経済的・軍事的に強大となる中国に対し、米国は先端半導体や関連する製造装置の輸出規制を強化し、日本や欧州などにも同調するよう求めている。中国側の反発や対中ビジネスへの影響を懸念する声もあるが、中国の脅威に対抗するツールになっているのがこの半導体輸出規制だ。米国が本気で臨むなら、日本の強みである製造装置や化学薬品の技術を死守するためにも歩調を合わせるべきだろう。日本が直面する「対中デカップリング」について考えてみたい。
中国は強大になった。軍事費は30兆円に達し日本の6倍もあり、増え続けている。
東アジア地域においては、軍事的にも米国と互角になりつつある。航空母艦(空母)や大陸間弾道弾(ICBM)についてはまだ米国の方が優勢だが、射程500kmから5500kmの間の中距離ミサイルは、中国が2000基であるのに対して日本・米国はゼロという状態である。米国は、2019年に破棄されるまで、ロシアとの中距離核戦力(INF)禁止条約があったこともあり、配備が遅れた。
ウクライナ戦争では、米国の最優先順位は「核戦争の回避」であり、そのために自らは参戦していない。さて中国も、ロシア同様に、すでに米国を射程とする大陸間弾道ミサイルを保有している。このため、台湾や日本で有事があっても、やはり米国は核戦争の回避を最優先して、そのために台湾や日本に犠牲を強いることになるかもしれない。
台湾有事のシミュレーションを実施した米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の報告書では、中国は台湾への軍事進攻には失敗する。中国の中距離ミサイル射程の外の太平洋上から発射される米国の空対艦「オフスタンドミサイル」による攻撃で、中国から台湾へ上陸する艦船がことごとく沈められる、というシナリオだ。ただし米国も原子力空母2隻と数千人の兵士を失うといった大損害を受ける、とされる。
このとき米国は、かつての朝鮮戦争とベトナム戦争同様に、日本の基地から爆撃機・戦闘機を飛ばし、また日本において補給をする。このため日本の基地もミサイル攻撃の対象となり、自衛隊は大きな損失を出すことになる。
緊張が高まる東アジア情勢を受け、日本は2022年12月に防衛三文書を定め、防衛費をGDPの2%に増額するなど、防衛力の強化を図る方針に大きく転換した。
これには弾薬などの保有量を増加させるといった継戦能力の強化、迎撃ミサイルの配備、宇宙・サイバー・電子戦能力の整備などがある。
さらに反撃能力(敵基地攻撃能力)として、2027年までに米国製巡航ミサイルであるトマホークを500発購入することに加えて、保有する短距離ミサイル「12式地対艦誘導弾」の射程を伸ばし1000発を整備する、といった計画が報道されている。
中国を世界最先端の製造業大国にするという「中国製造2025」計画のもと、軍事・民生技術を一体として推進する「軍民融合」を明確に謳い、中国軍は目覚ましく近代化している。このままでは東アジアにおいて、中国の軍事的優位が圧倒的なものになる。
危機感を抱いた米国は、2022年10月に半導体輸出規制を大幅に強化した。「軍民融合」の核心にあるのが半導体だからだ。
いま世界の半導体生産の半分以上は台湾、韓国、中国で行われている。中国における半導体生産工場への製造装置投資もここ数年で急増し、2020年以降はついに世界一になった。
半導体で造ったICは、民生技術においても軍事技術においても不可欠だ。半導体がなければAI(人工知能)もドローンも精密なミサイル制御もできない。民生技術もICを使って制御するのが普通であり、1台の自動車には数百のICが使われている。
半導体の技術進歩は、加工の微細化が支えてきた。回路線幅20nm(ナノメートル)までは日本も生産していたが、その後、競争から脱落した。
いまは3nmを生産する台湾TSMCがトップを走っていて、韓国のサムスン等がそれを追っている状況にある。TSMCは、7nm以下である最先端のIC生産においては世界シェアの9割以上を占めている。
なぜこのような寡占状態が生じるかというと、ICの製造工程は極めて微細で精密であり、ハイテク中のハイテクだからである。
ICの製造工程においては、金属シリコンの板であるウエハの上に、薄膜を何層も重ねてゆく。表面を洗浄する、研磨して平らにする、塗布、蒸着、露光、溶出などの化学的な処理をして微細な回路を形成する、といったことを繰り返す。この工程の回数は500回から1000回に達する。
このとき、個々の工程を受け持つ精密な製造装置と、化学処理のための純度の高い薬品が必要になるのだが、これは各工程において特化したものが開発されていて、ほとんどを米国と日本の企業が占めている。しかも、世界で2、3社といった寡占状態になっている場合が多い。ものによっては世界で事実上1社しかないこともある。
日本企業がほぼ独占している例を挙げると、コータ・デベロッパは東京エレクトロン(TEL)が世界の90%、測長SEMは日立ハイテクが80%、バッチ式洗浄装置はSCREENが70%強、ウエハ用CMPスラリはフジミが85%、といった具合である。
独占とまではいかないが、化学薬品で寡占状態を競っている存在感ある日本企業としては、信越化学、昭和電工、富士フイルム、三菱ガス化学などがある。日本企業の存在感が高いのは、細部にこだわり品質を磨き上げる日本製造業の特長がいかんなく発揮されていることによるものだ。
米国の2022年10月の半導体規制強化はこの製造工程の構造に着目したもので、半導体製造装置や化学薬品といった部分にまで、包括的に対中国の輸出規制に含めた。中国への輸出のみならず、中国で装置を整備するための米国人派遣によるエンジニアリング役務の提供も規制対象になった。
ウクライナ戦争を受けて発動された対ロシア経済制裁においても、欧米からの製品・部品輸出が停止し、エンジニアも引き上げて役務の提供が止まったため、今後の石油・ガスの生産活動は衰退してゆくと見られているが、これと同様の構造になっている。
米国は日本と欧州にも同様の輸出規制措置を採るように求めている。
米国が本気で施行するならば、日本も歩調を合わせるべきだろう。それにもし米国が施行すれば、いずれにせよ中国での半導体業界は大打撃を受けるであろうから、日本も欧州も製造装置や化学薬品の売り上げはどのみち大きく下がることになる。
それでも中国は半導体生産を諦めないであろうが、あらゆる工程を自ら技術開発して追いつくには少なくとも何年もかかる。しかも米・日・欧でもごく一部の企業しか成功していない難度の高い技術が多くあるから、最終的な成功も保証されたものではない。
実際にどこまで輸出規制を執行するかにもよるが、経済的・軍事的に強大になり続ける中国に対して、根本的な打撃を与えるツールになっているのがこの半導体輸出規制だ。
日本は、いま有している半導体の製造装置や化学薬品の技術を死守せねばならない。
米国は台湾防衛に関してのあいまい戦略を止め、防衛の意思を表明するようになったが、これは台湾が圧倒的な存在感のある半導体産業を有していることと無関係ではないだろう。
これと同様に、日本が半導体製造に不可欠な技術を多数有していれば、それだけ米国は日本を防衛しようという意思が強くなるだろう。