メディア掲載 エネルギー・環境 2020.04.24
コロナウイルス対策としては、執筆現在、感染抑止・事業継続支援・低所得者支援が主に行われているが、ひとたびパンデミックが抑制されれば、次は経済回復のステージとなる。その中にあって、温暖化対策・エネルギー政策は、どう見直すべきか。感染抑止を契機として進んでいるリモート・オフィス等のデジタル化の動きを加速することは、経済成長のみならず、エネルギー需要の削減という温暖化対策の観点からも望ましい。これを支えるためには、エネルギー供給は化石燃料と原子力を活用し安価を旨とし、疲弊した国民経済に負担となる高価な再エネ導入政策は縮小すべきだ。以上により、経済成長と温暖化対策を両立できる。
1.はじめに
コロナウイルスによるパンデミックが起きて、執筆現在(4月8日)において、日本政府は緊急事態宣言を発して、感染抑止に取り組んでいる。100兆円を超える緊急経済対策としては、企業の事業継続のための資金繰り支援や、低所得者の生活の救済が主眼となっている。
今後、政府の施策は、感染抑止・事業継続というステージから、経済回復というステージへ移行してゆくだろう注1) 。このためには再び大規模な政策介入が必要となるが、これはどうすべきか。
米国では、緊急経済対策の在り方として、温暖化対策を盛り込もうとする動きがあった。民主党からは、再生可能エネルギーの減税が提案された。また、企業に対する資金繰り支援への条件として、航空会社には野心的なCO2排出削減目標を約束させるべきだ、石油・ガス産業は対象から外すべきだ、といった提案があった。しかし、現実には人々が心配しているのは安全、経済回復、雇用であるため、これら提案は退けられた注2) ・注3)・、注4)。
では日本では、今後の温暖化対策・エネルギー政策はどうあるべきか。
景気刺激策として、再生可能エネルギー等への温暖化対策投資を大規模に実施すべきだという意見が海外の一部の識者からなされている注5) 。しかし筆者は、これは不適切と考える。温暖化対策投資の多くは、エネルギーコストを増加させる。経済が疲弊しているいま、さらに企業や国民の負担を増加させるような政策を実施すべきではない。
政策的に投資を促すのであれば、コロナウイルス後の日本の経済成長を支える生産性の高い投資とすべきだ。温暖化対策・エネルギー政策は、どう見直すべきか。
2.デジタル化により経済成長と温暖化対策の一石二鳥を目指せ
いま感染抑止を契機として、経済のデジタル化が急速に進みつつある。リモート・オフィスからの業務、リモート教育、リモート医療等である注6) 。これに引き続いては、製造業のサプライチェーンのデジタル化も一層進むだろう。これまで、ハード・ソフト両面の技術進歩があったにも関わらず、制度整備や、ビジネスモデルの形成が遅れていた。しかし、今回のパンデミックを契機として、需要が喚起され、制度や慣習が改まり、新たな市場が形成されるだろう。これはまた更なる技術進歩を促すことになる。このような形でデジタル化のイノベーションが急速に進む可能性が見えてきた。この促進を通じて、今後のパンデミックの抑制と経済成長との一石二鳥を図るべきである。同様な意見は日本商工会議所等からも提出されている注7) ・注8)・、注9)。
これに加えて、筆者が主張したいことは、デジタル化は、じつは温暖化対策としても極めて重要だ、ということである。デジタル化が進むことで、通勤等の移動のためのエネルギー需要や、オフィスビルでのエネルギー需要などを大幅に減らすことが可能になる。ひいては、経済全体がスマート化することにより、工場においても、サプライチェーンにおいても、大幅なエネルギー需要の削減が可能になる。デジタル化によるエネルギー需要の削減は、IPCCの温暖化対策シナリオにおいても中心的な役割を果たすことが見込まれている注10) 。デジタル産業団体のGeSIは、デジタル化によって世界のCO2の4分の1を削減するポテンシャルがあるとしている注11)・ 注12) 。
3.安価な電力供給で経済回復とデジタル化を支えよ
以上はエネルギー需要側の話であったが、エネルギー供給側はどう考えるべきか。
経済回復のためには、エネルギーを安価に保つ必要がある。このためには、高価で国民の負担となる再生可能エネルギー導入の政策は縮小すべきだ。安価な電力供給のためには石炭火力・ガス火力発電の活用と、原子力発電の利用が欠かせない。現代の経済は、化石燃料と原子力の利用によって維持されており、太陽・風力などの出力が安定しない再生可能エネルギーはそれに寄生しているに過ぎないという事実を見据えなければならない注13) 。
4.安価な電力供給は長期的なCO2削減の鍵
火力発電を利用すれば、CO2排出は一時は増えるが、電力価格は低く抑えられる。
そして、低い電力価格は、長い目で見れば、大幅なCO2排出削減につながる。これには2つのメカニズムがある。
第1は、デジタル化のイノベーションが進みやすくなるためだ。低い電力価格の恩恵を受けて企業業績が回復し、経済が成長軌道に乗ることで、デジタル化のイノベーションが加速する。経済のデジタル化が進めば、エネルギー需要を大幅に削減できる。
第2は、エネルギー需要の電化が進むためだ。
温暖化対策として電化が重要であることは、例として電気自動車を考えればよく分かる。ガソリン自動車を電気自動車に置き換えることは、長い目でみて自動車部門からのCO2を大幅に削減するために重要な手段である。そして電気自動車が普及するためには、電気料金は安くなければならない。電気料金を安く維持できれば、化石燃料から電気への代替が見込めるのは自動車だけではない。暖房用や給湯用のエネルギーでも同様だ。
いま日本のCO2の3分の1は発電所から出ているが、残りの3分の2は自動車のエンジンや工場のボイラー等で燃焼している石油やガスなどの化石燃料である。いくら発電のためのCO2を削減しても、電化が進まない限りは、日本全体としてのCO2の削減には限界がある。従って、発電部門からのCO2排出を減らすことのみならず、電化を進めることも等しく重要なのだ。発電部門からのCO2排出の削減は、電力価格を高騰させることなく出来る。原子力発電の利用、天然ガスの利用などだ。
経済回復の局面では、燃料費が安い石炭火力に大いに頼るべきである。ひとたび経済が回復すれば、そのときには石炭火力発電の稼働率を下げ、原子力や天然ガス火力の稼働率を上げることで全体としてのCO2排出を下げることも視野に入ってくる。先ずは危機的状況にある経済回復を優先すべきだ、という順序を間違えないことが重要である注14) 。
注1) キヤノングローバル戦略研究所 緊急提言:コロナ・ショックの経済対策の基本的方向性について
注3) Forbes記事
注4) 世界の人々の関心事項が健康や雇用であり地球温暖化の優先順位が低いことについては有馬純 新型コロナウィルスと地球温暖化問題
注5) 例えばIEA Birol
注6) 例えば https://www.nhk.or.jp/ohayou/biz/20200406/index.html
注7) 日本商工会議所「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済対策に関する緊急要望~感染拡大防止の徹底と地域経済社会への影響の最小化に向けて~」
注8) 三菱総合研究所「新型コロナウイルス感染症の世界・日本経済への影響と経済対策提言」
注9) 小山堅、「コロナ禍によるエネルギー市場への長期的、構造的な影響に関する一考察」
注10) 環境省資料 スライド51
注11) 拙稿 ワーキング・ペーパー(17-006J) 「汎用的技術の進歩による地球温暖化問題解決への展望について」
注12) 拙著:「地球温暖化問題の探究――リスクを見極め、イノベーションで解決する」デジタルパブリッシングサービス
注13)
石油・ガスは安定・安価なエネルギー供給のみならず、防護服などの医療用プラスチック供給のためにも欠かせない存在である。
https://www.forbes.com/sites/danielmarkind/2020/04/01/to-fight-the-coronavirus-the-world-returns-to-fossil-fuels/#4fc60c2f1b0b
注14) 日本の石炭火力発電の利用戦略については、拙稿「日本の石炭戦略」