メディア掲載  エネルギー・環境  2022.08.29

可採年数6万年、無尽蔵の国産エネルギー「海水ウラン」の技術開発を再開せよ

現在の高コストな温暖化防止政策も根本的に見直せるようになる

JBPressに掲載(2022年8月22日付)

エネルギー・環境

海水には無尽蔵にウランが含まれている。これを回収して利用するのが「海水ウラン技術」だ。かつて日本は海水ウラン技術で世界をリードし、「あと一歩」まで基礎研究が進んでいた。だが2011年に発生した福島第一原子力発電所の事故の影響を受けて、研究開発が途絶えてしまった。

さていま世界では、ウクライナ戦争を受けてエネルギー危機が勃発している。安価で安定しており、かつ有力な温暖化対策手段である原子力発電が内外で再評価されている。海水ウラン技術を確立すれば、ウランを輸入する必要がなくなり、原子力発電は事実上、無尽蔵の国産エネルギーとなる。今後の原子力発電の価値をいっそう高めるために、日本はいまこそ海水ウラン技術の研究開発への投資を再開すべきである。

事実上の「無尽蔵エネルギー源」

海水ウランを回収する技術は、かつては、採算性が極めて悪い夢物語とされた。しかし、その後の技術進歩と、地球温暖化という新しい問題の登場によって、その位置づけは大きく変わることとなった。

2011年までの先駆的な試験結果とコスト試算によれば、鉱山ウランよりはいまだコストが高いものの、発電コスト上昇をkWh当たり2円程度に抑える可能性が示唆されていた。もしもこれが実用化するならば、次のような重要な政策的意味を持つことになる。

  1. すでに確立された原子力技術(軽水炉技術)が、可採年数6万年という、事実上「無尽蔵のエネルギー源」となる。
  2. 低コストの、「温暖化対策の解決手段」が確立されることになる。
  3. エネルギー政策および温暖化防止政策の根本的な見直しができる。

この果実を現実に得るためには、まず基礎研究の大幅な強化、そして、それに引き続く実証研究への政府投資が望まれる。詳しく見ていこう。

鉱山ウランはいずれ枯渇するが

海水ウラン技術は技術進歩によって実用化が視野に入ってきた。

日本原子力研究開発機構(JAEA)による解説はこちら

日本の研究者は、含水酸化チタンの性能を約100倍に高めた、高性能の「アミドキシム型」の高分子吸着剤を開発した。

この吸着剤のウラン吸着の性能は目覚ましかった。長さ60mのモール状捕集材を沖縄・恩納村の沖合100メートルの深さに係留し、30日後に回収して吸着性能を評価したところ、吸着剤1kg当たり1.5gのウランが回収された。この結果、この吸着材は、60日間海水に浸すならば、吸着材1kg当たり2gのウランが回収できると評価された。

これを6回繰り返し利用できたら、筆者の計算では、発電コスト上昇は2.36/kWhとなる。

原子力発電のコストが現状より2/kWh程度上昇するとしても、この程度の発電コスト上昇で海水ウランが入手できるということは、巨大な政策的価値を持つ。

まずは、人類が、無尽蔵かつ安定したエネルギー源を確保するということである。

鉱山ウランは、すぐに枯渇するというわけではないが、無尽蔵でもない。では海水ウランはどうか。

現在の温暖化対策に比べはるかに低コスト

その資源量は莫大であり、事実上無尽蔵といってよい。海水中のウランの濃度はわずか3.3ppbparts per billionの略。1ppbは含有率10億分の1を意味する)であるが、海水量が膨大であることから、海水ウランの資源量は45億トンとなる。1年間で世界全体の原子力発電の消費するウランの総量を約7万トンとすると、可採年数は6万年となる。

のみならず、海水ウランには、エネルギー安全保障上の重要な意義がある。

いまウランはカザフスタンで多くが生産されているが、ウクライナでの戦争を受けて、ロシアの影響力が強いカザフスタンからの供給の安定性には不安が生じている。他方でカナダ、オーストラリアなどの先進国にも多くの埋蔵量があり、ここからの供給にはそのような不安はない。しかし、民主主義先進国においても、政治状況によっては反対運動によって原子力開発が停滞することもありうる。ウランを国産化するに越したことはない。

日本の領有する広大な海洋を活用するという意義もある。これまでも海底のマンガン、レアアース、メタンハイドレートの開発が試みられてきたが、技術的ハードルが高く、商業ベースでの採掘には至らなかった。海水ウランは、新たな海洋からの資源でもある。

発電コストが2/kWh程度上昇すると聞くと、「低コスト」とは呼びがたいというのが、通常の電気事業者の感覚であろう。しかしながら、これは、温暖化対策という文脈で見ると、はるかに低コストの部類に入る。

いまの日本の発電電力量は年間で約1兆kWhである。仮にこの全てを原子力発電で賄うとして、海水ウラン技術による発電コスト上昇が2/kWhであるなら、合計2兆円のコスト増分になる。わずかこれだけで日本全体の発電部門のCO2をゼロにできるのである。

これに対して、再生可能エネルギー賦課金はすでに年間27000億円に達しているが、いま推進されている太陽光・風力の発電電力量は、全電力量の10%に過ぎない。コストパフォーマンスは文字通り桁違いである。

中国政府は10年後に稼働計画も

仮に、海水ウラン技術が2/kWh程度かそれ以下の原子力発電コスト上昇で実現できることがはっきりするならば、次のような重大な政策的な変更が検討されるだろう。

それは温暖化防止政策の再編成だ。

海水ウラン技術の確立により、既存の原子力発電が温暖化問題の「最終的な解決手段」となり、その優位がますます確固となる。そうすると原子力の普及拡大に向けたより強い政治的コミットメントの形成が期待される。

また、太陽光発電はもちろん、あらゆる温暖化対策は、海水ウラン技術とのコスト比較において判断されるようになるだろう。これによって、今後も増大を続けるであろう日本の温暖化対策予算の大幅な節約が可能になる。

残念ながら日本では2011年以来研究が途絶えてしまったが、海外では海水ウラン技術の研究が続いてきた。米国では、高性能なウラン吸着剤の研究が進められている

海外電力調査会によれば、中国政府は海水ウラン回収施設の10年後の稼働を計画しているという。また、中国では分離膜によって海水中のウラン濃度を高める方法の研究も発表されている。中国がこの技術を日本よりも先に手に入れるのは何としても避けたい。

優れた吸着剤がカギに

このように、海水ウラン技術の確立によって、既存の原子力発電技術がいっそう魅力的になる。その可能性を高めるためには、国を挙げた取り組みを強化する必要がある。

1に、基礎的な研究開発が必要だ。吸着剤については、吸着性能、コスト、耐久性のいずれも、まだ改善の余地があり、集中的な投資が望ましい。

コスト目標を、「2/kWh以下」の発電コスト上昇に置くことで、様々な技術が検討対象にのぼる。全く新しい吸着材もありうる。電力中央研究所では、かつてタンニンなどの天然由来成分による海水ウラン回収も研究していた。これも一つの候補である。極めて安価な吸着剤であれば、繰り返し利用できなくてもよいだろう。

また材料開発だけではなく、実用化に向けて、ウラン回収のためのシステム全体について課題を検討する必要がある。

2に、実証試験だ。発電原価上昇が2/kWh以下で収まるという見込みが出た段階で、実際にイエローケーキ(ウラン鉱石を粗製錬して得られるウランの酸化物、U3O8)を製造し、発電所で使用するまでの流れを一貫して実証試験することが望まれる。

これによって、スケールアップに伴う技術的課題や、法的・社会的側面の問題が理解できる。またコストについても、より正確な見通しができるようになる。

この実証試験が成功するならば、先に述べたような大幅な政策の見直しが可能になる。それによって得られるであろう便益は莫大なので、資金を重点的に配分して海水ウラン技術の実証試験を行う価値は十分にある。

再生可能エネルギーがそうであるように、希薄なエネルギーを集めて利用する場合、採算性を高めることは一般には難しい。海水中のウランも希薄であることには変わりないが、優れた吸着剤さえ開発できれば、経済性の高い技術になる可能性を秘めている。

この技術の成否を見極めるためにも、また、国民がそれに納得し、推進しようという機運をつくるためにも、研究開発の強化に続いて、一定規模の実証試験が必要であろう。

なお本稿についてより詳しく知りたい方は筆者によるワーキングペーパーを参照されたい