
その後、日本ではサイレント・インベージョンは存在しないというトンチンカンな報告書も米国から出されたが、これは全く違う。日本の実態はどうかといえば、中国は直接的な工作をするまでもないのだ。なぜなら「使える愚か者(useful idiots)」がたくさんいるからである。
「使える愚か者」とはレーニンの言葉であり、資本主義国には、本人には特段の自覚すらないままに、共産主義国のために働く愚か者がいる、ということである。
大林ミカ氏も、「再エネ最優先」を掲げる河野大臣も、中国企業の太陽光発電事業や風力発電事業を儲けさせる一方で、日本のエネルギー供給を不安定化し高コスト化している。
中国の太陽光パネルの半分は新疆ウイグル自治区で生産されており、強制労働の可能性が指摘されている。米国では関連部品の輸入を禁止する措置まで講じているが、日本では全く不問にされている。
「使える愚か者」に対して、中国が命令を逐一下す必要はおそらくない。せいぜい、当たり障りのない情報提供をするとか、飲食や旅行で接待して親中的な気分を盛り上げる程度で足りる。そうすれば勝手に望み通りに動いてくれる。
大林ミカ氏は反原発団体である原子力情報資料室などを経て再エネ推進の自然エネルギー財団に所属している。典型的な左翼リベラルの経歴である。
左翼リベラルの特徴として、資本主義へのアンチテーゼである共産主義を標榜する中国には融和的である。「再エネ最優先」というのはまさに左翼リベラルの構図にぴったりとはまるアジェンダである。
いま日本政府は太陽光発電と風力発電を大量導入している。北海道では風力発電が多すぎて余るので1兆5000億円を投じて新潟までの海底送電線を建設するという。
これだけでものけぞるが、ごく一部に過ぎない。政府は今後10年間で150兆円のグリーントランスフォーメーション(GX)投資を官民で実現するとしており、これはGDPの3%、世帯当たり360万円もの負担になる。
その結果どうなるか。
日本経済はガタガタになり、再エネ事業のお金の多くは中国企業に流れる。なぜなら太陽光パネルのように再エネに必要な製品の多くは、中国がシェアを握っているからだ。
そもそも脱炭素は日本の防災には全く役立たない。なぜなら国連のモデルを信じたとしても、日本が2050年にCO2をゼロにしたとき地球の気温はせいぜい0.006℃しか下がらないからだ。
また再エネ事業のためとして日本の土地を中国企業が次々に購入している。河野氏が防衛大臣を務めた時以来、自衛隊の施設は100%再エネ電力を目指す方針になったが、再エネ電力の購入先には「電力システム改革」によって誕生した新しい企業もあって、中国系の企業がどのぐらいあるのかも分からない。中国企業が関与していれば、有事には電力供給を遮断できる。のみならず、平時から電力消費量を監視することで、自衛隊の活動状態まで筒抜けになってしまう。
いつから日本政府はこのような、中国を利し、日本を滅ぼすようなことばかりするようになったのか。
再エネ推進が急加速したのは菅義偉首相が2020年の就任演説で「2050年CO2ゼロ」を宣言してからだ。2021年に策定された第6次エネルギー基本計画では、河野大臣らは「再エネ最優先」を掲げ、再エネの数値目標を36%から38%「以上」にするよう、経済産業省の官僚を怒鳴り上げた音声がリークされている。
日本の官僚は、時の政治権力にはめっぽう弱くなった。昇進するか、左遷されるか、おいしい天下りにありつけるかどうか、生殺与奪を握られているからだ。それで、かつては、脱炭素などは実現不可能だと理解していたはずの経済産業省までが、すっかり宗旨替えしてしまった。
すなわち、かつては環境省が脱炭素で、経産省が抵抗勢力だったものが、経産省こそが脱炭素になり、グリーントランスフォーメーション(GX)というキャッチフレーズのもとで、脱炭素に関する予算や権限をほとんど独り占めすることに成功した。
環境省はこれまでどおり、自治体を通じた国民運動の呼びかけやらをするぐらいで、経産省が囲い込んだ何十兆円もの圧倒的な利権に比べれば、予算も権限もしょぼい増え方しかしていない。
ここ数年の経産省の戦い方は、役人のなわばり戦争という観点からは、実に見事なものだった。だが問題は、これが日本の国益を根本から損なうものだったことだ。
日本を破壊している「下手人」は経産省のような官僚だが、官僚機構は内から自らを変える能力はない。経産省を変えるには政治が変わるしかない。
左翼リベラル化した自民党こそが再エネ推進の本丸であり、河野太郎大臣はその中心にいる一人だろう。そんな人物ではなく、日本の安全保障と国民経済を第一に考える人物を登用すべきである。
政治が変われば、経産省の幹部人事も刷新できる。筆者らは今年2月、現在のエネルギー政策に危機感を持つ有志で、強く豊かな日本をつくる「非政府エネルギー基本計画」として150ページにわたる提言をした。2011年の東日本大震災以降、すっかりおかしくなってしまった日本のエネルギー政策を叩き直すときだ。
エネルギーは安価で、安定して供給すべきだ。そのために、原子力を推進し、化石燃料叩きをやめて安定調達を図り、実現不可能で自滅的なCO2目標とは決別する。これは実現可能性が高まっている米トランプ政権とも同じ路線になる。パリ気候協定の下で禁止されている海外の火力発電事業を再開すれば、G7の脱炭素お説教にうんざりしてきた開発途上国も諸手を挙げて喜ぶであろう。
経産省がおかしくなったのはここ数年のことに過ぎない。現状に違和感を感じている優秀な官僚はたくさんいる。「使える愚か者」を排除し、政治的な路線転換さえすれば、彼らは国民の安全と経済のためによい仕事をしてくれるはずだ。