メディア掲載 外交・安全保障 2021.10.11
笹川平和財団 「国際情報ネットワーク分析 IINA」より転載(2021年9月30日)
9月15日、韓国は海軍潜水艦からのSLBM発射実験を成功させた。アメリカは今回の実験成功に関して公式的な反応を示していない[1]。去る5月21日に行われた米韓首脳会談では、米韓ミサイル指針が撤廃され、韓国のミサイル開発に関する制限がすべてなくなったことから、アメリカの立場は韓国によるSLBMを含めた弾道ミサイルの開発を「容認した」と解釈して間違いないだろう。
しかし、これまで韓国による一方的、かつ信義を疑う振る舞いに翻弄されてきた我が国では、いつしか「(我が国だけでなく)アメリカも韓国の振る舞いにはうんざりしている」、「アメリカが同盟国として最も重要なパートナーとしているのは日本」といった固定観念が生まれていないだろうか。現実は我々が思う以上に、アメリカは自国の国益のために韓国という存在を重んじて活用しようとしているのではないだろうか。
本論ではこうした問題意識に基づき、前編では、その関係が最悪と言われたトランプ政権期の両国関係を外交政策の観点から検証する。後編では、軍事技術を巡る両国間の駆け引きを通じて、両国がお互いを牽制しながらもその落とし所を探り、防衛産業協力による新たな関係強化を図っている米韓の姿を描く。前編・後編を通して、首脳外交などの表舞台からは見えにくい「ファクト」をたどりながら米韓関係の複雑性を分析する。
米韓関係を理解するためにはその歴史を知ることが大前提である。今回のSLBM発射実験を40年遡る1971年12月26日、当時の朴正煕大統領は「1975年までに独自開発体制を確立して国産地対地ミサイルを作れ」との極秘指令を出した。その約7年後の1978年9月26日、アメリカから供与されたナイキ・ハーキュリーズ地対空ミサイルを秘密裏にリバース・エンジニアリングして作られた韓国初の地対地ミサイル「白熊」(通称)の発射実験が成功した。射程距離は200kmで平壌を十分攻撃可能とされた[2]。1960年代以降、泥沼化するベトナム戦争に縛られるアメリカを尻目に、北朝鮮による軍事挑発が日常茶飯事となり、日々その脅威を感じていた朴正煕大統領は、米国依存ではない独自の抑止力として平壌を直接打撃できるミサイル開発に躍起だったのである。
実験成功を知ったアメリカは、韓国が核兵器保有に踏み切ることを阻止するために朴正煕政権に対して圧力をかけた。ベトナム戦争の傷が癒えない当時のアメリカにとって、武力統一も辞さない覚悟の朴正煕大統領に、ゲーム・チェンジャーとなる攻撃手段を持たせたくなかったからである。結局、アメリカは韓国側のメンツを立てつつ、保有する弾道ミサイルの射程距離と搭載可能な弾薬量に制限を加えさせた。これが日本では一般的に知られていない米韓ミサイル指針の起源である。
我が国では、これまでの文在寅政権の対日姿勢を受けて、「(文政権は)北朝鮮に対して過度に融和的であり、中国に媚びている。その一方で日本に対しては反日感情を剥き出しにする」と言われ続けてきた。確かに、任期が残り1年を切った文政権の過去4年間の対日姿勢を振り返ってみれば、2018年12月の韓国海軍艦艇によるレーダー照射事件に加え、2019年7月に我が国が行った輸出規制への対抗措置として、日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)破棄にまで言及した。日韓GSOMIAは単なる二国間の軍事関係だけでなく、これまで積み上げてきた日米韓3カ国安保協力体制を台無しにする寸前にまで至った。これにより我が国では、韓国は日本だけでなくアメリカとの信頼関係にも傷をつけたと考えられてきた。
さらに、同時期のアメリカと韓国の二国間関係に焦点を合わせると、トランプ前大統領が韓国に対して在韓米軍駐留経費の大幅な増額を求め、事あるごとに在韓米軍撤退をちらつかせた。仮にトランプ氏が再選していた場合、在韓米軍の中で、特に韓国メディアの報道で噂された米本土との間でローテーション配備されている陸軍機甲部隊などの一部兵力撤退が現実になっていたかもしれない[3]。
しかしその一方で、トランプ政権期の米韓両国の外交実務者レベルの動きに注目すると、アメリカは中国の脅威を目の前にして微妙な舵取りを迫られる韓国の立場に理解を示し、アメリカのインド太平洋戦略と韓国の対インド・ASEAN外交である「新南方政策」の連携を図るための調整が行われてきたのである。
新南方政策とは、文在寅大統領が選挙戦から公約として掲げてきたASEAN諸国とインドなどの国々との関係強化を目指した外交政策のことを指す。その背景には2017年に在韓米軍が北の弾道ミサイルを迎撃するための高高度ミサイル(THAAD)を配備したことに対する中国の経済報復を受けた韓国が、中国市場への過度な依存から脱するために、中国以南のASEAN諸国やインドとの関係強化がより重要なものとなったのである。
同政策は主に経済分野に重心を置いた政策と言われ続け、韓国はインド・ASEAN諸国との関係強化を進めながらも、南シナ海での中国の海洋進出には曖昧な立場を取り続けた。その一方で軍事面に焦点を当てると、インド・東南アジア諸国への防衛装備品輸出に積極的な姿勢を続けた。2019年以降は新南方政策の射程を豪州とニュージーランドにまで広げ、同様に両国との防衛産業協力も発展させた[4]。
2019年2月、ベトナム・ハノイでの米朝首脳会談後から、米中間の対立が顕著に見え始めると、アメリカは韓国に対してインド太平洋における同国の姿勢を明らかにするよう迫ったように見受けられる。その証左として、同年6月の米韓首脳会談の席上において、文在寅大統領は初めてインド太平洋戦略と新南方政策との連携に初めて言及した[5]。その後、米韓両国は、実務者レベルでは新南方政策とインド太平洋戦略との連携の具体策について詰めていたようだ。2020年8月19日に、米韓の外交当局は「インド太平洋戦略-新南方政策対話」を立ち上げ、その成果は同年11月3日に行われたアメリカ大統領選挙の全米開票結果が出揃った同月13日に、アメリカ国務省から発表されたファクト・シートに示された[6]。
同文書では、インド太平洋地域における①経済的繁栄の強化、②人的資本への投資と良い統治の擁護、③平和と安全の確保、という3つの項目について、米韓両国が緊密に協力していくことが示された。本年1月20日にバイデン氏が大統領に就任すると、同日にアメリカ国務省から前年11月13日に発表されたものとほぼ同内容のファクト・シートが改めて発表された[7]。このわずか3ヶ月弱の間の動きを見ると、トランプ氏の再選が無くなったことで米韓関係の修復プログラムが両国の実務レベルで用意周到に準備され、バイデン政権の発足とともに一斉に起動したようにも見受けられた。
ファクト・シートの骨子(2021年1月20日)
それ以後米韓の間で行われた外務防衛閣僚級会合(2+2)[8]、および首脳会談では、それぞれ共同声明文に前述のファクト・シートの内容が反映された[9]。我が国では、同声明文中の日米韓協力に関する部分に注目が集まったが、インド太平洋戦略と新南方政策の連携について書かれた部分が、今後「韓国がクアッドにどう関与するか」という両国間の議論の土台となる重要な部分と言えるだろう。特にアメリカとしては、これまで中国の外交攻勢に押され気味であったASEAN諸国との関係強化を図る上で、韓国がこれまで行ってきた経済支援やインフラ整備などを高く評価して、自陣に取り込もうとする意図が明白である。
後編では、最近の軍事技術を巡る米韓両国間の動きから、アメリカが韓国を自陣に取り込もうとする姿に迫りたい。
(2021/09/30)
脚注