メディア掲載  エネルギー・環境  2021.02.15

"温暖化外交"で中国に売られる人権と領土

Daily WiLL Online HPに掲載(2021年2月8日)

エネルギー・環境 中国

バイデン政権下で一層ビッグイシューとなる「温暖化対策」。政権は中国に対して「温暖化対策は取引材料にしない」と言うが、本当に可能なのか。中国を巻き込んだ「温暖化対策」は結果として日本そして世界にさらなる脅威を招くことに他ならないのではないか


パリ協定の代償として差し出された南沙諸島

オバマ大統領は任期終盤、人類の歴史に残る遺産「レガシー」を残すとして、地球温暖化に関する国際合意に執着した。それが成功と見なされる為には、世界の2CO2排出国である米国・中国が参加しなかった京都議定書を超えるものとして、米国・中国の参加が不可欠だ、というのが当時の相場だった。

そこでオバマ政権は中国と交渉を行い、2015年の6月に米中で合意をして、各々のCO2削減の数値目標を設定した。これを契機に国際合意の機運が一気に高まり、同年の12月にパリ協定が合意された。

だがこの裏で、中国は南沙諸島の実効支配を着々と進めていた

すなわち2014年から2015年にかけて、中国はミスチーフ礁、ジョンソン礁などの7か所において、大規模かつ急速な埋立を強行し、砲台といった軍事施設のほか、滑走路や格納庫、港湾、レーダー施設などのインフラを建設した。

オバマ政権はほぼ何もせず、手をこまねいてこれを見ていた。なぜか? 

重要な理由の1つは、パリ協定を壊したくなかったことだ。もしもオバマ政権が中国に対して強い態度に出れば、中国はパリ協定に参加しない、という奥の手があった。中国と関係の深い開発途上国がこれに同調するおそれもあった。そうなれば、パリ協定は京都議定書とあまり代り映えのないものとなり、オバマ大統領のレガシーとしては甚だ不十分になったであろう。


バイデン政権=「温暖化は取引材料にしない」は信頼できるか

オバマ政権の副大統領であったバイデンが大統領になった。同じくオバマ政権で国務長官を務めたジョン・ケリーは気候変動問題大統領特使に任命され、大統領の名代として国際交渉に当たることになった。

バイデンもケリーも中国に対して宥和的で、温暖化問題に熱心なことで知られている。そこでさっそく、中国が温暖化問題を取引材料としてバイデン政権を篭絡するのではないか、とする疑念が湧きおこった。

このような疑念を受けて、ケリーは、気候変動は「重大だが独立な問題である(critical standalone issue)」と記者会見で述べた:「知的財産の盗難、市場へのアクセス、南シナ海等の問題は、温暖化問題と交換されることは決してない」「しかし、気候は我々が対処しなければならない重要な独立した問題である……したがって、区分して前進する方法を見つけることが急務である」

これに対して、小泉進次郎環境相は「非常に心強い発言だ。気候変動対策と外交的な課題をディールすることがあってはならない。各国が懸念を持っている中、早い段階で明確なメッセージを発した」と述べた(小泉環境相のコメントに関する記事)。


温暖化を材料に取引を狙う中国

ケリーも小泉大臣も、その言や良し。だが本当に「区分して」交渉することが出来るのだろうか? 

外交には「イシューリンケージ」という常套手段がある。複数のイシューを同時に交渉するというやり口だ。

それは平たく言うと「相手がまとめたいと思って大事にする1つのイシューを交渉している間には、他のイシューにおける相手の攻撃的な行動を抑制できる」、というものだ。

前述の様に中国は、2015年末のパリ協定に向けて友好ムードで交渉している間、南沙諸島についての米国の干渉を受けずに済んだ。これはまさにイシューリンケージの典型である。

そしてバイデン政権に対して、中国が本当にそのようなディールを狙っていることが、あっさりと露見した。ケリーの記者会見の翌日、中国外務省の趙立堅が、記者会見で以下のように述べたのだ。

「中国は、気候変動に関して米国や国際社会と協力する準備ができている。とはいえ、特定の地域での米中協力は、冬の寒さにもかかわらず温室で咲く花とは異なり、全体として2国間関係と密接に関連していることを強調したい。中国の内政に露骨に干渉し、中国の利益を損なう場合、2国間および世界情勢において、中国に理解と支援を求めることはできない。米国が主要分野で中国との調整と協力のための好ましい条件をつくり出すことを願っている」 

つまり中国は、気候変動は米中関係における「独立した問題」であるべきだと提案したケリーに同意しなかった訳だ。ちなみにこの直後に、趙立堅は、中国に大量虐殺(ジェノサイド)は「存在しない。以上、終わり」と述べている。


欧州も中国の術中に嵌るのか

動きが心配なのは、米国だけではない。昨年202012月にEUは中国と包括的投資協定を結んだが、これは人権問題を全く不問にするものだった、と非難されている

そして今年の21日、中国とEUはハイレベルでの「環境と気候の対話」を開催した。代表は、中国側が韓正副首相、欧州委員会側が上級副委員長ティマーマンスである。

共同記者会見では「中国とEUはグリーン協力を深め、包括的な戦略的パートナーシップの新しい目玉かつ推進力とする」とした。ティマーマンスは「気候変動やその他の問題に対する中国の前向きな立場を高く評価」し、「環境と気候の分野におけるEUと中国の対話と協力を拡大し、深め、多国間メカニズムの役割を十分に発揮する」意欲を表明した。

この一連の流れを見ると、EUは経済的利益を求め、また温暖化対策において中国との協力を深めるが、人権問題など中国の引き起こす深刻な問題は不問にする、というメッセージが読みとれてしまう。


「温暖化」への協力姿勢は日本への脅威とトレードオフに

温暖化対策に熱心なバイデン大統領が誕生したこともあり、今年は温暖化が国際会議の重要議題になると予想される。

バイデン大統領は手始めに大統領就任の初日にパリ協定に復帰した。そして早くも4月22日の「地球の日(アースデイ)」には、中国を含む主要な排出国を招いて気候変動サミットを開催する、と発表した。その後もG7G20、国連総会などの場でも、バイデン政権は温暖化を重要議題に据えるだろう(参考資料)。そして最後の総仕上げとして、11月にはイギリスでCOP26が開催され、各国は、CO2削減目標の引き上げを議題として交渉し、国際合意を目指す予定になっている。 

この一連の交渉で、中国はどう出るか。筆者は、温暖化については協力姿勢を見せると予想する。

だがここに罠がある。温暖化問題についてCOP26で得られる国際合意への期待が膨らむほどに、中国は他のイシューでは何をしても国際社会、米国、欧州に咎められる事が無くなるだろう。

その結果、多くの人々の人権、そして日本とアジア諸国の領土がさらなる危険にさらされるかもしれない。

この差し迫った中国の脅威に比べるならば、本当に在るのか無いのかすらも分からない地球温暖化のリスクなど問題にならない。ゆめゆめ、日本は外交の舵取りを間違えてはいけない。