コラム  国際交流  2019.08.01

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第124号(2019年8月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 米中関係をはじめとして国際間の政治的摩擦と技術開発競争との間に存在する複雑な関係-人工知能(AI)やサイバー技術、更には生命科学の領域における国際的な協力と競争の構図-を巡って様々な議論が展開している。

 技術進歩は、性質上不確実性から免れられず、将来に関する専門家の意見でさえ楽観・悲観に大きく分かれる。このため明瞭な最終的結論が見えないのが通例だ。こうしたなかオックスフォード大学のジェフリー・ディング氏は次のように語る-「近年、中国人によるAI関連研究論文が著しく増加し、特に顔認証や自然言語処理に関し彼等による優れた研究が散見される。しかしながら"研究の質"を論文引用数に限って見るならば、現在でも米国が中国を遥かに上回っている」、と(小誌前号で言及した資料: "Technology, Trade, and Military-Civil Fusion: China's Pursuit of Artificial Intelligence, New Materials, and New Energy"を参照)。
 中国の研究水準を客観的に推測する事は難しい-なぜなら分析可能な情報が限られる中、厖大な研究者数や莫大な研究予算が存在し、入手可能な資料から分かる範囲内でも研究の質に大きな格差があるからだ。これに関し、ドイツの研究所(MERICS)による資料の中で印象に残った点は、「中国は政策的にinnovationを重視する一方でcreativityを軽視し、"詰め込み教育(stuffing-the-duck education)"が未だに支配的」という指摘だ(小誌3月号で言及した"Manufacturing Creativity and Maintaining Control"を参照)。


 我々は米中における技術開発の動きを睨みつつ、自らの技術開発体制をcreativeかつinnovativeに再編・強化しなくてはならない。このため筆者は今、友人達と「日本の工業技術発展の課題」を議論している。

 技術の開発過程においては組織運営に秀でたleadershipが不可欠だ。換言すれば、優れた技術者を単純に集めただけでは画期的な成果は生まれてこない。筆者は過去の例として米国のアルフレッド・ルーミスやマービン・ケリーの話をしている-前者は第二次世界大戦当時、国家国防研究委員会(NDRC)で極超短波委員会委員長を務め、レーダー開発を支援した人で、後者はベル研究所でレーダーのためのトランジスタ開発を支援した人物だ。
 トランジスタは大戦中には間に合わなかったが、戦後、ベル研究所の3人-ショックレー、バーディーン、プラッテンーが発明して、1956年に彼等はノーベル賞を受賞した。ここで特筆すべき点は、3人に真空管とは全く異なる増幅器の研究課題を与えて支援したのがベル研副所長のケリーだった事だ。彼がいなければ、極端に自我の強いショックレーは孤独な未完の天才で終わり、トランジスタも生まれなかったかも知れない。ケリーはcreative technical managementの権化とも呼ばれて、多彩な才人と同時に色鮮やかな花々を愛し、そして何よりもdisruptiveなinnovationを奨励する人物であった。
 一方、ルーミスは1940年夏、英国の科学者(Tizard)が訪米した際、英国製レーダー関連部品(マグネトロン)を見た途端にその価値を認めた。そして疑念を抱く米国陸軍の圧力に屈せず、MITに研究所(the Rad Lab)を設立し、ドイツのUボートや日本の艦船・航空機を撃破するレーダーを完成させた。海を愛する才人のルーミスはYaleで数学を専攻し、Harvardで法律を学び、ヨットレースのアメリカズ・カップにも参加し、広域電波航法で自ら特許を取得したuniversal geniusだった。
 日本は今、優れた人々の才能を引き出したケリーやルーミスのようなcreative technical managersを欲していると言える。


 さて6月に公表された国連の「世界人口予測・2019年版」によれば、約10年後の2030年には65歳以上の高齢者が世界で約10億人近くになり、また75歳以上の老齢人口も約4億人にのぼる。

 日本だけでなく、米中両国においても今後急速に老齢人口が増加すると予想される(4ページの表を参照)。高齢化が進めば一般論として社会全体は活力を失い保守的になると考えられる。欧州の経済学者フレドリック・エリクソン氏とビジネス・ストラテジストのビョルン・ヴァイゲル氏は、著書(The Innovation Illusion, Yale University Press, Nov. 2016)の中で、"The 'Silver Tsunami' for Cash"と題し、引退・介護生活を強いられて消費活動が消極的になる高齢者が増加すれば、innovationのための消費ブームが弱まる危険性を論じた。この視点に立つと加速度的に少子高齢化に向かう日本はinnovationに関し更に厳しい環境に置かれる。加えて既に累積した公的債務残高の現状を考えると、稀少なR&D資金を慧眼なcreative research managersに託せるか否か。この成否こそ、日本経済の将来を決定付けると考えている(日本の公的債務に関しては4ページの図を参照)。
   技術革新は富を生む新たなシステムと同時に新たな格差を社会にもたらす。後者の負の部分を如何に最小化させるかが我々の課題だ。インド出身の才人ラグラム・ラジャン教授は、近著(The Third Pillar: The Revival of Community, Feb. 2019)の中で、"あなた方の血を熱くさせる(stir your blood)"と語ってlocal, physically proximate communitiesの重要性を論じた。限られた才能の筆者ではあるが、同書に刺激を受け、日本社会の若き才人が希望に燃えて活躍出来る環境を整えたいと考えている。



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