メディア掲載  グローバルエコノミー  2015.05.08

TPP日米コメ交渉は国益につながらない-コメの関税維持のため、関税ゼロの輸入枠を設定すれば消費者負担が増加-

WEBRONZA に掲載(2015年4月21日付)

 米国のフロマン通商代表が4月19日に来日し、同日と21日に甘利TPP担当大臣と詰めの交渉を行っている。

 直前の実務者レベルの協議から始まり、今回のフロマン訪日による閣僚級協議、28日の安倍総理訪米という一連の流れを考えると、相当前から、両国当事者間で、一定の"落とし所"に至るまでのシナリオが描かれていたような感じがする。

 交渉者がこのようなシナリオを描いて実行することは、度々行われることであって、それ自体、批判するようなことではない。問題は、その内容が日本にとって良いものであるかということである。

 コメの関税を維持する代わりに、関税ゼロの輸入枠を設定することによって、日米間の交渉が妥結するだろうということは、私がTPP交渉に日本が参加する以前から予想していたことである。理由は簡単である。

 「聖域の中の聖域であるコメについては、関税を維持しなければならない。しかし、米国のコメ業界の対日輸出を増やさなければならないという実利にも対応しなければならない。そうすると、TPP交渉で例外を主張する以上、TPP参加国に対する関税ゼロの輸入枠、TPP枠を設定するしかない」(「コメは安楽死するしかない!? 外れてほしかったTPP交渉予想」WEBRONZA 2013年11月25日

 これまでのコメ交渉は、このような事態の繰り返しだった。

 まず、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉では、輸入数量制限等の非関税障壁を関税化すれば消費量の5%の関税ゼロの輸入枠(ミニマム・アクセス)を設定するだけで済んだのに、コメについて関税化の特例(例外)措置を獲得するために、この輸入枠を消費量の8%まで拡大するという代償を払った。

 それが過重だと分かったので、1999年に関税化に移行し、消費量の7.2%(77万トン)に抑えることとした。関税化に移行した後のWTOドーハ・ラウンド交渉では、コメの関税の引き下げ幅を一般原則に比べて低く抑えるため、ミニマム・アクセスを加重・拡大するという交渉方針をとった。

 しかし、関税ゼロの輸入枠を設定・拡大すれば、国内生産はその分減少することになる。このため、輸入しても、そのコメをエサ用や援助用に仕向けるなどの方法によって、国内生産に影響を及ぼさないようにしてきた。ただ同然で処分するので、膨大な財政負担を要する(50万トンを援助用に処分すると450億円必要)。

 今回、アメリカは21万5千トン(うち主食用17万5千トン、加工用4万トン)を要求し、日本は5万トンがせいぜいだと応じ、厳しい交渉が行われていると報道されている。本当に厳しいせめぎ合いの交渉となっているのだろうか。

 「コメの内外価格差が消えた―減反を廃止する環境がととのってきた」(WEBRONZA 2015年4月10日)で述べたとおり、内外価格差が消滅したため、ミニマム・アクセス中の10万トンの主食用輸入枠は、ほとんど消化されない状況となっている。アメリカの要求は、これに17万5千トンを追加しようというものである。

 日本にアメリカから輸入されている短粒種(ジャポニカ・タイプ)の生産量は、2013年で14万トンにすぎない。しかも、産地のカリフォルニアは深刻な干ばつに見舞われ、州知事が一部の施設に対して2013年の使用量から25%の節水を義務付ける行政命令を出したという状況である。州全体の水使用量の8割を使用する農業への打撃は大きい。コメの生産を拡大できるような状況ではない。

 日米双方の状況から、アメリカの要求には、大幅な水増しがあるということが、容易に分かる。他方で、日本国内の農業界では、減反をしている中での、輸入枠の設定・拡大には大きな抵抗がある。これまでのような財政負担で処理できなければ、国内生産を縮小せざるをえない。

 これを考えると、「アメリカの21万5千トンという大幅な要求を5万トン程度に抑えたから、政府の交渉努力を評価してくれ」という日本国内向けのシナリオが描かれているのではないだろうか。もちろん、決着の時期は安倍・オバマ会談だろう。

 これは筋書きのある芝居だが、仮に内外価格差が再び発生するようだと、輸入が行われ、財政負担が増大する。この財政負担は、関税を維持することによって実現される国内の高い米価、つまり消費者の負担を大きくするためだけの、全く無駄な金である。

 このような形で納税者の金を使うのであれば、減反を廃止して、価格低下で影響を受ける主業農家だけに財政から直接支払いを行えば、価格低下で消費者負担がなくなるとともに、主業農家主体の健全なコメ農業を実現できる。

 実は、ここに今回のような非国益的なコメ交渉の悪影響を回避する道がある。減反を廃止して、価格を十分に低下させれば、内外価格差は、半永久的に解消する。輸入枠があっても、アメリカからの輸入は行われない。

 というより、減反を廃止すれば、わざわざアメリカ向けの輸入枠を設定しなくても、コメの関税は撤廃できるし、自動車の交渉で苦しい思いをしなくてもよかったのだ。