コラム  財政・社会保障制度  2020.05.26

続5・新型コロナウイルス感染症との闘い ―新たに「メガクラスター追跡作戦」に備えよ

 政府は、5月25日、継続されていた首都圏での緊急事態宣言を解除するに至った。4月7日の宣言以来1か月半、なんとか全国的に沈静化のトンネルを抜けたようだ。しかしまだ油断はできない。実際、一旦沈静化した韓国では新たな集団感染が発生し、21日時点で206人が感染し、2週間の隔離を拒んだという日本人が逮捕されるといった事態も起こっている。

 そのような中で、各自治体は制限解除に向けてのロードマップ(行程を示す計画)を作成し、「コロナ後」の論議も始まっている。ただ、第1波が沈静化したとしても、再び起り得る新たな感染拡大の兆しや、秋以降にも予想される本格的第2波にどう備えるべきか、改めてその戦略が問われている。

 22日時点でのジョンズ・ホプキンス大学の集計では、世界の感染者数は504万7377人、うち死者は32万9816人にのぼる。死者数で最悪を記録しているのは米国で、すでにベトナム戦争を凌ぐ9万3863人とのこと。そのような米国では、感染のさらなる拡大を警戒する一方で、経済再開に前のめりのトランプ大統領の姿勢も反映して、さまざまな再生へのロードマップが提示されるようになっている。

 例えば、このキヤノングローバル戦略研究所のコラムでも、ハーバード大学倫理学センターのそれが紹介されている。(2020年5月1日掲載「医療のためだけではなく、社会の不安を取り除くための『検査と追跡と隔離』」小林慶一郎 著) 米国流の方策が、必ずしも我が国にそのまま当てはまるわけではない。しかし、そこに見られる医療と経済の両面作戦、すなわち、検査・追跡・隔離で感染拡大の再発を抑止する一方で、都市封鎖を職種・業種別に、かつ段階的に解いていく戦略は万国共通である。


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 我が国でも、そのような制限緩和のロードマップに先鞭をつけたのは大阪府だ。吉村知事は、いわゆる大阪モデルとして、休業要請・外出自粛の解除のための3つの数値基準(陽性率7%未満、経路不明新規感染者10人未満/日、重症者病床使用率60%未満)を導入した。また、それは単に出口を示すだけでなく、今後、感染の再発や第2波が襲ってきたときの入口戦略の基準にもなることを明言した。「根拠に基づく」政策決定への良い事例と言えよう。

 その後、東京都も類似の制限緩和ロードマップを提示した。ただし、示された制限緩和の3つの指標(新規陽性者数20人未満/日、感染経路不明率50%未満、週単位の新規感染者数の増加比率1未満)は、大阪モデルとは異なる。また、東京都では、段階的な制限緩和に、重症患者数、入院患者数、PCR検査の陽性率、および受診相談件数も考慮するとした。大阪府よりも分かりにくいが、もともと、これら指標に疫学理論上の正解はない。各都道府県の状況に応じた行政判断はあってしかるべきだろう。

 ただし、大阪や東京でも取り上げられたが、「陽性率」には問題がある。なぜなら、その数値の高低が何を意味するのか分かりにくいからだ。そもそも、「陽性率」は、検査の実施件数(分母)に対する陽性判定件数(分子)の割合で定義される。そのため、分母が同じで分子が小さくなる(例えば、検査対象者の中の感染者数が減る)場合は、陽性率は低くなる。また、分子が同じで分母が大きくなる(例えば、検査対象を拡大して非感染者をより多く含む)場合でも、数値は低下する。従って、見かけ上の数値だけでは、どちらなの場合なのかが判別できない。

 しかも、検査後の陽性判定には、偽陽性(本当は感染していないのに誤って陽性と判定されること)が含まれる可能性がある。そのため、「陽性率」を「真の感染率」と見なすのは間違いである。ただし、理論上は、陽性率から感染率を推定することができる。(2020年4月2日掲載「A Coronavirus Pandemic Alert: Massive Testing for COVID-19 in a Large Population Entails Extensive Errors」鎌江 伊三夫 著)。実際、それら2つの率の間には一定の比例関係がある。


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検査陽性率と推定有病率の変化
1) 出典:厚労省統計データ、2020年3月28日正午現在
2) PCR検査の感度70%、特異度99%を仮定
続2・新型コロナウイルス感染症との闘い - 「感染爆発の重大局面」はどこまで重大かより引用


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検査陽性率と推定有病率の変化 (3月1日 - 4月13日)
・PCR検査の感度70%,特異度99%を仮定,厚労省データで試算
続3・新型コロナウイルス感染症との闘い ー 緊急事態宣言で感染爆発と医療崩壊を回避できるか



 しかし、陽性率から感染率を推定しても、あくまでクラスター追跡など限定された集団での数値に過ぎない。その数値からは、無症状の人も含め、広く街中の人々がどれくらい感染しているかの割合(いわゆる市中感染率)は分からない。つまり、毎日ニュースで報道される陽性率は、検査数が少ないことに加え、統計学上の偏りやエラーの混入があるため、そのまま市中感染率と見なすことはできない。

 政府は、緊急事態宣言解除の数値の目安を、直近1週間の新規感染者数が人口10万人当たり0.5人とした。しかし、この目安は、報告されていない感染者や、無症状の感染者を含んでいないので、0.5人に疫学的な妥当性はなく、市中感染率を把握するものでもない。


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 市中感染率を知るためには、インフルエンザのように、全国で感染の定点観測をするか、あるいは広い範囲での偏りのない抗体検査を行う必要がある。抗体検査は、ウイルスの遺伝子を見つけるPCR検査とは異なり、ウイルス感染後に体内にできる抗体(いわばウイルスを捕まえる警察官)の有無を調べることができる。そのため、抗体検査の簡易キットで大規模な集団スクリーニングを行えば、ウイルスを捕まえなくても、警察官の配備の規模を知れば、間接的に市中感染率を推定することが可能になるというわけである。ただし、抗体検出の精度の問題は残されており、現実での評価が望まれていた。

 そのような声を受け、5月15日、加藤厚労大臣は日本赤十字社の献血血液を対象とした抗体検査の結果を発表した。それによると東京都内500人中3人(0.6%)、東北6県500人中2人(0.4%)が陽性(抗体あり)であったとのこと。また、興味深いことに、新型コロナ流行前の昨年1~3月の関東・甲信越500人中に2人(0.4%)の陽性を認めたとされる。

 新型コロナ流行前の検体にはウイルスが存在するはずがないので、その陽性検出は明らかに偽陽性だ。そのため、厚労省は、抗体検査の評価は1000例だけでは不十分として、もっと拡大した1万人規模の抗体検査を来月から実施するという。その方向性は正しい。

 しかし、今回報告された偽陽性率のデータも、リスク分析上は貴重な示唆を与える。すなわち、偽陽性率 0.4%をそのまま受け取れば、特異度(感染してない時に正しく陰性となる確率)は99.6%(=100-0.4)となる。そこで、東京都内の陽性率が0.6%であったというデータを理論的に分析してみる(2020年4月2日掲載「A Coronavirus Pandemic Alert: Massive Testing for COVID-19 in a Large Population Entails Extensive Errors」鎌江 伊三夫 著) と、推定される感染者は2人(うち偽陰性1人)で、抗体検査の感度(感染している時に正しく陽性がでる確率)は50%になるとの計算結果が得られる(図1参照)。


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図1.厚労省・抗体検査結果の理論的解釈
偽陽性率0.4%(すなわち特異度99.6%)として、500人中の陽性者3人のデータから、感染者を2人(うち偽陰性1人)と推定。検査の感度は真陰性数÷感染者数=1÷2=50%となる。

 得られた感度の理論値50%は、これまでのコラムでも想定していた70%から60%程度という 予想より低いが、図1で示すような分析は、今回の厚労省データに対する検査理論に基づく合理的解釈となる。厚労省の調査では精度の異なるいくつかの抗体検査キットを用いたとのことなので、感度が玉石混淆のため平均50%に下がったのかもしれない。いずれにせよ、今後の1万人調査で、さらに検査精度の評価が改善されることを期待したい。

 また、5月13日には、抗原検査の簡易キットが承認された。抗原検査は、ウイルスの一部(遺伝子ではなくタンパク)を見つける。鼻粘液を採取した後、10分から30分くらいで検査結果が得られる。新型コロナウイルスという犯人捜しをする点ではPCR検査と同じだが、判定までのスピードが大幅に短縮されるのが利点だ。発熱などの症状があり、医師が必要と判断した患者が対象とされる。健康保険が適用され、当面、自己負担は免除される。  抗原検査の問題は、速くて手軽でも、PCR検査に比べ検査の精度が下がる点だ。特異度は同じ程度だが、感度は1割ほど悪くなるとのことなので、感度はこれまで想定していた70%より低い60%、特異度99%と仮定してみる。

 このとき、医師が判断する場合の感染の可能性が60%程度あると想定すると、陽性適中率(陽性のとき本当に感染している確率)は98.9%と高い値になる。一方、陰性適中率(陰性のとき本当に感染していない確率)は62.3%と低い(図2参照)。つまり、陰性判定がでた10人の中に、4人程度(37.7%=100-62.3%)は、ウイルス感染を見逃された人たちが含まれることになる。


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図2.厚労省・抗原検査の判定ルール
抗原検査の感度60%、特異度99%、PCR検査の感度70%、特異度99.9%を仮定。
ここでの適中率は、検査を受けた人の感染の可能性が60%のときに、判定結果が正しくでる確率を意味する。



 そのため、厚労省は、「陽性判定の場合はそのまま診断を確定して隔離等の対象とするが、陰性の場合はPCR検査で再検して偽陰性でないかを確認する」というルールを示した。確かに、この再検ルールは見逃しを減らすことに役立つが、偽陰性への配慮は必ずしも十分とは言えない。

 なぜなら、先の計算を続けると、感度70%と特異度99.9%を想定したPCR検査後の陰性適中率は、改善されるとはいえ、84.6%にしかならないからだ(図2参照)。90%を超えなければ、臨床診断では必ずしも十分な値とは言えない。従って、さらに見逃しを減らすためには、PCR検査に行く前に、迅速な抗原検査をもう一度行い、2回とも陰性の場合はPCR検査で最終確認するとしたほうがよい。その場合、PCR検査後の最終的な陰性適中率は、最初の抗原検査の陽性適中率に近いレベルの93.2%まで高まるからだ(図3参照)。


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図3.抗原検査の望ましい判定ルール
抗原検査の感度60%、特異度99%、PCR検査の感度70%、特異度99.9%を仮定。ここでの適中率は、検査を受けた人の感染の可能性が60%のときに、判定結果が正しくでる確率を意味する。




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 ここで、ハーバード大学倫理学センターが提言したロードマップの話に戻ろう。そこに示された経済再開のための段階的な制限緩和の道筋は、広く常識的に受け入れ易い内容と言える。しかし、「検査・追跡・隔離戦略のために、1日500万件の検査を行え」との提言には首をかしげざるを得ない。米国では、PCR検査がもっと必要との声が感染拡大の当初からあったが、最近ではいろいろな方面から1日1000万件が必要といった声すら出てきている。

 この数とスピードでの物量で圧倒すれば、不正確な検査でもウイルスを封じ込めることができるだろうという発想は米国的かもしれない。しかし、およそ科学的根拠が明確とは言えない。狭い範囲に絞ってのクラスター追跡では、無症状の感染者を捉えにくいので、絨毯爆撃を行えと言わんばかりである。

 しかし、精密攻撃(ピンポイントでウイルスを探す)で「検査・追跡・隔離」する戦略は感染症抑止の王道である。にもかかわらず、1日500万~1000万の検査を行えとは、まるで絨毯爆撃を直感的に正当化するようなものだ。これは、極端に走りやすいトランプ政権下の米国だからであろうか、極めて非常識、かつ非現実的に思える。

 非常識と考える理由は3つある。第1に、診断検査は、病状や治療の判断を目的として、患者の利益を最大化するために行うのが、これまでの医学の常識である。最初から社会的な隔離を目的として検査を行うのは、従来の医学倫理上の常識に反する。第2は、検査のサイエンスは、いかなる検査にも偽陰性による感染者の見逃しが起こり得ることを警告する。例えば、感染者率10%を想定して抗原検査(感度60%、特異度99%を仮定)を1000万人に行えば、40万人の感染者を見逃す(図4参照)。これだけの見逃しがあると、いくら陽性者のみ追跡・隔離しても、感染の封じ込めは徒労に終わるだろう。第3の問題は偽陽性の可能性だ。図4が示すように、1000万人中、69万人の陽性を検出すると見積もられる。その内、9万人は偽陽性、いわゆる濡れ衣だ。濡れ衣を着せられた9万人もの人々を隔離する社会政策が「常識的」だろうか。


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図4.1000万人に対する抗原検査結果の試算
抗原検査の感度60%、特異度99%、市中感染率10%を仮定。



 非現実的というのは、なんといっても検査件数の膨大さだ。これまで、主として精密攻撃で的を絞った検査方針をとってきたわが国では、1日2万~3万件を目指すというのが現状である。仮に1000万件行うべき正当な理由があったとしても、実現不可能であろう。しかも、問題は検査の数だけではない。数の多さに対応して検査が行えるだけの検査場、機器、設備、人員、管理システムなどの体制作りが必要となる。よって、時間と予算の制約を考えれば、膨大な数の検査を行えというのは「現実的」ではない。ただし、PCR検査ではなく、簡易キットの抗原検査を行うのであれば、インフルエンザの診断の場合のように、1日10万件程度は可能となるかもしれないが。


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 それでは、常識的かつ現実的な「検査・追跡・隔離」の戦略は可能であろうか。

 興味深いことに、欧米に比べてわが国の新型コロナの感染者数・死者数が、対人口比で非常に少ない。この国際的にも関心が寄せられている事実は、偶然か、あるいは何らかの幸運による可能性もあるが、これまで日本が取ってきたクラスター追跡作戦の成果かもしれない。その科学的な理由の解明は今後の研究を待たなければならないが、「日本モデル」とも呼ぶべき検査・追跡作業の質の高さがそこにあったと考えられないだろうか。

 「日本モデル」とは、一般に海外からも称賛される日本人の生真面目さを意味する。限られた人員と予算の制約の下で、先の見えないまま、経験したことのないウイルスと長期間戦い続けるのは「言うは易く、行うは難し」である。その組織力と仕事の質を担保できるのは、日本だけとは言わないが、世界でも限られた国のみかもしれない。自国の長所もしっかり評価し、「日本モデル」の検査・追跡作戦の基本は今後も堅持されるべきであろう。

 しかし、感染拡大の再兆候や、本格的な第2波の襲来に備えるためには、これまで同様でよいのであろうか。もちろん、否だ。第1波の経験に学び、かつ科学的根拠を明確にした新しい戦略が必要である。

 まず焦眉の急務は、クラスター追跡作戦にかかわる人員、予算、システムを大幅に増強することである。追跡対象が数千人から数万人といったメガクラスターにも対応できる陣容が必要だ。そこでは、プライバシー保護を保ちながら、携帯電話を使って感染者や接触者の追跡・警告ができるような革新的な情報システムの構築が求められる。

 検査体制の拡充の観点からは、検査科学の基本に立ち返った検査戦略の再構築が求められる。実際、政府による緊急事態宣言の解除のための基準では、「PCR検査が遅延なく行える体制が整備されていること」とされている。ちなみに体制整備として求められるのは、ハーバード大学倫理学センターが提言する1日500万件検査のような粗く直感的な方策ではなく、科学的根拠に基づく戦略である。PCR、抗原、抗体検査といった異なる特性の検査を、どのような順序で組み合わせるのが最善か、本当に500万や1000万件の検査が必要なのか、あるいは必要でないとしたら、どのような状況で何件行えばよいのか等々、一つ一つ、合理的な論拠を明確にしていく必要がある。

 そもそも、これまでの医療では、検査を、感染症の臨床現場での迅速診断や、地域の疫学サーベイランスなどの手段として使ってきた。そのため、新型コロナのパンデミックが起こるまでは、その流行を抑え込む第一の手段として検査を使うという発想や理論は、十分確立されていなかった。


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 結局、常識的かつ現実的な「検査・追跡・隔離」の戦略とは、米国の提言が主張するような絨毯爆撃ではなく、日本がこれまで取ってきた精密攻撃の拡大であろう。「日本型」の利点を活かしながら、検査の対象を、一人の感染者の直接の濃厚接触者に限らず、その濃厚接触者の濃厚接触者にも網を広げる。すなわち、できるだけ多くの潜在的な感染者を含むように拡大された「メガクラスター追跡作戦」ではないだろうか。

 そのために、1日数千から、場合によっては数万件くらい必要になるであろうと予想される検査には、簡易さと迅速さを考えれば、PCR検査ではなく、抗原検査の簡易キットを使うほうがよい。しかも、その検査の目的は、感染者の封じ込めであるから、偽陰性による見逃しを極力減らすために、陰性判定を受けた人に対して、図3のように、陰性者を繰り返しチェックするべきである。それでは何回繰り返せばよいのかが問題となるが、予測される感染者数や検査の精度などを考慮して、偽陰性者数が1人未満になるまでの検査回数は、科学的に算出することができる。もちろん、偽陽性がどの程度生じるかも知ることができる。

 仮想例を考えてみよう。東京都では10万人あたり0.5人の新規感染者(実数は1000万人中の50人とする)を認めたので、「東京アラート」が発令され、新たな「メガクラスター追跡作戦」が開始されたとする。1感染者当たりの濃厚接触者は20人とすると、1次の濃厚接触者は50×20=1,000人、さらにその濃厚接触者は1000×20=20,000人となる。従って、1日2万件の抗原検査(感度、特異度は先述に同じ)が必要となる。この検査対象での予想感染率を5%とすれば、封じ込めるべき潜在的感染者数は2万人×0.05=1,000人となる。

 この場合、繰り返し検査では、理論上、1回目の検査で陰性19,210(うち偽陰性400)人、陽性790(うち偽陽性190)人との結果になる。さらに、厚労省ルールのように、陰性と判定された19,210人を再検すると、偽陰性は160人に減るが、再び188人の偽陽性を生じ、偽陽性は累積で378人と増加する。そこで、さらに陰性者を次々と再検して、偽陰性者の数を減らしていくとする。

 結局、計8回の検査を行えば、偽陰性者数を最終的に1未満にすることができる。ただし、逆に偽陽性は増えて、累積で1,282人にのぼる。このように、迅速の抗原検査を繰り返せば、理論上、感染者の封じ込めが可能になるが、偽陽性を増やす結果となる。すなわち、偽陰性と偽陽性はシーソーゲームのような関係(いわゆるトレードオフ)であるため、感染の封じ込めができるレベルまで偽陰性を減らせば、偽陽性が増加することは避けられない。  従って、感染の封じ込めができたとしても、偽陽性者をどうするかの問題は残る。偽陽性者には、その不利益を代償する何らかの対応が必要である。陽性者のうち、いったい誰が濡れ衣なのかは、実際には分からない。そのため、少なくとも無症状である陽性者は、偽陽性の可能性と人権を考慮して、直ちに隔離とすべきではないだろう。

 そこで、例えば、
・無症状者は、ワクチン(利用可能であれば)を受け、念のため治療薬(例えば、解熱鎮痛剤等に加え、早期に承認が期待されるアビガン等)を処方され、隔離よりも緩やかな2週間の「自宅待機」
・軽症者は同様に投薬し、希望に応じて、2週間の自宅またはホテル等「観察施設での隔離」
・中等症・重症者は「入院隔離」

といった症状別の措置をとることが考えられる。偽陽性者でも、服用しても無害な治療薬があるという前提にたてば、その不利益を少しでも代償できるであろう。


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 これまでの第1波では、ワクチンも治療薬もなく、科学的に信頼できるデータもなく、未知の要素や不確実性も大きいので、直感や経験頼みで防戦するしかなかったのが現実である。しかし、今後、ワクチンや治療薬も見えてくる中、今年の秋から冬にかけて第2波が襲来するとすれば、科学的根拠に基づく新たな感染封じ込め戦略が求められる。特に、日本モデルを改良した「メガクラスター追跡作戦」を展開することが推奨される。その体制作りには、特別な予算と法制が必要なため、安倍政権の本気度が問われるところだ。

 この新作戦の利点は、まず、検査科学の理論的根拠が明確なことだ。偽陽性と偽陰性のバランスをどこで取るべきかが客観的に検討できる。そして、何といっても、数日程度の短期作戦で成功すれば、経済的痛みを伴う休業要請や外出自粛をほとんど必要としないということである。「メガクラスター追跡作戦」は、医療か経済かのジレンマに対して、科学的根拠に基づく解決策となるに違いない。




* * *  エピローグ  * * *


 橋本・小泉内閣の首相補佐官を務めた外交評論家の岡本行夫氏が、新型コロナ感染症により逝去されました。新型コロナ危機の最中にある日本、および世界にとって大きな損失であり、その訃報は痛恨の極みです。

 昨年末、キヤノングローバル戦略研究所のアドバイザーだった岡本氏と食事をご一緒した際の、穏やかで説得力のある彼の言葉が耳に残っています、「日本の科学的根拠に基づく医療をよろしく」と。

 この小稿を、岡本氏のご霊前に謹んで捧げ、ご冥福をお祈り申し上げます。