メディア掲載  エネルギー・環境  2022.01.28

「グレート・リセット」シナリオ①―「グリーン成長の未来」は夢物語だ

Daily WiLL Online HPに掲載(2022年1月24日)

エネルギー・環境

いまの社会全体を構成するさまざまなシステムを、いったんすべてリセットすること=グレート・リセットに基づいた将来シナリオが世界で「公式化」されつつある。 世界経済の変容と脱炭素により「全てが上手く行く」という未来を描いているようだが、余りにも非現実的と言わざるを得ない。 グレート・リセットの欠陥を指摘するため、まずは公式化されつつある「グリーン成長」シナリオについて解説する。

「グレート・リセット」の欠陥

「グレート・リセット」(いまの社会全体を構成するさまざまなシステムを、いったんすべてリセットすること)によって世界経済が大きく変容され、 2050年にはCO2排出量がゼロになる(=脱炭素)、という将来シナリオが猛威を振るっている。

かかる将来シナリオは、ダボスに集う資本家によって推進されてきた。 そして今や、国連、G7諸国政府、日本政府、経団連など大手経済団体、NHK・日本経済新聞・朝日新聞などの大手メディアが唱道する「公式の将来」となっている。

だがこの将来像には、根本的な欠陥がある。技術的・経済的・政治的な実現可能性が殆どゼロなことだ。

にも関わらず、長いものに巻かれるのが習性の日本の主要企業は、軒並み、公式には「脱炭素」を掲げている。 そしてこのために、事業を預かる現場では混乱が起きている。不可能に向かって突き進むという事業計画を立て、実施しなければならないからだ。

ありそうにない将来像に基づいて事業を計画・実施することは、企業としての経営判断・投資判断を大きく歪め、利益を損ない、事業の存続すら危うくする。

そもそも将来は不確実である。従って、複数の将来シナリオを描いた上で、ありそうな全方位に備えるロバスト(堅牢)な事業計画を立てる必要がある。 シェル流のシナリオプランニングの思想と手法の要諦である。

以下、このシナリオプランニングの実践として、3つの異なるグローバルシナリオを、2回に分けて検討する。 (なお本稿について更に詳しくは筆者の論文を参照されたい。)

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3つのグローバルシナリオ
via 著者提供

シナリオ① :「再起動」シナリオ、またはグレート・リセット・シナリオ

【概要】

このシナリオは、前述したように、いま日本政府などの「公式の将来」となっているものだ。

このシナリオでは、世界経済が「グレート・リセット」され大きく変わる。その結果2050年にはCO2排出量がゼロになる(=脱炭素)。

その原動力は、環境問題に目覚めた国民であるとする。 それが政治を動かし、金融機関・企業が投資の方向を変えることで再生可能エネルギー・電気自動車などのグリーン技術が発達し、それが世界に普及することで、やがて脱炭素が実現する。

【背景】

イギリスやドイツなどの西欧諸国では、キリスト教と共産主義が衰退した心の空隙に、「温暖化教」が浸透した。人々は神への信仰は失ったが、 「人間に原罪があって終末が訪れる、悔い改めねばならない」という物語の基本的パターンは、説教や物語を共有する文化の中に根強く生き残った。 そのテンプレートに「温暖化教」がぴたりとはまった。

欧州のイギリスBBCやドイツZDFなどの主要メディアは資本主義に反する左翼思想の牙城でもあり、 気候危機を煽る映像を過去数十年にわたって流し続けた。このため、イギリスでは児童の5人に1人が温暖化による災害の悪夢を見るようになったというほどだ。 いまや人々は、本気で気候危機があると思い、CO2ゼロといった極端な目標を掲げる政府を支持している。

ここ数年になって、ダボスの資本家は、この脱炭素が、じつは儲かることに気が付いた。 既存の化石燃料利用の経済から、脱炭素した経済に「グレート・リセット」されるとなると、その過程で巨額のお金が動くためだ。

すなわち、ある産業が潰れるなら、その価格下落局面で儲けることが出来る。別の産業が興るなら、そこに投資して儲かることになる。 理由は何であれ、お金が大きく動くとき、巨額な儲けを挙げることが出来る。

かくして、世界の大手金融業者が昨年11月の国連気候会議COP26において、 グラスゴーネットゼロ金融連盟(Glasgow Financial Alliance for Net Zero GFANZ)を立ち上げ、脱炭素に向けて、 その投資ポートフォリオを変容させてゆくとした。

【展開】

このシナリオでは、今後は以下のように世界情勢が展開してゆく。

  1. ドイツの新政権では緑の党が入閣し、2050年となっていたCO2ゼロの目標年を2045年に前倒しして、 2022年のG7議長国として他国に同調を求める。支持率低迷にあえぐ英国ボリス・ジョンソン首相と米国バイデン大統領がこれに合わせて、 一層野心的な目標を発表する。

  2. 日本もこれに前後してCO2ゼロの目標年を2045年に前倒しをする。これに合わせて2030年のCO2削減目標も 46%から54%へと一層の深堀をする。

  3. いま世界を襲っているエネルギー危機は一過性のものと判明する。すなわち、OPEC、ロシアによる原油の増産、ロシアとカタールによる天然ガスの増産、 および中国の石炭増産によって、需給は緩和、価格も沈静化する。エネルギー価格が下がったことで、脱炭素政策への支持は揺らがず継続する。

  4. コロナ禍後の、諸国政府による大型財政支出継続は継続する。その一環として、GFANZが推進するグリーン投資にも、膨大な資金が流れ込む。

【帰結】

このシナリオでは、以上の展開によって、数々の望ましい帰結が実現する。

  1. 再エネと電気自動車(EV)は順調に拡大し、不要になった石油・ガスは、 国際エネルギー機関(IEA)のネットゼロ・シナリオで予言されたように、需要も価格も低迷する。

  2. 環境・人権と経済安全保障を重視する先進国では、グリーン投資がけん引する形で、重要鉱物の採掘業・精錬業と製造業が復活する。

  3. 国連気候会議では毎年、自信を持った先進国のリーダーシップによって、継続的に諸国の脱炭素政策が強化される。

  4. 産業を取り戻し、環境対策に率先して取り組むG7は、リーマンショック以来の地政学的な失地を回復し、世界のリーダーとして復権を果たす。

次回は、このグリーン成長のシナリオが「脱線」ないしは「反攻」に逢うシナリオを紹介する。