メディア掲載  エネルギー・環境  2023.01.24

CO2濃度上昇と地球温暖化は農業にはプラスも、目の敵にするだけでいいのか

【後編】農業はテクノロジーの塊、地球温暖化にも適応できる

JBPressに掲載(2023年1月10日付)

エネルギー・環境 農業・ゲノム

地球温暖化によって農業に被害が出るという意見がある。たしかに一定の影響は出るであろうが、適応は十分に可能だ。農業とは本質的にテクノロジーの塊であり、品種改良などの技術を駆使して様々な気候に適応することこそが、その本領だからだ。前編ではさまざまな気候に適応してきた作物の事例を挙げた。後編となる今回は、いわゆる温暖化のデータを基に農業への影響を考えてみる。


◎前回記事「『北海道の米は不味い』はなぜ変わったのか?高い適応力を持つ日本の農業」から読む


海流の変化だけで平均気温は1℃ぐらい変わる

新潟県では、コシヒカリの高温障害が、台風通過に伴うフェーン現象によってたびたび起きている

「地球の平均気温はこれまで安定していたが、近年に急激に上昇している」とよく耳にする。けれどもこれはオーバーで、地球温暖化による気温上昇というのは100年間で0.7℃に過ぎない。30年間あたりなら0.2℃だ。これは人間が感じることのできない程度だ(ついでに言うと「地球平均」が本当かというのは議論の余地がある。だがここではこの点は問題にしない)。

それよりも、局所的に見れば、我々はじつに大きな気温変動を経験している。

日本近海には黒潮と親潮が流れている。これが東北地方から関東地方にかけての沖合でぶつかるが、その位置はしばしば変わり、そのたびに周辺の平均気温は1℃ぐらいは変わる。

高温障害がよく報告されるようになったのは1990年以降だが、このころ、日本の気温はかなり上がっている。これは、地球温暖化の緩やかな傾向に、急激な自然変動が加わったためであろう。

もっと長い時間軸で見ると、さらに局所的な自然変動は大きい

江戸時代の日本は小氷期

江戸時代の日本は小氷期と言われて、とても寒かった。いまの静岡県の海岸沿いでも大雪が降っていたことが浮世絵にも描かれている。

雪国では、多く降る年と降らない年の積雪量の差は大きい。年々の変化もあるが、数十年規模の変化もある。根雪があるかないかで、その周辺の気温は何℃も異なる。

ゆっくりした地球温暖化によって、フェーン現象による気温上昇もわずかに影響を受けているかもしれない。だが地球温暖化は30年間で0.2℃程度だから、36.8℃が37.0℃になったという程度のものだ。これよりも気温上昇が急激なら、それは自然変動の寄与である。

高温障害は、もともと自然変動だけで引き起こされることがある。それゆえに、原因も対策も知られている。地球温暖化が緩やかに進むことで、その対策をある程度増やさねばならないかもしれない。これは一定のコスト要因になる。だが、対策方法を全く知らない未曽有の現象が起きる訳ではない。

農業とは適応である

そもそも農業とは、技術を駆使して、あらゆる気候に適応して作物を育てることだった。技術と一口に言ったが、その内訳は多岐にわたる。品種改良技術もあれば、ハウス、トンネル、マルチといった生育環境の管理技術、それにもちろん農薬、肥料もある。樹形をどう整えるかとか、栽培のタイミングの設計(作型=「さくがた」という)のような、ソフトやノウハウも栽培技術だ。

緩やかな気温上昇であれば、これらの農業に内在する技術体系が動員されて、特段意識することもなく、農家は適応してしまう。

そのような無意識の適応は、品種改良の過程でも行われている。つまり品種改良には過去の気温上昇が反映されている。

CO2増加による収量向上効果も

品種改良にあたる育種家は、既存品種の交配をしたり、放射線で変異を起こしたりして新しい品種を創り出す。それを育てて、性質の良いものを選抜する。

このような過程が、どのような気象条件の下で行われているかというと、100年前の気温ではなく、もちろん、現在の気温の下だ。つまり、現在の、温暖化した日本に合った品種が自動的に選ばれている訳だ。

のみならず、この過程で、CO2の濃度上昇に伴う便益も自動的に取り込まれている。大気中のCO2濃度は過去150年間で約1.5倍になり、約280ppmから約410ppmになった。これは植物の光合成を大いに高める。

いま新しい品種を開発してゆくとき、育種家は現在のCO2濃度である410ppmの環境でもっともよく育つものを選抜している。決して150年前のCO2濃度である280ppmに合わせている訳ではない。

この点は、CO2の環境影響を総合的に考える際にじつはとても重要だ。

世界の作物のヘクタール当たりの収量が向上しているのは、技術の利用によるものだとよく説明されているが、CO2の増加による効果(施肥効果という)もかなり効いている。そしてその効果は、このような品種改良過程を通じて、できる限り、取り込まれてきたはずだ。

地球温暖化による便益もある

以上のように見てくると、「ゆっくりとした」CO2濃度上昇と地球温暖化であれば、コストよりもベネフィットの方が多いだろう、と思われる。

まずCO2濃度上昇については、間違いなく既に便益を享受している。

気温上昇についても、それによって作物の生育が高まるのが普通であるから、便益は大きいだろう。

既存の栽培のパターンを絶対視して固定してしまうと、このことは見えにくい。けれども、農業はテクノロジーに満ちていてダイナミックなものだ。暖かくなれば、新しく栽培できる作物は無数にあるだろう。例えば温州ミカンはいま東北地方では栽培されていないが、将来は可能になるかもしれない。だとしたら、そこには便益が発生することになる。

だが、あまりにも「急激な」地球温暖化であれば、農業の適応が間に合わず、悪影響が大きくなるかもしれない。ではこの「急激」というのはどのぐらいだろう。

まず、地球温暖化により、過去150年で1℃程度の気温上昇があったとされるが、これによる悪影響はほとんどどなかった。

また東京では、100年で3℃程度の気温上昇があったが、これも問題は報告されていない。

気温上昇を語るとき、100年という時間軸がよく出てくるが、農業の時間軸で言えば、100年というのはとてつもなく長い。いま日本で栽培されている品種で、100年前にあったものはまずないだろう。大半が第2次世界大戦後に開発されたものである。

そして、収量が多く病害虫に強い丈夫な品種よりも、美味しい品種を追い求めるようになったのは、わりと最近の傾向だ。1969年に「自主流通米」制度ができる前と後でお米の味は全く違う。あらゆる作物について、毎年新しい品種が発表されている。いまの品種は昔よりも確実においしくなっている(『日本の品種はすごい』、竹下大学著、中公新書)。

さてパリ協定では2100年の気温上昇は2℃か1.5℃、とされている。これは「産業革命前」を基準としているので、現時点がすでに1℃程度である。だとすると、あと80年間で1℃か0.5℃の気温上昇ということになる。過去100年の経験に照らすと、この程度の気温上昇ならばまず問題なく適応できるだろう。

都市熱への適応について詳細調査が必要

もしこれよりも気温が高くなり2100年に4℃となるとすれば、どうだろうか。これは今後80年間で3℃だから、過去100年間の東京なみの気温上昇の速さということになる。

東京の農業の経験を見てきた限りでは、これに対しても、農業はあらかた適応してしまうだろう。そしてその多くは、これまで同様に、自然体で、特に意識しなくても行われる。品種も作型も変わるが、それは通常の農業技術の進歩の過程で自動的に起きる。

都市熱が農業に与えた影響や、農家がどのように適応してきたかといったことについては、なぜか、ほとんどまともな調査が発表されていない。今後、もっとよく調べることで、将来についての見通しは、もっとずっと良くなるだろう。

なお地球温暖化の農業への影響については、シミュレーションによる予測がよく行われている(IPCC=気候変動に関する政府間パネル、など)。だが都市熱による気温上昇にいかに農業が適応したかをまず分析した上で、それに基づいた将来予測をしたものは寡聞にして知らない。