コラム  国際交流  2023.03.01

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第167号 (2023年3月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

ロシアのウクライナ侵攻から1年が過ぎた。しかも平和が世界に戻ってくるとの見通しは未だに暗い。

ドイツの優れた評論家、ガボール・シュタインガルト氏が2月1日に同国の雑誌(Focus)に掲載した記事を、露メディア(РИА)が触れた事に驚き、友人達と意見交換した(次の2参照)。西側の経済制裁にも拘わらず、露経済はしたたかに生き抜いているのだ。昨年12月にバリー・アイケングリーン教授が言及した本(Backfire: How Sanctions Reshape the World Against U.S. Interests, 2022)が示す通り、経済制裁は種々の条件が揃って初めて成功する。それが故に今次戦争は長期化が余儀なくされ今日も悲劇が続いているのだ!!

戦争の早期終結を巡って、1月25日、米国のthink tank (RAND Corporation)が報告書(“Avoiding a Long War”)を発表した(次の2参照)。これに関して約1週間後に露側のonline上で同書の翻訳版(«Как Предотвратить Длительную Войну»)を発見したが、露国首脳部の中に同書を真剣に読んでいる人はいないのでは、というのが筆者の感想だ(もっとも同書も戦争の早期終結の難しさを指摘しているが…)。

2月2日のスターリングラード戦勝80周年記念日、プーチン大統領は次のように語った—「信じられないが、本当なのだ。我々は再度ドイツの(鉄)十字マークを付けた戦車“レオパルド”に脅かされている。再びウクライナの地でロシアとの戦いが、ヒトラーの子孫と(Neo Naziと露側が呼ぶ)バンデラ主義者の手によって行われようとしている(Невероятно, но факт: нам снова угрожают немецкими танками "Леопард", на борту которых кресты, и вновь собираются воевать с Россией на земле Украины руками последышей Гитлера, руками бандеровцев.)」、と。

ICTの発達のお蔭でYouTubeを通じ、露大統領による21日の「議会報告(Послание Федеральному Собранию)」も生中継で観る事が出来たが、露語を聴く力が極端に弱い筆者は直後に発表された資料を読んで溜息をついている—大統領は“講和”を考えていないのだ!!

米独think tanksによる合同報告書(2月18日発表の“Bridging the Gap”)を読むと、中国と米欧との関係も心配だ。

2月11日、独連邦憲法擁護庁(BfV)長官が中国のスパイ行為(Spionage aus China)を警告した事を多くの独メディアが伝えた。筆者は、独think tank (MERICS)から2日に届いた中国の科学技術政策に関する英文報告書(“Controlling the Innovation Chain”)を読んでいただけに複雑な気持ちに陥った—報告書は習近平主席が昨年9月に行った演説の中の言葉を引用した—「科学には国境は無い。(しかし)科学者には祖国がある(科学无国界,科学家有祖国)」、と。即ち①中国の研究者は今後“国際交流の継続か祖国への献身か”という難しい選択に直面するのでは? また②中国が研究活動を政府の完全管理下で行えば日中科学技術交流は? という2点を心配しているのだ。

そして今、アインシュタイン博士が或るノーベル賞受賞学者の言葉を引用して綴った1934年の文章を思い出している。

「諸君、学問は国際的であり、そうあり続ける」(と彼は言った)。偉大な研究者は常にそれを認識し、政治的な激動期に、たとえ次元の低い研究者達から孤立しても、情熱的にその事を信じ続けるのだ(„Meine Herren, die Wissenschaft ist und bleibt international“. Das haben die Großen unter den Forschern stets gewußt und leidenschaftlich gefühlt, obschon sie in Zeiten politscher Verwicklungen unter ihren Genossen kleineren Formats isoliert blieben)。

気の毒な博士は母国のドイツではNazi政権から迫害を受けた上に、亡命先の米国でも卑劣な入国拒否運動に遭遇したのだ。

新型コロナ「第8波」が鎮静化に向かい、入国制限が緩和されて、多くの友人達が海外から訪れた。

英国からの友人達と金融経済及び国際政治に関して意見交換した。London School of Economics(LSE)のジョン・ダニエルソンSystemic Risk Centre(SRC)共同所長による近著(The Illusion of Control)に関し楽しく意見交換をした。彼の本に関しては昨年11月、チャールズ・グッドハート教授の司会でBook Launchという会合がYouTubeで視聴可能だ。友人達と「感染症と戦争の次に金融危機が到来したら気が滅入る」と語り合い、皆で“おまじない(knock on wood)”をしつつ乾杯をした次第だ。

国際政治に関しては、ゼレンスキー、バイデン両大統領の最近の演説について議論した。ゼレンスキー大統領は、昨年12月に米国連邦議会で演説したが、New York Times紙は、“たどたどしいが力強い英語で熱のこもった演説(in halting but forceful English an impassioned speech)”と評した。英国の友人は「非英語圏の話し手としては合格」として褒め、英国のウクライナに対する印象が彼によって“無関心・嫌悪”から次第に程度の差こそあれ“好意的”に変わりつつあると語った。

筆者は、彼に関して一冊の本(Zelensky: The Unlikely Ukrainian Hero )しか読んでおらず、全くの素人で正確な判断が不可能である事を告白した。ただ彼主演の政治風刺TV drama(『国民の僕(しもべ)』)を観ていた時、彼が最初に登場した場面で、手にしていた物が古代ギリシアの歴史家プルタルコス(Плута́рх)の本だった事を伝えた。更に主人公は政治に関して市民が「発言する事」の大切さを訴え、また日本の天皇に言及している。そして「露語のヒアリングが不得手なので、プルタルコスの名文がちりばめられているのかどうかは分からない。だが、少なくともゼレンスキー氏はcomedianの時から、志の高い政治意識を持っていたのでは?」と友人達に語った。

バイデン大統領の一般教書演説(SOTU)を聴いて“world economy”、“trade”という単語が無い事に驚いた。自国のsupply chainに、2度触れた以外は国内経済の話だけ! 勿論、政治状況を考慮すれば許容出来よう—政権支持率は非常に低く、支持派は極端な形で民主党の人々に偏っている(p. 4の表1, 2参照)。そして今、世界経済のleaderたる米国が“内向き”になる危険性を恐れている(p. 5の図参照)。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第167号 (2023年3月)