レポート 外交・安全保障 2020.01.08
2019年7月20日(土)~21 日(日)、当研究所は、第 31回 CIGS 政策シミュレーション「東アジア分断の新展開:朝鮮半島と台湾」を開催した。今回のシミュレーションには、約40名の官僚・民間企業関係者・自衛隊関係者・ジャーナリスト・研究者などが参加した。
(パネル・セッションの実施)
政策シミュレーション開始前に、参加者間で専門的知見を共有するため、専門家3名(朝鮮半島・米台関係・米国外交)による90分間の「パネル・セッション」を開催した。2019年前半までの国際情勢をレビューし、特に北朝鮮の核・ミサイル問題、北朝鮮の政治体制の特徴、米朝・南北・中朝首脳会談の経緯、米韓同盟の動向、米国の対台湾政策、中台関係の動向、トランプ政権のアジア政策の特徴など、幅広い論点が提示された。(シナリオの想定)
シナリオの想定では、冷戦の残滓ともいえる東アジアの2つの分断(朝鮮半島・台湾)に新しい局面が到来することを念頭に置いた。すなわち、朝鮮半島における分断構造を動かす米国と、台湾の現状変更の契機となる台湾内の分断、という想定である。朝鮮半島情勢では、2020年の米大統領選を控えるタイミングで、在韓米軍の駐留費を大幅に引き上げる交渉を持ちかけ、米朝首脳会談で「スモールディール」(部分的核合意)を行い、その見返りとして在韓米軍の段階的撤退を米国が一方的に決断すると想定した。
また台湾問題では、中国大陸との経済的依存を強める金門島で、中国との経済交流を深める住民投票の実施が行われ、これに伴い中国が金門島に浸透する事案を想定した。また米中の戦略的対峙を受けて台湾への関与を強める米国政府・議会が、台湾への最新兵器の輸出とともに「台湾戦略関係法」という新たな安全保障上の関与を強化する法律を制定することを想定した。
(シミュレーションの展開)
シミュレーションでは、米国・中国・台湾・韓国・北朝鮮・日本の各国政府とメディアの7チームが設定され、それ以外のアクターについては「シミュレーション・コントローラ」が適宜状況の指定をした。各チームは政策シミュレーション開始時に「基本方針」を策定し、その後の事態の展開に応じた政策決定・政府間協議などをしながら、1日目終了時点で「アクションプラン」を提出した。また2日目は、同プランを踏まえ、コントローラから新たな「状況付与」が提示され、これに応じたシミュレーションが展開された。
朝鮮半島問題において、米国大統領・米政権の意向は、米国に直接影響する安全保障問題を解決し、米国の対外的な軍事コストをできるだけ同盟国に負担させるという方針で徹底していた。そのため、米朝首脳会談において北朝鮮の非核化の部分的履行と米本土に到達可能な大陸間弾道弾(ICBM)廃棄の約束を米政府は高く評価し、北朝鮮に対する経済制裁を緩和する措置をとったばかりか、在韓米軍を段階的に撤退させる発表をした。
台湾海峡問題では、2020年1月の総統選挙で民進党の現職総統が再選された後に、中国政府は徹底的に台湾を国際社会から孤立させる方針をとるとともに、台湾に対する浸透工作を強化した。その具体的なケースが金門島における住民投票の実施と、その後の「ハイブリッド作戦」の実施であり、事実上、金門島が「クリミア化」することとなった。その一方で、米国は台湾への軍事的関与を強め、米軍と人民解放軍が台湾海峡で牽制し合う事態へと発展した。政策シミュレーションの具体的な推移については、本文を参照されたい。
(シミュレーションの評価と教訓)
今回のシミュレーションを通じた主たる評価と教訓は、以下のようなものだった。第1に、「東アジアの分断」の変動が、北朝鮮や中国よりも、むしろ米国の行動によってもたらされることである。米朝接近で十分な非核化が達成されないまま、米韓同盟の弱体化は進む。米台関係は強化されるが、中国は台湾内の分裂に巧みに浸透し、現状を変更していく。こうした新たな胎動を念頭に置いた政策判断が求められる。
第2に、「東アジア分断」の変動は中国の戦略的ポジションをさらに強化する可能性が高いことである。中国は特段の戦略的リスクを伴うことなく、朝鮮半島からの米国の影響力後退という漁夫の利を得る。さらに、台湾の外交関係を喪失させ「一つの中国」を誇示し、台湾内の社会的亀裂に浸透することができた。
しかしながら、第3に「東アジア分断」の変動は、秩序の不安定化とリスクをさらに高める結果をもたらした。北朝鮮の非核化は達成できないまま、米国の安全保障上の関与は後退してしまった。また台湾をめぐって日米台の連携は強化され、地域の軍事的緊張は一層高まることとなった。さらに、中国は金門島の回収を通じて、むしろ中台統一が困難になるというリスクも抱えることになった。・・・