レポート  外交・安全保障  2020.01.27

第32回CIGS政策シミュレーション「ジオエコノミクス:米中経済覇権とアジア」概要報告

本政策シミュレーションは、多くの仮定のもとで想定された事象に基づくものであり、現実世界の国家間関係等を直接に分析するものではない。

 2019年 11 月 2 日(土)~3 日(日)、当研究所は第 32回 CIGS 政策シミュレーション「ジオエコノミクス:米中経済覇権とアジア」を開催した。熾烈化する米中貿易戦争のさなかで、貿易・投資・技術・金融を含む経済領域が、アジアの地政学・地経学にいかなる影響を与えるかが、今回の主たるテーマである。

 今回のシミュレーションは2020年2月から6月までの比較的短期的未来を想定した。米大統領選挙の予備選が本格化する中で、米国の対中政策がいかなる展開となるか、中国経済の減速が鮮明になる中で中国の対外政策にどのような影響があるか、そして2020年春の「桜の咲く時期」に予定される中国の国家首席の訪日をどのように位置づけるか、多くの重要な政策的課題に直面するからである。

 シミュレーション第1の想定は米政府が全ての米同盟国・友好国に対して対中貿易に一律原則30%の関税を付与し、厳しい対内投資規制を導入することを要求したことだ。米国の報復関税や投資規制の抜け穴を埋めて、中国の貿易・投資を包括的に封じ込めることが狙いとされた。

 しかし日本・欧州・アジア諸国の多くは、トランプ政権の要求はWTO原則に反して世界貿易を縮小させるとして拒否、それに代わる多国間のユーロ・インド太平洋経済連携構想(FFI-EAP)を提唱し、自由貿易体制の維持に努めた。

 第2の想定は、マレーシアとシンガポールを結ぶ高速鉄道の再入札である。中国の一帯一路構想の下で展開されたインフラ開発は、「債務の罠」に対する懸念をもたらした。マレーシア新政権も、前政権の方針を大幅に見直し、新たなスキームで再入札するという想定をつくった。インド太平洋戦略で連結性重視を掲げる日米豪が、どこまでインフラ競争に食い込めるのかも問われた。

 シミュレーションでは、中国主導で形成された独仏とのコンソーシアムによる事業提案が最終的に落札した。中国チームは独仏と連携することによって信用性・採算性で優れた提案をしたが、日米豪を中心とするチームは、事業のカスタマイズ化やファイナンススキームを仕上げることができなかった。

 第3の想定は、仮想通貨「リブラ」と中国の「デジタル人民元」の攻防である。フェイスブックがローンチを目指したリブラは、主要金融規制当局や米議会からの強い懸念が提起され、パートナー企業も次々と離脱していった。シミュレーションでは米財務省とFB社が協議し、米国の金融主権を基礎に置く新たなデジタル通貨を設立することで合意した。現在のLibra財団を解散し、新たに米国内に新たな財団を設立し、ブロックチェーンに関する知的所有権の譲渡を受ける形をとった。米国は「ブレトン・ウッズ」体制に代わる、「サンタモニカ」体制としてブロックチェーンによる新たな国際決済インフラの構築と、金融システム安定のための体制づくりに邁進した。

 今回のシミュレーションを通じて、現代のジオエコノミクスに関して得られた教訓は以下の通りである。

 第一に、グローバルな自由貿易秩序という規範が瓦解するなかで、経済的手段を用いて他国に影響力を行使する「エコノミック・ステートクラフト」が国際関係の主軸のテーマとなっていることだ。そして軍事的領域と異なり、脅威に対抗する安全保障協力の形成ではなく、国内の経済的利益の損得が強く影響する政策形成が重視される。

 自由貿易の旗印から後退した米国が対中制裁関税の共同戦線を呼びかけた際に、どの国も呼応しなかったことはエコノミック・ステートクラフト独特の力学を表している。ただし中国との経済的相互依存関係により中国への「バンドワゴン化」のみが進んでいるわけではなく、日・欧・アジアは新たな貿易・投資・デジタル通貨の秩序を構築することを試みた。

 第2に中国の成長率が鈍化し、多くの国内矛盾が表出する中でも、中国の経済的影響力は拡大していくことである。米中貿易戦争が激化する中でも、中国が貿易・投資のパートナーとの関係を拡大し、さらに一帯一路における投資効率や質を重視するといった路線を追求できれば、グローバルな「デカップリング」を実現することは不可能であり、米国が中国に歩み寄る道筋を導くことができるかもしれない。しかし、貿易摩擦や経済失速が国内の政治的安定性を失わせ、さらなる自由の制約や社会の締め付けにつながれば、国際社会の支持は失われることになるだろう。

 第3に新たなデジタル通貨による国際的な決済システムは、世界の金融秩序に大きな影響を及ぼすことである。今回のシミュレーションでは、ドル体制の下での新生リブラを誕生させ、新たな金融秩序を担うイニシアティブが発揮された。しかしリブラを単に潰すだけの選択だった場合、中国のデジタル人民元が次世代の国際金融秩序に大きな影響を与えた、というシナリオになったかもしれないのである。・・・

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第32回CIGS政策シミュレーション「ジオエコノミクス:米中経済覇権とアジア」概要報告