メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.12.10

コメは安楽死するしかない!? 外れてほしかったTPP交渉予想

WEBRONZA に掲載(2013年11月25日付)

 米国が年内の妥結を目指してTPP交渉を加速させようとしている。これまで、各国に困難な部分があるため、TPP交渉の中で先送りされてきた関税交渉についても、日米2国間の話し合いの中で、明確な要求を行い始めている。それは、自民党TPP委員会や衆参両院の農林水産委員会が、関税を維持できなければTPP交渉から脱退も辞さないと決議した、コメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉、砂糖・でんぷんという重要5品目を含めた、農産物全てについての関税撤廃である。

 11月17日付の朝日新聞は、「米通商代表部(USTR)のフロマン代表は10月下旬、甘利明TPP担当相との電話協議で、全輸入品の関税撤廃を要求。甘利氏は『重要5項目は政権の命運にかかわる』などと応じて拒否したが、米国側はその後も、一部の品目について20年以上の猶予期間を認める考えを示唆しながら、全輸入品の関税撤廃を求め続けている」と報じている。

 そのような中で、各紙は、政府が、コメの関税を維持する代わりに、関税ゼロの輸入枠を設定することを検討していると報道している。これはTPP交渉の最終的な落としどころの姿として、私がさまざまな場で述べてきたことである。

 高い農産物価格で農家の所得を保証するという農政を前提とする限り、この解決策しか考えられないことを説明しよう。

 原則に対して例外を主張する国は、代償を払わされるのが、通商交渉だ。ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉で、輸入数量制限等の非関税障壁を関税化すれば消費量の5%の関税ゼロの輸入枠(ミニマム・アクセス)を設定するだけで済んだのに、我が国はコメについて関税化の特例(例外)措置を要求したために、この輸入枠を消費量の8%まで拡大するという代償を払わなければならなかった。それが過重だと分かったので、1999年に関税化に移行し、消費量の7.2%(77万トン)に抑えることとした。

 このときも、麦、乳製品、豚肉、砂糖、でんぷんなど多くの輸入数量制限対象品目の生産者団体は、関税化反対を叫んだものの、最後はコメだけの例外措置で決着した。仮に、乳製品を例外にすると、砂糖の業界も例外にしてくれと要求するだろう。しかし、コメだけ例外にすれば、残りの品目に不満は生じない。コメこそ政治的には他に匹敵する品目がない農業界の聖域だからである。

 安倍首相はオバマ大統領との会談で農産物に聖域があることを確認したと、自民党内に説明したうえで、TPP交渉参加に踏み切った。少なくとも、聖域の中の聖域であるコメについては、関税を維持しなければならない。しかし、米国のコメ業界の対日輸出を増やさなければならないという実利にも対応しなければならない。そうすると、TPP交渉で例外を主張する以上、TPP参加国に対する関税ゼロの輸入枠、TPP枠を設定するしかない。

 これまで報道された、その他の選択肢を分析してみよう。

 加工品や調製品を関税撤廃の例外から除いて自由化率を上げようとする検討が、通商交渉の中では全く意味を持たないものであることは既に論じた。(「TPP聖域見直しの『?』マーク」、WEBRONZA 2013年10月14日)

 関税の引き下げで対応できるという報道もあった。コメの関税はキログラムあたり341円である。国内の米価が230円だから、輸入のコメが0円でも関税を払うと、国内米と競争できない。輸入米の価格が仮に100円だとすると、130円に関税を下げても、日本米の方が消費者に高く評価されているので、輸入されない。341円から130円まで241円、71%引き下げても、大丈夫である。

 しかし、残念ながら、これは相手方があることを忘れた検討である。これでは、米国のコメ業界は日本に輸出できない。米国のコメ業界を満足させるためには、それ以上に関税を下げなくてはならない。しかし、この要求に応じれば、輸入米に対抗して、国産の米価を下げざるを得ない。しかし、それは米価維持にこだわる農協の利益に反する。

 結局、農協のために国内の米価も下げないで、また、安倍首相の面子も保ったうえで、米国のコメ業界の対日輸出を増やしたいという要求を満足させるためには、TPP枠(TPP諸国のための無税の輸入割当枠)の設定しかないのである。ただし、これは既存のミニマム・アクセスの外枠としてのTPP枠となる。

 農水省が77万トンのミニマム・アクセスの内枠で処理するという方向で検討しているという報道があるが、ミニマム・アクセスはWTO加盟国全てに開かれている(これを"最恵国待遇"という)輸入枠である。その中に特定の国(TPP参加国)だけに輸入を認めるという枠内枠を設定することは、ガット第13条に違反するとして、TPPに参加していない中国やタイからWTO提訴を受けるだろう。最恵国待遇の下で、ミニマム・アクセスの主食用の枠を拡大するという報道もあるが、中国も拡大した部分の一部を輸出してしまうので、米国のコメ業界は評価しないだろう。77万トンのミニマム・アクセスに追加する、TPP枠の設定しかないのだ。

 しかし、このような結末は、日本の国益を損なう。食料自給率は下がる。コメの例外を認めてもらうかわりに、米国の日本車に対する関税撤廃時期は大幅に遅れることとなろう。農業にとっても、関税を下げないのであれば、今まで通り減反政策を維持し、高米価政策を継続することになる。コメ農業の構造改革はさらに遅れ、コメは安楽死するしかなくなる。私の予測が当たらないことを願っていたのに、当たってしまいそうだ。ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉と同じく、また日本は名をとって、米国が実をとるという結果になってしまうのだろう。