本政策シミュレーションは、多くの仮定のもとで想定された事象に基づくものであり、現実世界の国家間関係等を直接に分析するものではない。 |
当研究所は 2023年10月に、CIGS 政策シミュレーション「ポスト・ウクライナ戦争の国際政治」を開催した。
ロシアによるウクライナ侵攻は、それ自体が大規模な戦争であり、その展開と帰結は、国際的な構図を激変させるのみならず、中長期に、国際秩序に多大な影響を及ぼすことになると目される。それではポスト・ウクライナ戦争の国際政治において、各国は国益をどのように定義し、どのような外交が展開されるのだろうか。
現代は、「グローバル・サウス」がトレンド・ワードになっているように、新興国の国際政治場裏における役割も拡大している。
本シミュレーションのねらいは、変わりゆく国際社会の構図と、そこで新たなプレイヤーが力をもつポスト・ウクライナの国際政治を考えることにあった。本シミュレーションは、官僚、研究者、ジャーナリスト、民間企業関係者ら約40名の参加を得て実施した。
シミュレーションを通じた発見(総論)
「ポスト・ウクライナ戦争」を念頭に置いた本シミュレーションから得られた発見は、「停戦が実現しそうな状況設定で開始したものの、停戦交渉は容易に進展せず、最終的には事態の悪化を経て初めて、停戦交渉が実現する」という仮説であった。
2023年秋において既知の事実が示す通り、時間がロシアに味方する状況の下では、停戦協議や個別課題の対処などの模索は基本的にロシアを利するだけであり、戦争の終結に近づくものではなかった。
停戦を希求しないロシアは、多国間の枠組みや国際協議を時間稼ぎの手段として用いる一方、その無力さを訴えたりすることで西側の分断を図り、国際協調や国際秩序そのものの弱体化を図った。
その後、本シミュレーションでは2023年秋よりも深刻な形でロシア・NATO直接衝突の可能性が高まるなど事態は急速に悪化していったが、そのような状況が生じるに至って、初めて停戦が真剣に検討されるようになった。
現実のロシア・ウクライナ戦争は基本的にウクライナ国内で膠着状態にあるが、本シミュレーションではそうした膠着状況が地理上も、危機の烈度上も、更に深刻化していった。各国が態度を劇的に転換し、停戦交渉が動き始めたのは、正にそのような状況に至った時点であり、特に、その際、事態を大きく変化させた要因は、米国・NATOの覚悟であった。
今回のシミュレーションでは、ウクライナ国外(具体的にはベラルーシ)で危機が発生し、関係国は事態が一層深刻化する可能性を強く懸念し始めた。このような関係当事国以外の国々がロシア・NATO直接衝突に対する強い懸念を抱くに至り、漸く停戦に向けた検討が真剣に行われるようになったと思われる。
ロシア・ウクライナ戦争は、紛争当事国である両国と、NATO諸国など外部の動きが大きなカギを握ることは指摘するまでもない。同時に、ロシア・ウクライナ戦争では、主要な当事者としては見落とされがちな国々(ベラルーシ、グローバル・サウスおよび国際世論を担う国々)も、必ずしも自覚はしていないが、同戦争の行方の鍵を握っていることが示唆された。
それぞれ異なる国益認識を持つそうした国々も、現状を超える深刻な事態が生起すれば、急速に国益を再定義することを余儀なくされた。そうした状況に至って初めて、ウクライナ戦争の停戦実現という目標に向けた具体的気運が現実味を帯びるものとなった。
以上の仮説が正しければ、皮肉にも、深刻な危機の発生が、国際社会が問題解決のため一致団結して取り組む機運を創り出す可能性を生むとも言えるだろう。今回のシミュレーションの結果は、そうしたメカニズムの重要性をも示唆している。