菅首相の所信表明演説を受けて、政府の温暖化対策見直しの作業が本格化すると予想される。いま政府の方針は「石炭火力発電を縮小」する一方で「洋上風力発電を拡大」する、としている。他方で「原子力の再稼働」の話は相変わらずよく見えない。
話が複雑なことは百も承知で、「それで一体幾らお金はかかるのか?」という、シンプルだが重要な問いに、最もシンプルな概算で答えよう。
以下では、「2030年代のある1年」を想定して費用を概算する。
データとしては、透明性・再現性の観点から、一貫して政府資料を用いる。なお計算の詳細については研究ノートにまとめてあるので参照されたい。
1 原子力が再稼働しないことのコスト
原子力発電は9月末現在、合計で3308万kWあった。このうち稼働中は僅か441万kWで、残りの2867万kWは停止中である。これを再稼働すると、必要な燃料費は3391億円である一方で、発電される電力には2兆6223億円の価値がある。差し引き、再稼働しないことで、年間2兆2832億円の便益が失われている。
2 非効率石炭火力の9割減のコスト
日本政府は非効率な石炭火力発電の縮小について検討している。具体的な規模についてはその結果を待つことになるが、一部の報道にあるように、仮にその9割が削減されるならば、どうなるか。
対象となっている非効率石炭火力の発電電力量は 1650億kWhである。この9割は1485億kWhである。既設の発電設備なので、これで発電するための最低限の費用は燃料費と運転維持費の合計であり、それは政府資料によれば6.8円/KWhとなる。
この費用を、発電される電力の価値から差し引くと、「非効率石炭火力の9割減」で失われる便益は年間7128億円となる。
3 洋上風力1000万KWのコスト
日本政府は洋上風力発電の拡大についても検討している。そこでは、2030年までに1000万KWという目標が言及されている。これは幾らかかるだろうか。
洋上風力の発電コストは高く、政府資料では30.3~34.7円/kWhとなっている。
1000万KWを建設すると発電コストは年間8541億円となる。他方で発電される電力の価値は2628億円しかない。
両者を差し引くと、5913億円となる。つまり洋上風力1000万kWの建設によって年間5900億円が失われる。
4 おわりに
以上の試算に沢山のご意見があることはよく承知している。だが、敢えて数字を示すのは、結論というよりは、問題の規模感を示すこと、及び、注意喚起の為である。
明らかに、原子力の再稼働の便益は巨大である。石炭火力の廃止のコストも大きい。洋上風力も、相当なコストダウンが実現しないと、新たなコスト要因になってしまう。
既に再生可能エネルギーの賦課金は年間2.4兆円を超え、増え続けている。今後も政策が原因でエネルギーコストが嵩んでゆくと、日本経済へのダメージはますます大きくなってしまう。