コラム  財政・社会保障制度  2011.02.22

事業ポートフォリオを柔軟に変革できる医療事業体を創れ

 2010年11月26日付け日本経済新聞経済教室欄に寄稿した「公立病院の構造改革へ:地域単位の経営統合を」の中で、民間の社会医療法人全体の経常利益率が2009年度に"3.8%"であった調査結果を発表したところ 非常に大きな反響があ った。2009年度は、2010年4月に診療報酬が10年ぶりにプラス改定される直前であり、「国・公立病院が赤字なのは救急、へき地、周産期、小児等の不採算政策医療を担わされ ているためであり、医療崩壊の原因は低すぎる診療報酬にある」という声がピークに達した時期であった。にもかかわらず、国・公立病院と同等に政策医療を担っている社会 医療法人が好業績だったことにより、「診療報酬は全体として低すぎることはない」という事実が明らかになったからである。
 筆者は、この「国・公立病院が多額の補助金投入を受けながら構造赤字に陥っている一方、補助金を受けていない社会医療法人がなぜ黒字経営できているのか」という疑問 について厚生労働省幹部と意見交換する機会を得た。その結果最も説明力ある理由としてあげられたのが、「社会医療法人の多くが当該医療圏の医療ニーズと自らの得意診療 科・施設配置とのミスマッチを極力発生させないように事業ポートフォリオを柔軟に調整する能力を有している」という要因であった。

図表1: 売上高200億円超の社会医療法人の財務データ
法人名
(本部所在地都道府県)
2008年度 2009年度
売上高
億円
経常
利益率
売上高
億円
経常
利益率
総資産
億円
純資産
比率
池友会(福岡) 313 5.6% 318 6.0% 336 19.7%
木下会(千葉) 246 4.6% 279 8.6% 217 30.8%
生長会(大阪) 250 0.1% 270 0.2% 257 45.5%
石心会(神奈川) 228 2.2% 250 1.4% 182 25.7%
愛仁会(大阪) 238 18.8% 247 12.8% 396 85.0%
雪の聖母会(福岡) 236 0.3% 243 2.6% 244 62.5%
ジャパンメディカル(神奈川) 202 2.1% 218 3.5% 134 19.1%
(注)ジャパンメディカルのフルネームは社会医療法人ジャパンメディカルアライアンス
(出所)
情報公開制度により入手した各法人の損益計算書、貸借対照表より作成

 前述経済教室拙稿では社会医療法人の個別データを掲載しなかったので、図表1に売上高200億円超の社会医療法人の財務データを示した。また、当コラム補足資料として池友会、木下会、生長会、薫仙会の4社会医療法人に加えて長野厚生連、社会福祉法人聖隷福祉事業団の事業ポートフォリオ概念図を表した「日本の地域医療ネットワーク事業体の事例」(PDF:758KB)を添付した。
 池友会は、直営する5病院それぞれが得意診療科を明確にして当該病態の患者を囲い込む仕組みを作っており、これはハーバード大学ポーター教授が提唱する医療経営戦略に近い。木下会は、循環器医療で類似の戦略を採用、近隣の民間医療機関に自院活用を開放することで急成長している。生長会は、補助金に依存して過剰設備投資を続ける公立病院に囲まれている中で健全経営を堅持、本年4月には近隣公立病院の1つ阪南市立病院の指定管理者になることが決まった。薫仙会は売上高106億円(2009年度)と図表1の社会医療法人より規模は小さいが、石川県七尾市という過疎地医療圏に立地する中でグループ施設全てで患者情報共有の仕組みをITで構築した事業体として高い評価が与えられる。
 長野厚生連と聖隷福祉事業団は、上記社会医療法人よりもカバーする医療圏が広域であり規模も大きい。両者は、急性期ケアから在宅ケアまでフルに品揃えした地域医療ネットワーク事業体であり、国・公立病院以上に公益機能を発揮し政策医療を行っていることで知られている。その2009年度の業績は、長野厚生連が売上高810億円、経常利益21億円(11病院全てが黒字)、聖隷福祉事業団が売上高834億円、経常利益27億円であった。つまり、仮に政策医療が不採算であったとしても地域住民が必要とする医療ニーズに合わせてミスマッチが発生しないように経営努力すれば、事業体全体としては黒字が可能なのである。これは、現在の国・公立病院のように一地域医療圏単独施設経営の仕組みの下では無理である。したがって、セーフティネットを担う医療事業体を全国に再構築するには、国・公立病院を広域医療圏単位で経営統合することにより、事業ポートフォリオを柔軟に変革できる事業体を目指すことこそが肝要なのである。

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