コラム 国際交流 2024.02.06
アメリカの分断の本質とアメリカ型民主主義の制度における課題
図表で見るアメリカの「分断」と大統領選を振り返る
アメリカには様々な分断があるが、選挙は基本的に二大政党で争われるので、多くの読者はアメリカ政治を「民主党支持派」と「共和党支持派」の二つに分けて考えていないだろうか?著者も昔はこういう考え方だった。
しかし、世論調査を見ると、実はどちらよりも大きいグループがあることが分かる。無党派である。これは日本も一緒で、圧倒している時の自民党支持者よりも無党派の人の方がはるかに多い。
世論調査企業のGallupが毎月行っている世論調査によると、2023年12月末の時点での支持政党は下記の内訳となっている。
データ出展元:Gallup
「民主党支持あるいは民主党寄り」が29%、「共和党支持あるいは共和党寄り」が28%、そして無党派が40%である。
単純に民主党対共和党の構図をイメージしてしまうと、実際に大統領選がどうなるかという仮説が非常に限定的なものになってしまう。例えば「共和党の人が多くトランプを支持し、その人たちの数が民主党支持者より多かったり、多少少なくても2016年にトランプが勝った時のように政権を取ってしまわないだろうか」という仮説が出てくる。
しかし、実際には無党派の方がどちらよりも多いということが分かると、「無党派層のどの程度が、どちらの候補に投票する流れとなるのか」ということが最も大事だということが分かる。
この図があった方が簡単で、多くのメディアには出ない重要な仮説やQuestionが出せる。まず、民主党支持者のほとんどはバイデンに投票するだろうという仮説が出せる。バイデンから、特に今、大統領時代よりも極端な主張をするようになったトランプにひっくり返されるとは考えにくい。
次に、共和党支持者には何が何でも絶対にトランプを支持するという熱狂的なファンがかなりいる。彼が有罪判決になっても彼に投票する人たちである。しかし、これが共和党支持者の全てなのだろうか?
トランプは旧来の共和党の価値観からはだいぶ離れている。旧来の保守層は「冷戦に価値、世界をアメリカの良いように作り変える強いアメリカ」に魅せられ、国内は「法と秩序」や「社会安定」を求め「イラクなどの独裁者を排除した正義」を掲げ、「ビジネスに良い環境を作る」ことを好んでいた。日本の自民党の昔のカウンターパートとして多くの人脈があったブッシュやレーガン大統領時代の共和党はこの様なスタンスだった。しかし今のトランプが主張している「ウクライナはロシアにあげてしまえ」というスタンスや数々の訴訟、大統領時代に中国や国外からかなりの収入があったということが明らかになった税務書類から見えたアメリカに対する忠誠心の怪しさ、社会混乱を煽ってあえて分断を深めてカオスを招くスタイルや議会議事堂襲撃事件も煽り、2020年の選挙結果は不正だったと主張し続けてアメリカの民主主義を弱めるスタンスなど、旧来の共和党は党が乗っ取られてしまったと頭を抱えて嘆いている人がそれなりにいる。この人たちは、トランプは嫌いだが民主党はもっと嫌いなのでやはりトランプに投票するのか、それともトランプはアメリカの未来にはまずいので今回は渋々、嫌いであってもバイデンに投票するのか、はたまた投票しないという選択を取るのか?いずれにしても、共和党は一枚岩ではない可能性がある。
トランプに対抗して大統領候補に出馬しているヘイリー氏を支持している共和党員は、トランプが候補になったら全員トランプにつくのだろうか?少しでも離れればトランプ再選は、他にどこかからか票を引っ張ってこないとバイデン相手には勝てない可能性が高い。
そして無党派層である。今のトランプに魅せられ、あるいはバイデンに失望して前回はトランプに投票しなかったが、今回はトランプに投票するという人がどれほどいるのか?逆に、今のトランプにはもう付いていけないという人が安定を求めて嫌々バイデンに乗りかえることはあるのか?ここが最重要である。
つまり、今の民主党支持者と今の共和党支持者を見るだけではなく、どちらでもない人たちの動向で選挙結果は大きく左右される可能性が高い。そしてこの人たちの動向はプライマリーの選挙結果には反映されないことがほとんどである。
違う言い方をすると、トランプ信者は依然としてトランプ信者であり続け、熱量は凄まじい。しかし、前回と同じ数では、再びトランプは負ける。したがって、前回はバイデンに投票した人を惹きつけられるか?そして前回は誰にも投票しなかった人をトランプ陣営に引き寄せることができるのか?
これらの力学は、党単位のプライマリーでは分からない。
アメリカの大統領選は多くの票を得た候補が必ず勝つというわけではない。僅差の場合、少ない方が勝つことも可能で、この仕組みの説明はまた今度の機会にするが、まずは数字だけ見てみよう。
2020年の選挙を数字で見ると、バイデンには結構な投票の差があったので、前回と同じような割合になれば今回も勝てるという見込みがある。その前の2016年のクリントン対トランプと比較すると分かりやすい。クリントン氏が僅差で得票率がトランプを上回っていたが、負けたわけだ。
図2:2016年のアメリカ大統領選結果
2016年の選挙では当時のアメリカの人口3.23億人のうち、選挙登録をして選挙権を得た人が人口の49%しかいなかった。アメリカでは有権者になりうる18歳以上の国民に対して、日本のように住民票が登録されていれば自動的にハガキが来て投票できるシステムとは大きく異なり、自動的に投票権は降ってこない。自ら登録する必要があるのだ。もちろん人口には未成年や外国人も含まれるので有権者となりうる人の数は人口よりも少ないはずだが、人口の半分しか選挙登録を得ていなかったのである。
選挙結果はクリントンが6585万票で、トランプが6298万票で、ほとんどのところでは48%対45.9%の得票と書かれた。得票数が少なかったのにトランプが勝利したというのにはアメリカの選挙制度をさらに詳しく説明する必要があるが、それは別の機会にして、今はこの票の数字が何の割合を見るかによって解釈が結構異なるということを紹介したい。48%対45.9%というのは間違っていないが、48%vs45.9%の数字だけを見ると国民が真っ二つに割れているという印象を受ける。
しかし、そもそも選挙登録者数に比べて、実際に投票した人が81%だったので、この票数は2016年の選挙で選挙権を得ていた人の41.9%と40.1%だった。2割近くの人が選挙で投票しなかったり、第三者に投票したのである。
そして今度は投票権を得ていた人が人口の49%しかいなかったことを踏まえると、この選挙でクリントンに投票した人が総人口の20.3%で、トランプに投票した人は総人口の19.5%しかいなかったのである。つまり、アメリカの人口の2割弱の人がトランプに投票した結果、アメリカの人口の2割強のクリントンに投票した人口に勝ったわけである。
つまり人口の6割は投票しなかったことになる。いくつかの統計を手短に挙げると、未成年の人口が約22%で、外国人も約13%ほどいたので、投票できそうな人口の約2割が投票登録をしていなかったことになる。これは票数ではトランプとクリントンが得た投票数そのものに匹敵する。
大統領選挙の候補者たちの票数の違いが人口の割合で見たら1%だったので、これらの投票権を得ていない人が真っ二つに割れていたのではなく、少しでもどちらかに傾いていたら選挙結果が変わっていたと言えよう。
例えば「選挙は嫌いだから登録しない」という人や、「政治家なんてみんな一緒」、「私一人の票は無意味なので投票しない」という人、あるいは「バーニー・サンダーズが大好きだったが、民主党候補がクリントンになったので抗議として大統領選には参加しない」という人たちが少しでも選挙に参加していたら結果が変わった可能性がある。もちろん、トランプ寄りの人が多かった場合は彼がもっと大差をつけて勝っていたかもしれない。
そこで仮説だが、トランプ支持者はかなり熱狂的なファンが多いため、支持者の大部分は選挙に投票したはずなので、ギリギリで票数が多かったにも関わらず負けたクリントンに天秤を傾かせる可能性があったのは、投票をしなかった層であったかもしれない。この仮説は今回にも当てはまるが、その前に日本では普通に「有権者」としてしか考える必要がないカテゴリーについてアメリカ型民主主義について大事なポイントをいくつか紹介したい。
一言に「民主主義」と言っても「誰に投票権があるのか」という定義や、「どうやったら投票権登録をできるのか」ということで民主主義国家の間でも非常に大きな差があるのだ。例えばアメリカ合衆国発足当時、1789年の憲法には「投票の権利」を守る事項は含まれていなかった。各州ごとに違いがあり、基本的には「土地を保有する白人男性」のみに投票権があった。州によっては宗教テストが行われ、キリスト教男性しか投票できないようにしていた。憲法修正第15条(1870年)により、人種による投票権の拒絶は禁止されたが、元々奴隷制度を維持しようとして南北戦争を戦った南部の州の多くは実質的にはあの手この手で黒人や有色人種の投票を妨げようとした。しかも1920年の憲法修正第19条まで女性の選挙権は憲法に入っていなかったのである。そして先住民は1924年までアメリカ国民とみなされず、それまで選挙権がなかった。
現在でも続く選挙権に関わる政策議論は、犯罪歴を持ついわゆる「前科者」に投票権を与えるべきかである。州によっては軽犯罪でも、3回捕まると刑務所に入れられる制度があり、例えば少額の万引き2回とスピード違反で捕まったらその時点で選挙権を失ってしまう。軽犯罪の累積で刑務所行きとなるのは有色人種の人が人口の比率に比べて圧倒的に多く、この人たちが民主党支持の傾向があるため、共和党にしてみればこの人たちをできるだけ投票させない方が良いという戦略になるわけである。
つまり、「民主主義なのだからできるだけ多くに人に投票してもらった方が良い」という考え方が一般的にされがちだが、実際の選挙戦略が「有権者を減らした方が選挙に勝ちやすい」ということも起こりうるわけだ。現在の共和党はまさにこの実情なのである。
そうすると、「選挙権を得る人を絞る」戦略と同時に「投票登録を難しくする」という政治戦略も勝つためには重要となる。南北戦争後、敗戦したアメリカ南部を北部がある程度取り入れる動きに走ったのち、当時の民主党が南部を一党独裁の形で白人有権者中心に押さえつけた。あの手この手で黒人の選挙権を抑圧しようとした歴史があり、1950年代以降に民主党が南部を地盤から外し、共和党が南部を地盤に取り込んでから逆転し、今度は共和党が選挙登録を難しくする戦略に出た。詳しくはこのコラムで述べている。
そして投票権を抑える戦略の次は、実際の選挙日にできるだけ投票を難しくするという作戦である。投票所の数を極端に絞ったり、あえて平日に行ったり、などである。こちらもこのコラムで詳細を紹介している。
すなわち、現在のアメリカの民主主義は投票率を上げようとする民主党と、できるだけ抑えようとする共和党のバトルが繰り広げられているのだ。
今度は2020年のバイデン対トランプの大統領選の結果である。
図3:2020年の大統領選結果
投票登録者は前回の1.57億人から1.68億人に増えたが、依然として人口の51%未満だった。バイデンは前回のクリントンの6585万票を大きく上回る8128万票で、アメリカの大統領選では過去最大の票数を集めた。(増加した票の数は1543万票で、東京都の人口の1411万人を上回る規模である。)トランプも前回を大きく上回り、7422万票となり、前回のクリントンの獲得数よりも増えた。
つまりトランプ支持者側も、トランプを大統領の座から引き下すために投票した人も、前回以上に多かったわけである。
そこで前回のような僅差ではなく、選挙としては結構な大差でバイデンが勝ったのである。最近の報道ではこの点が忘れられがちである。
今年の大統領選は、前回と同じような展開になればバイデンが再選するが、どういうところに変化があるのだろうか?
投票登録者数は変わるだろうか?前回よりもだいぶ極端になっているトランプ氏は前以上に危険視する人たちもいる一方で、バイデン氏があまりにも高齢で非常に不安に思っている人も少なくない。
投票登録者と、実際に選挙で投票する人たちにも結構なギャップがある。2016年は2割近くあったわけで、投票の弾圧もあり、これらが減れば民主党に有利になる。
どれも、普通に世論調査でバイデンかトランプのどちらの方が良いと思うか、と聞くだけではその後の選挙にどう反映するのかは定かではないので、その数字だけを躍らせるニュースの見出しなどはクリック稼ぎには有効だが、実際の力学を反映してない。
読者には今年の選挙戦とその後に備えて戦略を立てる上で少しでも参考にしてほしい。もちろんトランプになる可能性はあるが、支持率からはかなりの数のステップを経て選挙結果につながり、そういう調査では捉えられない力学が数多くあるのだ。