メディア掲載 外交・安全保障 2022.04.18
笹川平和財団 「国際情報ネットワーク分析 IINA」より転載(2022年4月11日)
2021年9月に寄稿した前編[1]では、文在寅政権が中国に対して戦略的曖昧性を貫きつつ、経済政策中心の対インド・ASEAN外交である「新南方政策」を推進してきたことをアメリカが評価し、自陣に取り込もうとする姿勢を指摘した。後編となる本稿では、防衛産業協力の側面から透けて見える過去3年間の米韓関係の変化について分析する。
今から3年あまり前の2019年11月22日、文在寅政権は同年8月23日に下した「日韓GSOMIA終了」という政治判断を、「発表の効力を停止する」という聞き慣れない表現を使って事実上撤回した。「日韓GSOMIA終了を回避」という肯定的な結果にもかかわらず、アメリカのアジア専門家を中心に文政権の対日姿勢に対する批判が湧き起こった。例えば、有力シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)のKorea Chair(当時)を務めるビクター・チャ氏(元NSCアジア部長)と元国務副長官のリチャード・アーミテージ氏が、2019年11月22日付のワシントン・ポスト紙に「米韓間の66年の同盟が深刻な問題に直面している」と題して、連名でのオピニオンコラムを寄稿した。同コラムでは、北朝鮮の核の脅威と中国の地域支配力が衰えない状況で、韓国政府の内密な中国寄りの姿勢やトランプ大統領の同盟に対する取引的な態度によって、米軍が早期に朝鮮半島から撤退する可能性が指摘されたのである(もっとも、同コラムにおける批判の矛先は同盟国を軽視するトランプ政権に向けられていた)[2]。
それから2週間後の12月9日に、CSISは韓国の防衛産業行政を所管する防衛事業庁(日本の防衛装備庁に相当)との共催によるセミナーをワシントンDCで開いた。韓国からは防衛事業庁長ワン・ジョンホン氏(当時)が参加し、アメリカからはファヘイ国防次官(当時)などの防衛産業関連の政府関係者が招待された[3]。同会議の司会を務めたのはCSISのチャ氏で、ワン庁長訪米の歓迎スピーチをしたのはアーミテージ氏であった。
アーミテージ氏はスピーチの中で、日韓GSOMIA終了決定が覆ったことが「ワシントンで歓迎されている」と触れた後、CSIS所長のジョン・ハムレ氏が長らく提唱してきた考えを紹介した。「これまでの米韓防衛産業協力の第1世代は米軍の装備と技術の購入者としての韓国。そして、第2世代は米韓の技術協力による共同生産[4]。これからの第3世代は防衛産業協力を発展させて、韓国とアメリカの防衛能力を向上させるだけでなく、世界中の友人(友好国)らのサプライヤーとなるために協力する成熟したパートナーになることだ」と今後の望ましい米韓防衛産業協力の方向性を示したのである[5]。
同セミナーはあくまで民間シンクタンク主催のカンファレンスではあったが、両国の防衛産業行政を扱う政府関係者が出席し、米韓両国の防衛産業協力を発展させる方向で議論がまとまったとされる[6]。
従来の軍事技術をめぐる米韓関係はハムレ氏の指摘する第1世代型が中心であり、アメリカ製のF-35AやPAC-3に代表される最新兵器や関連技術を韓国が導入する形であった。2014年に世界で最もアメリカ製兵器を購入した国が韓国であったように、アメリカの防衛産業が一方的に利益を上げる構図が常であったのである。
ところが、2020年2月に米メディアが「米韓防衛産業協力が動き出す」と報じた[7]。同記事は具体的な二国間協力の内容まで明記しなかったが、それ以後の米韓の動きから推察すると、2020年の年明けを境にアメリカは韓国との防衛産業協力強化、より具体的には、従来の韓国が一方的に米国製装備品を購入するという形から、アメリカが特定分野の韓国製装備品を購入、あるいは韓国の技術を活用して共同開発を行うといった新たな協力関係の構築に舵を切ったと見られる。その証左として、2020年春以降現在に至る約2年半の間に、これまで見られなかった以下のような動きが明らかになった。
近年の米韓防衛産業協力をめぐる動き(2020年〜現在)
2020年4月 |
韓国防衛事業庁は誘導ロケット「ビグン」が米国防総省実施の海外比較試験(FCT:Foreign Comparative Testing)で、国産装備品として初めて合格したと発表[8]。 |
7月 |
2014年9月にF-35A導入でのオフセット取引により韓国がロッキード・マーチン社から導入予定だった軍事専用通信衛星1基が、追加費用発生に伴い韓国政府とロッキード・マーチン社との間で紛争が発生。しかし、両者の間で折り合いがつき、アメリカ・フロリダ州の空軍基地からスペースX社製ロケットに搭載された「アナシス2号」が地球周回軌道に[9]。 |
8月 |
現代ウィア社がアメリカに最大1億ドル規模の艦砲部品輸出[10] |
12月 |
韓国防衛産業最大手ハンファと米陸軍が共同研究開発協定を結んだことを発表[11]。 |
2021年4月 |
米陸軍のM2 Bradley次期装甲輸送車両選定事業に、ハンファが米Oshkosh Defense社との協力により参入との報道[12]。 |
5月 |
ハンファ・ディフェンス社が米国法人「Hanwha Defense USA」を設立。 |
9月 |
豪韓外務防衛閣僚級会合(2+2)の共同声明文において、米豪韓による防衛産業協力推進が明記される。 |
過去3年間の米韓の防衛産業協力進展に主導的な役割を果たしたのは、韓国防衛産業最大手のハンファである。ハンファはすでにK-9自走砲のグローバル市場でのセールスに成功しており、昨年は豪州との契約にも成功した。
2020年からの米韓の防衛産業協力に関する動きは、まさにアーミテージ氏が紹介したハムレ氏の構想と合致する動きだ。韓国はアメリカだけでなく、豪州との防衛産業協力を発展させている。昨年9月に行われた豪韓2+2の共同声明文では米豪韓の防衛産業協力を目指すことが明記された[13]。これにより、米豪韓3カ国による装備品開発がオーストラリアを舞台に行われ、共同開発された装備品は米豪韓の戦力となるだけでなく、「第3世代」協力として他の友好国への売却をも目指しているものと予想される。
現在、アメリカは欧州とインド太平洋という2正面(中東を入れれば3正面)での対応に迫られている。アメリカの力に歴然と限界が見える中で、インド・太平洋における日本・豪州・韓国という主要同盟国に対して、アメリカが求める役割は増えるばかりだろう。その中で、日本が不得手としている他国との防衛産業協力分野において、韓国と豪州が軸となって新たな防衛産業装備品のサプライチェーンを構築しようとしている。
このようなアメリカとの防衛産業協力について、韓国防衛産業関係者がメディアのインタビューに答えた内容が興味深い。内容の一部を紹介すると、
韓国はこれまで日本が新たな装備品開発(特に、攻撃的あるいは長距離射程の兵器[15])や防衛産業装備品の移転に積極的な姿勢を示すと、表向きには「軍国主義の再来だ」と警戒感をあらわにしてきた。その一方で、韓国は日本の装備品開発や移転に憲法による制約があることを十分理解した上で、したたかにアメリカとの協力関係を強化している現実が垣間見えるのである。
折しも、韓国では大統領選挙で政権交代が決まり、本年5月の新政権発足へ向けた準備が進んでいる。防衛産業振興政策は李明博政権から文在寅政権まで一貫して継承されてきた重要政策である。当然ながら尹錫悦(ユン・ソギョル)新政権にも継承され、最重要外交安保政策である米韓同盟強化の旗印のもと、両国間の防衛産業協力がより強化されていくことは確実だろう。
*本論考は前編から続くものです。前編はこちらからお読みいただけます。
脚注
1 伊藤弘太郎「日本が知らない米韓関係のファクトフルネス(前編)-文在寅政権の対インド・ASEAN外交を評価するアメリカ-」2021年9月30日。
2 Richard Armitage and Victor Cha, “Opinion: The 66-year alliance between the U.S. and South Korea is in deep trouble,” November 22, 2019 at https://www.washingtonpost.com/opinions/the-66-year-alliance-between-the-us-and-south-korea-is-in-deep-trouble/2019/11/22/63f593fc-0d63-11ea-bd9d-c628fd48b3a0_story.html
3 同会議の議事録は、”CSIS-DAPA Conference 2019: A New Generation of Partnership in the U.S.-ROK Alliance Conference,” January 2, 2020 at https://www.csis.org/analysis/csis-dapa-conference-2019-new-generation-partnership-us-rok-alliance-conference
4 同上。アーミテージ氏は共同生産の実例として、1983年に自らも交渉に関わった韓国型次期戦車(ROKIT: Republic Of Korea Indigenous Tank)開発事業を例に挙げた。
5 同上。
6 チェ・ピョンチョン「韓米の政府・業界、ワシントンで防衛産業協力を議論」『聯合ニュース(韓国語版)』2019年12月11日。
7 Mandy Mayfield, “South Korea Seeks Industrial Partnership With U.S.” February 10,2020 at https://www.nationaldefensemagazine.org/articles/2020/2/10/south-korea-seeks-industrial-partnership-with-us
8 ユ・ヨンウォン「韓国製の誘導ロケット「ピグン」、米国向け輸出に大きく貢献」『朝鮮日報(韓国語版』2020年4月7日。
9 「韓国初の軍専用通信衛星打ち上げ成功…「米韓協力、作戦能力向上に大きく役立つ」」『VOA(韓国語版)』2020年7月21日。
10 オム・ジェソン「現代ウィア、米国に最大1億ドル規模艦砲部品輸出」『鉄鋼金属新聞』2020年8月26日 (韓国語文献)。
11 ハンファ・ディフェンス「ハンファ・米陸軍共同研究開発協定(CRADA)締結」『報道資料』2020年12月16日(韓国語文献)。
12 Sydney J. Freedberg Jr, “OMFV: Korea’s Hanwha Is Officially In,” April 19, 2021, at https://breakingdefense.com/2021/04/omfv-koreas-hanwha-is-officially-in/
13 Joint Statement: Australia-Republic of Korea Foreign and Defence Ministers’ 2+2 Meeting 2021,” September 13, 2021 at https://www.foreignminister.gov.au/minister/marise-payne/media-release/joint-statement-australia-republic-korea-foreign-and-defence-ministers-22-meeting-2021
14 韓国防衛産業学会チェ・ウソク会長へのインタビュー。キム・ウィチョル「韓米防衛産業同盟、企業には新しい機会・国家安保強化…一石二鳥」『緑色経済新聞』 2021年1月28日(韓国語文献)。
15 最近の事例では、防衛装備庁が開発した超音速空対艦ミサイルASM−3に対する反応を挙げることができる。キム・ビョンギュ「日本、初の国産超音速空対地ミサイルを開発…軍国主義化加速」『聯合ニュース(韓国語版)』2018年1月7日。