イベント開催報告 グローバルエコノミー
2026年1月23日(金)、キヤノングローバル戦略研究所(CIGS、東京)にて「Conference on Digital Currencies and Crypto Assets」が開催された。本会合は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)・ステーブルコイン・暗号資産(DeFiを含む)をめぐる制度設計とマクロ的含意を、理論・実証・政策の観点から横断的に議論することを目的として企画された。学術研究者に加え、財務当局・中央銀行の実務家が参加し、国内の制度環境と国際的な潮流を往復しながら、具体的論点に即した建設的な議論が行われた。

渡辺誠(京都大学)は、“Banking Crisis and Central Bank Digital Currency” を報告した。基礎的(fundamental-based)な銀行取り付けが内生的に生じうる均衡モデルを構築し、CBDC導入が金融安定に与える影響を比較静学として整理した。とくに、現金に近い性質を持つCBDC(cash-like CBDC)が高い利回りで提供される場合、現金の置換を通じて安全資産への逃避需要が強まり、結果として取り付け発生確率を高めうる点が示された。一方で、預金に近い設計(deposit-like CBDC)では、現金・CBDC・預金の共存が成立しうるうえ、CBDC金利の設定次第で取り付けリスクを抑制(場合によっては排除)できる可能性が示された。CBDCの「導入の有無」ではなく「設計(性質)と金利運用」が危機時の均衡選択を左右するという含意は、実務的にも重要である。

津田夏樹(財務省)は、“The Evolution of Retail Payments in Japan: Structural Challenges and the Strategic Role of a Central Bank Digital Currency (CBDC)” を報告し、日本の小口決済の特徴を国際比較の視点から整理した。日本では現金選好が依然として強く、キャッシュレス事業者も多様で分断的であるため、加盟店側の運用コストや、決済サービス間の相互運用性(interoperability)の不足が構造課題として残りやすい。報告では、政府の関係府省庁連絡会議等で議論されている小口CBDC(デジタル円)の検討状況にも触れ、ユースケースの具体化が「民間決済の補完」と「決済インフラの強靭化」の双方にとって鍵になる点が強調された。

Yu Zhu(中国人民大学)は、“Liquidation Mechanisms and Price Impacts in DeFi” を報告した。DeFiレンディングに示される担保清算の仕組みが価格形成に与える影響を、実証と理論の両面から検討している。実証面では、オークション型清算は固定スプレッド型清算に比べ、清算時の価格下落が小さい傾向が示された。理論面では、清算人(liquidators)の参加コストが低い場合にはオークションがより高い清算価格を実現し、負のショックを増幅しにくい一方、参加コストが高い場合には結果が逆転しうることが示された。DeFiの安定性は、担保比率やオラクルの精度だけでなく、「清算メカニズムの設計」と「参加者基盤」に強く依存するという示唆を与える。

武田直己(日本銀行)は、“Future of Payments: Opportunities and Challenges for Coexistence of Different Forms of Money” を報告し、CBDC、ステーブルコイン、トークン化預金など複数の貨幣形態が併存する将来像を見据えた論点整理を提示した。新たな貨幣形態は、決済効率性や新サービス創出の機会を提供する一方、安全性・効率性・レジリエンス(とりわけ国内外の決済インフラの信頼維持)という観点から解くべき課題も多い。報告では、経済活動に必要な貨幣供給の円滑性、利用者・仲介者双方の決済効率、そしてオペレーショナル・レジリエンスのバランスをいかに取るかが中心論点として示され、制度設計の評価軸を明確にする上で有益であった。

Cyril Monnet(ベルン大学/ゲルツェンゼー研究所)は、“Deterrence and global payment systems” を報告した。国際決済の政治経済を主題とし、貿易制裁、通貨・金融制限、決済インフラの選択が、基軸通貨の地位、貿易フロー、地政学的なアライメント、さらには新たな決済基盤の出現に与える影響を理論的に分析した。制裁の有効性は、支配的通貨のネットワーク外部性と代替インフラの形成可能性の相互作用に依存し、暗号資産等が既存構造に挑戦し得る条件も整理される。CBDCや民間デジタル通貨の設計論が、国内決済だけでなく国際秩序の変化とも結びつく点を改めて浮き彫りにした。

Michael Kumhof(イングランド銀行)は、“CBDC Policy Rules and Welfare” を報告した。小口CBDCは中央銀行マネーの新たな形態であるため、テイラールールに加えて第二の政策ルール(CBDCの金利・数量ルール)を要するとし、推計DSGEモデルにCBDCを導入して候補ルールを比較した。主要な結論は、信用ギャップ(credit gap)に反応するCBDC金利ルールが厚生面で最も優れ、テイラールール単独による改善を超えて、約0.5%程度の厚生利得をもたらし得るという点である。他方、CBDC数量ルール、インフレギャップ型ルール、準備への一般化アクセス、現金型CBDCなどは利得が相対的に小さい。CBDCを「制度として導入する」だけでなく、マクロ安定化の政策運用に組み込む際の設計空間を、定量評価により具体化した点に意義がある。

全体として本会合は、(i)CBDC設計と金融安定(取り付け・危機対応・政策ルール)、(ii)日本の小口決済の構造課題と相互運用性、(iii)DeFi市場設計と安定性、(iv)国際決済インフラと地政学、という複数の論点を、同一のテーブルで接続する機会となった。制度設計の議論を、ミクロな契約・市場設計からマクロ政策・国際秩序まで見通すことの重要性が共有され、今後の研究・政策対話に向けた論点の整理とネットワーキングの双方において、実りある会合であった。
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財務省
中国人民大学(Renmin University of China)
日本銀行
ベルン大学/ゲルツェンゼー研究所(University of Bern / Studienzentrum Gerzensee)
イングランド銀行(Bank of England)