コラム  国際交流  2017.07.07

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第99号(2017年7月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 米国国防総省(DoD)の資料("Military and Security Developments Involving the People's Republic of China 2017," May)を読み、今は6月初旬のShangri-La Dialogue (The 16th Asia Security Summit)の資料に目を通している。そして小誌4月号の冒頭で触れたアリソン教授の著書(Destined for War)に関し、内外の友人達と意見交換を行っている。

 世界中のglobal strategistsのみならず、マスコミ--CNNやNew York Times紙等--までもが早くから同書を注目していた。同書には、トゥキディデス(Thucydides; Θουκυδίδης)による『ペロポネソス戦史(History of the Peloponnesian War; Ιστορία του Πελοποννησιακού Πολέμου)』を歴史的教訓とし、米中衝突を回避するための政戦略が綴られている。アナログ時代に生まれ、電子書籍に不慣れな筆者は、紙ベースの本が届いた5月末から遅ればせながら情報交換を始めたばかりだ。

 冒頭にはナポレオン皇帝の言葉--中国を眠らせておけ。目覚めれば中国は世界を揺り動かすから (Laissez la Chine dormir, car quand la Chine s'éveillera, elle secouera le monde)--を引用し、また結論では米国の国家意思の更なる明確化を促して、ニーチェの警句--自らの目的を忘れる事、これこそ人間がおかす最も普遍的な愚行だ (Das Vergessen der Absichten ist die häufigste Dummheit, die gemacht wird)--を引用しつつ語りかける博覧強記のアリソン教授に改めて感銘を受けている。

 外部からの見極めが難しい中国の国防分野に関し、教授の専門分野であるロシアの知人--アンドレイ・ココーシン氏--の意見は筆者にとって興味深いものであった。また友人に「出版社名(Houghton Mifflin)を見て、日露戦争中の1904年、朝河貫一先生が著書(The Russo-Japanese Conflict)を同社から発表した事を思い出した。次に文中に漢字--"勿忘国耻(国辱を忘れるなかれ)"等--を見つけて驚いたが、謝辞の中にトニー・セイチ教授の名を見つけて納得している。更には1904年12月8日、セオドア・ルーズヴェルト大統領が彼の世界戦略を議会で表明した記録を本書の中で見つけ、奇しくも同年同月同日に、戦債の発行で奔走する高橋是清がニューヨークに到着した事を思い出し、日本人として感慨深かった」旨を伝えた次第だ。

 アリソン教授は、筆をおく際にシェイクスピアのJulius Caesarの台詞を引用した。その言葉がシーザー暗殺の首謀者(キャシアス)であるだけに意味深長で、教授の真意に関し想像力をたくましくさせている。

 筆者が『ペロポネソス戦史』を初めて真剣に読んだのは1993年--その当時、MIT政治学部教授であった故ヘイワード・アルカー先生と言葉を交わした時だ。

 当時、世界国際関係学会(ISA)の会長であったアルカー教授はMITで数学を専攻し、その後Yaleでカール・ドィッチエ教授の下で国際関係論を専攻された天才的な研究者であった。"東洋から訪れた"筆者に対して温かく接して下さるという幸運は今でも忘れられない。第2次AIブームであった当時、Mathematics and Politicsの著者で、国際関係分野でのAIの応用に興味を持つ教授は、経済分野への応用に関心を持つ筆者に、MITにおけるAI専門家を数多く紹介して下さった。筆者はスーパーコンピュータ(Cray-1)上でプログラムを作成した経験を活かし数理工学の専門家の協力を得つつ簡単なAI システムを開発した。その成果は驚異的な技術進歩のために今では誰も読む事は無いと思われる『エキスパートシステム-その最新ツールと事例集』 (日本工業技術センター 1986年)に収められている。

 アルカー教授と筆者は、国際関係分野でのSIGINT (signals intelligence)にAIを活用出来ると考えていた。この点に関し、筆者の考えは今尚変わっていない。現在のAIに比べてexpert systemは単純であったため、弊所のInternational Research FellowでStanford Universityの櫛田健児氏から時折「iPhoneの能力よりも劣るCray-2ではなく、更に旧式のCray-1を使っていたのですね」とからかわれるが、国際経済学会(IEA)会長を務めた経験を持つフリッツ・マハループ大先生の著書(The Study of Information: Interdisciplinary Messages)を読みつつ、プログラムを作成した時代を懐かしく思い出している。

 6月初旬に公表されたAI関連の報告書には様々な興味深い事例が載っている("Artificial Intelligence: The Next Digital Frontier?" 次の2を参照)。現在、巨額の資金が注がれ、また人材確保が困難となっているAI研究だが、精査した160余りの事例のうち事業化に成功した事例は1割強にとどまっている。かくしてAIは未だ試行錯誤の段階にあると言えるが、先行・習熟する企業と遅行・無関心な企業との格差は次第に開きつつあり、AI関連の集積地が米中欧に偏在している現況を友人達と共に注視している。



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