メディア掲載  エネルギー・環境  2023.06.28

「気候が危機にある」という国連は都合の悪いデータを無視している

対策には莫大な負担を伴うのに、根拠としている資料には疑問

JBpressに掲載(2023620日付)

エネルギー・環境

科学的な常識を欠く報告書

前回の本コラム「薄い根拠で「脱炭素」を煽る環境白書、政府はきちんと統計データを示すべきだ」では、気候変動の危機を理由に「脱炭素」を推進する日本政府の環境白書で、気象観測による統計データがほとんど示されていない問題を指摘した。

不都合な観測データを隠すのは日本政府だけの問題にとどまらない。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が320日に公表した第6次統合報告書は3つのパートに分かれている。

  • 1部会:気候の科学
  • 2部会:環境影響
  • 3部会:排出削減

本稿では、環境影響(impact)を取り扱っているのが第2部会報告を取り上げる。

率直に言って、この報告は科学的な常識を欠いたものと言わざるを得ない。なぜなら、日本の環境白書と同様に、観測に基づく統計データの図がほとんど載っていないからだ。

「観測データ」はどこに?

IPCC報告は「気候が危機にあり、2050年にCO2排出をゼロにしなければならない」という国連の主張の根拠にされているが、ならば、その論拠として、「甚大な環境影響が出ている」という観測の統計データがいくつも並んでいると思うのが普通であろう。

たしかに報告の中に図はたくさんある。パターン分けすると

  1. 観測
  2. シミュレーションの計算結果
  3. エキスパート・ジャッジメント(著者の意見)
  4. 概念図

である。ところがほとんどの図は234であって、1の観測データの図がほとんどない。

この4つのうち、もっとも重要なのは何か?

それは「観測」であるはずだ。環境問題というのは地球規模であれ局所的なものであれ、極めて複雑なシステムだから、まずは観測が大事だ。

シミュレーションの計算結果は嫌になるぐらいたくさん載っている。しかしシミュレーションは、しょせんは現実を大幅に単純化したものであり、その解釈は注意が必要だ。それに、どのようなシミュレーションも、観測データと突き合わせて正否を確認しなければならない。

エキスパート・ジャッジメント(著者の意見)も、観測の統計データをナマで見せてもらった上でないと、結論だけ聞かされたところで、その是非を科学的に議論できない。

農業への影響、見方は正しいのか?

しかしそれにしても、普通の科学論文であれば、もっとも重要なハードなファクトを分かりやすい図にして載せるのが当たり前である。IPCCの報告書にそれが載っていないのはいったいどういうことなのか?

報告には、「政策決定者向け要約」と「テクニカルな要約」の2つの「要約」がつけられている。その中で、環境影響についての観測の統計を示したものとして、唯一あったのは次の図だ。

fig01_sugiyama.jpg

これは、気候に関連する農業への影響を食料生産の損失トン数で示した図である。

干ばつに関係する損失を茶色の丸印、他の気候関係の損失を紺色の丸印、他の理由による損失をグレーの丸印で表しており、丸のサイズは損失の大きさを示しているという。

この図の説明を見ると、「気候変動は水資源への影響を通じて食料安全保障に影響している……(a)気候に関連する食料生産の損失の頻度は何十年にもわたって増加してきた」とある。

しかしながら、この図を、気候変動による悪影響の増加と説明するのは間違いだ。

激増した世界の食料生産

まず、世界全体の食料生産を調べると、ほぼ同じ期間に激増している(下図参照)。本来、このような図もIPCCは報告書に掲載すべきなのに無視している。

fig02_sugiyama.jpg

拙著:「地球温暖化のファクトフルネス」より

つまり、人類は食料生産で偉大な成功を収め、その一部を自然災害によって損失していると解釈すべきなのである。

それに、干ばつによる被害についての報告が以前よりもきちんと上がってきて、集計されるようになった可能性もある。

「他の理由による損失(グレーの丸印)」が増え続けているのは、以上の点を裏付けているのではないか。

IPCCは、少なくとも、上記のような点を踏まえ、気候に関する農業への影響の要因が何かを考察しなければいけないだろう。単なる損失の量のグラフを見せて、気候変動のせいで食料安全保障が悪化した、などという説明は、常識的な科学リテラシーを持つ読者ならば納得できないだろう。

実は、このグラフの基になっている図の引用文献を読むと、食料損失が増加傾向にあったことを示しているだけで、原因が気候変動などとは言っていない。

食料生産が激増したのは、技術進歩のお陰だ。品種改良、肥料・農薬の投入、農業機械の利用、灌漑などによってである。堤防やダムの建設で防災が進んだことも効いているだろう。

IPCCはことさらに災害に遭うトン数が増えたことだけを強調しているが、これは「気候危機」というストーリーを演出したいからではないのか。しかしながら、IPCCの本来の役目は、科学的な情報を整理して伝えることだ。

ミスリーディングな山火事の図

食料生産については、それが大幅に増加したこと、そして地球温暖化が起きているからといってもその増加傾向には変化がないことを、まずははっきり伝えるべきだ。

以上のように、IPCC報告書で環境影響を取り扱う第2部会報告には、要約全体のうち観測の統計データは1つしかなかった。

それではということで、3000ページを超える本文を読んでみたが、要約と同様、ナマの観測の統計がほとんど示されていない。

たしかに川や湖の水温が上がった、といった図は多く出てくるが、その温度変化がどのような被害をもたらしたかといった環境影響についてのデータの図がとにかく見当たらない。

唯一見つけた環境影響の統計データのナマの図は、以下のものだった。

fig03_sugiyama.JPG

この図の右側は米国西部での山火事の面積を示している。

「気候変動がない場合」が薄いオレンジで、「気候変動があった」ために、それに濃いオレンジの分だけ焼失面積が増えた、としている。

ただしこの「気候変動がない場合」というのは、あくまでシミュレーションの結果である。本当の意味の観測データはこの両者を足した部分になる。

さてこの図を見ると、右肩上がりになっているので、「おお、山火事の面積がどんどん増えている、大変だ!」となりがちだが、実はこの図には大きな問題がある。

IPCCの影響力を考慮してもらいたい

図の説明に小さく書いてあるので読めば分かるが、これは「累積(cumulative)」の面積なので、年々増えるのは当たり前なのだ。大変に誤解を招きやすい図である。意図的に誤解させようとしているのではないかと勘繰りたくなるのは筆者だけではあるまい。

近年、米国の山火事面積は増えているが、図が与える印象よりは、ずっと緩やかであることは下のグラフから明らかだ。

fig04_sugiyama.JPG

図:米国における山火事による森林燃焼面積(Alexander, 2020)。データは米国政府による。参考までに日本の面積は93100万エーカー)である。出典:「地球温暖化のファクトフルネス」より

そして何よりも重要な情報は、米国の山火事は、1930年前後のほうがはるかに多かったことだ。そのころの米国は大変に暑く、乾燥していた。まだCO2の排出は少なかったから、地球温暖化の影響などではなく、自然な気候の変動の影響だった。このような重要なデータを、IPCC報告は掲載していない。

こうしてみると、米国西部で山火事が増えているという図が、いかに間違った印象を与えるかが分かるだろう。山火事は近年になって激増しているわけではないのだ。

このIPCCの報告は「脱炭素」政策を正当化するための「気候危機説」のプロパガンダに堕してしまっていて、科学的な報告になっていない。

地球環境を理解するために最も重要な、観測の統計データの図がほとんど掲載されていない。そして掲載されている少数の図の取り扱いは不適切で、印象操作に使われている。

IPCCが及ぼす政治的、経済的な巨大な影響に鑑みて、これはきわめて深刻な問題だ。