政府が「石炭火力発電を縮小」する一方で「洋上風力発電の拡大」を検討している、と連日報道されている。他方で「原子力の再稼働」の話は相変わらずよく見えない。
話が複雑なことは百も承知で、「それで一体幾らお金はかかるのか?」という、シンプルだが重要な問いに、本稿では最もシンプルな概算で答えよう。
本稿では「2030年代のある1年」を想定して費用を概算する。
データとしては、透明性・再現性の観点から、一貫して経産省発電コスト検証ワーキンググループの資料p13「2030年モデルプラント試算結果概要、並びに感度分析の概要」(以下、単に「政府資料」)[1]の数字を用いる。同資料にはコスト試算の諸前提が詳しく書いてある。
なお以下の試算は、一定の前提に基づいたものであり、本質を失わない範囲で問題を単純化しているし、将来の諸事情(電力需要、電源構成、燃料価格、技術進歩等)によって金額は大幅に変わる。
誤解を恐れずに敢えて概算で数字を示すのは、結論というよりは、問題の規模感を示すこと、及び、注意喚起の為である。もしもより正確な試算があるという方は、ぜひ公表して議論を深めて頂ければ幸いである。
1 原子力が再稼働しないことのコスト
原子力発電は執筆現在、合計で3308万kWある。このうち稼働中は僅か
441万kWで、残りの2867万kWは停止中である。[2]
停止中の原子力発電を再稼働するのに必要な最小限のコストは、燃料費であり、これは政府資料で1.5円/kWhとなっている。
停止中の原子力発電が、設備利用率[3]90%で稼働すれば、発電電力量は 年間で2867万kW×90%×8760h
=2261億kWhとなる。
すると再稼働のための発電コストは総額で年間2261億kWh *1.5円/kWh = 3391億円となる。…(1)
他方で、発電された電力の価値は、いま日本で最も使われているLNG火力発電で評価すると、政府資料でLNG火力発電の発電コストは11.6円/KWhだから、年間2261億kWh *11.6円/kWh = 2兆6223億円。…(2)
すると再稼働することで得られる筈の便益、つまり再稼働しないことで失われている便益は、(2)-(1)=
2兆6223億円- 3391億円 = 年間2兆2832億円 となる。
2 非効率石炭火力の9割減のコスト
日本政府は非効率な石炭火力発電の縮小について検討している[4]。具体的な規模についてはその結果を待つことになるが、一部の報道にあるように[5]、仮にその9割が削減されるならば、どうなるか。
対象となっている非効率石炭火力の発電電力量は 1650億kWhである[6]。この9割は1485億kWhである。既設の発電設備なので、これで発電するための最低限の費用は燃料費と運転維持費の合計であり、それは政府資料によれば5.1+1.7=6.8円/KWhとなる。
原子力のときと同様、この電力の価値を評価するために、LNG火力を用いよう。LNG火力の発電原価は政府資料によると11.6円/kWhだから、非効率石炭火力の9割減で失われる便益は1485億kWh*(11.6-6.8)円/kWh=年間7128億円となる。
3 洋上風力1000万KWのコスト
日本政府は洋上風力発電の拡大についても検討している[7]。そこでは、2030年までに1000万KWという目標が言及されている[8]。これは幾らかかるだろうか。
発電量は、政府資料p18に従って設備利用率を30%とすると、1000万kW *30%*8760h=年間262.8億 kWhとなる。
発電コストは、政府資料だと30.3~34.7円/kWhとなっているので、 平均をとって32.5円/kWhとする。
すると年間の発電コストは262.8億 kWh*32.5円/kWh=8541億円となる。…(3)
他方で、風力発電による電力の価値は幾らか。石炭火力や原子力と異なり、風力発電は出力が間欠的なので、LNG火力等の出力が安定した電源の発電コストと直接比較すべきではなく、回避可能費用と比較しなければならない(これについては以前詳しく書いたので参照されたい)。
回避可能費用というのは、風力発電を建設することで回避できる費用であり、ここでは、LNG火力の燃料費の減少で評価する。政府資料では、LNG火力の燃料費は10円/kWhだから、回避可能費用は262.8億KWh*10円/kWh= 2628億円となる …(4)
これを年間の発電コストから差し引くと、(3)-(4)=8541-2628=5913億円となる。つまり洋上風力1000万kWの建設によって毎年5900億円が失われる。
4 おわりに
この試算に沢山のご意見があることはよく承知している。だが冒頭にも述べたように、敢えて数字を示すのは、結論というよりは、問題の規模感を示すこと、及び、注意喚起の為である。
コロナ禍によって経済が傷んでいる中、費用の議論は重要性を増している。
本稿よりも更に詳細な試算が複数公表され、国民の経済に配慮したエネルギー政策についての議論が深まることを期待する。
[1] 長期エネルギー需給見通し小委員会に対する 発電コスト等の検証に関する報告(平成27年 5月) 発電コスト検証ワーキンググループ
[2] http://www.genanshin.jp/db/fm/plantstatusN.php?x=d 7月20日現在。
[3] 「設備利用率」に馴染みのない方は稼働率とだいたい同じと思ってよい
[4] 第26回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会
2020年7月13日
[6] 前掲注p10の図「石炭火力発電による発電量の内訳」より、3300億kWhの半分である1650億kWhを非効率石炭火力とした。