キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2024年8月14日(水)
[ 2024年外交・安保カレンダー ]
今週は夏休みを取ろうと計画していたが、肝心のESTAが切れていた。何たるドジ、何たる浅はかさだが、仕方がない。皆さま、VISAやESTAには期限がありますぞ、お気を付け遊ばせ。てな訳で、今週はお盆の真っ最中なのに、休暇の計画が全て一日遅れてしまった筆者。情けない話だが、このカレンダーだけは書かないと・・。
さて、気を取り直して・・・、今週は中国経済を取り上げる。これまでも経済が専門でないことを良いことに、中国経済の将来について勝手なことを書いてきた。今日もその続き、ということで、今回はズバリ、「中国経済低迷論、中国技術脅威論」、中でも中国の「過剰生産能力」に関する中欧米間の議論を取り上げたい。
最近EC委員長や米財務長官などが中国の過剰生産を厳しく批判している。それに対し、中国側は何と経済学の「比較優位」論で反論した。昔なら想像もできなかった展開ではあるが、時代は変わったものだ。それはさておき、中国政府側の反論は次の通りである。若干長くなるが、暫くお付き合い願いたい。
「中国は近年、供給側構造改革に力を入れ、新たな質の生産力の育成を加速している。電気自動車(EV)、リチウム電池、太陽光パネルを含む中国の新エネルギー産業の急速な発展は、持続的な技術革新、整った産業・サプライチェーンシステム、及び十分な市場競争を基礎に築かれたものであり、リードする地位を得たのは比較優位と市場法則の結果であり、いわゆる『補助金』によるものではない。関連産業の製品の主要供給先は国内市場であり、大規模な対外輸出を行っているわけではない。それとは逆に、米国は・・・経済・貿易問題の政治化や道具化を行っており、これは典型的な政治工作だ[1]。」
筆者が信頼・尊敬する中国在住の日本人エコノミストも、「彼我の認識のギャップは広がっている」「欧米には認識不足や都合の良い期待がある」「制度を総合的に精緻に分析する視点や、企業経営の行動を論理的に分析する視点は一般に弱い」などと鋭く指摘していた。うーん、どっちが正しいのか、最近まで筆者も判断に迷っていた。
ところが先週、米外交専門誌Foreign Affairsの最新号に掲載された「中国の真の経済危機、北京はなぜ失敗モデルをあきらめないのか」と題する論考[2]を読んで、ようやく幾つかヒントが得られた。著者は米外交評議会(CFR)フェローで、中国出身の経済学者Zongyuan Zoe Liuである。
彼女は「多くの重要な経済分野において、中国は自国や海外市場が持続的に吸収できる生産量をはるかに上回る生産」を行った結果、「中国経済は価格下落、債務超過、工場閉鎖、ひいては雇用喪失という破滅のループに陥る危険性」があると分析した上で、これはコロナ禍後の一時的な現象ではなく、中国共産党の伝統的な画一的産業政策に由来するという。党中央の指導の下、各地方政府や企業が最先端ではない技術を使い、手っ取り早く結果(生産量)を出す熾烈な競争を繰り返すため、結果的に国全体としては過剰生産になってしまう、と論じている。
なるほどねぇ、少し見えてきた。「過剰生産能力」もミクロ経済で見れば各企業・地方政府は自己利益を最大化するための合理的な行動をしている。他方、マクロ経済から見れば、全体としては制御不能の「過剰生産」になってしまうのか。これを経済学では「fallacy of composition(合成の誤謬)」と呼ぶ、と確か昔学んだことがある。
続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。但し、今週も夏枯れは変わらない。
8月13日 火曜日 | パレスチナ大統領訪露、露大統領と会談 |
8月14日 水曜日 | タイ憲法裁判所、収賄で懲役刑の有罪となった閣僚を任命したタイ首相の行為の違法性につき判断 |
パレスチナ大統領、トルコ訪問(2日間) | |
スーダン内戦に関する米主導の交渉、ジュネーブで開催 | |
キリバスで総選挙 | |
8月15日 木曜日 | イスラエルとハマースの停戦交渉が再開? |
8月19日 月曜日 | サンマルタンで総選挙 |
最後にいつものガザ・中東情勢だが、今週の焦点はイランの対イスラエル報復攻撃の有無とそのタイミングである。7月31日にハマース政治部門の最高幹部ハニーヤ氏がテヘランで殺害され、イランがイスラエルへの報復を宣言してから、もう2週間経つ。欧米諸国はイランに「自制」を求めているが、「はい、そうですか」と素直に応ずるイランではない。報復は時間の問題だろう。
真の問題は、報復の「時期、対象、目標の場所、使用する兵器等の詳細」だと先週書いた。あれから一週間経っても大規模な動きがないということは、イラン国内でもかなり意見が分かれているのだろう。下手にイスラエル側に死傷者が出れば、今のイスラエルであれば、何をするか分からない。これがイスラエル流の「抑止」力なのだ。
恐らく米国もイランに対し、米軍直接介入の可能性を仄めかしているだろう。「早ければ今週中にも」イラン側の報復があると米国筋は見ているらしいが、状況は流動的であり、予測のしようがない。イラン側も「イランは主権を守るために認められた権利を行使し、誰の許可も求めない」と言っているそうだ。これに嘘はないだろう。
以前から申し上げている通り、イランとイスラエルの一方もしくは双方が「誤算」を犯せば、最悪の場合、中東全域での大規模な衝突・戦闘に発展する。その場合、紅海だけでなく、ペルシャ・アラブ湾岸水域までもが戦闘区域となる可能性は否定できない。戦争の多くは「誤算」から始まるのだが、今回はその例外であることを祈ろう。
最後に殺害されたハニーヤ最高幹部について一言。ハニーヤは1962年、ガザの難民キャンプ生まれ。ガザ・イスラーム大学でアラビア文学を専攻し、87年に卒業したが、89年から3年間イスラエルで投獄され、92年にはレバノンに国外退去させられている。
ところが93年にはガザに戻り、イスラム大学の学部長に任命され、97年にはアフマド・ヤースィーン事務所の責任者に指名された。要するに筋金入りの反イスラエル活動家なのだ。その後多くの同志が殺害される中、ハマース内でのハニーヤの地位は徐々に高まっていったそうだ。
2024年4月、イスラエル軍はガザで作戦部隊に所属していたハニーヤの息子3人を殺害し、孫4人も死亡したという。さらに6月にはイスラエル軍によるガザ地区への空爆により、親族10人も死亡したと報じられた。残りの親族の中からハニーヤの後継者が育っていくことだけは間違いなかろう。これでは戦闘は永久に終わらない。
何度も言うが、ネタニヤフは11月の米大統領選まで下手な妥協はしないと決めているのではないか。万一、停戦が成立すれば、次に問われるのはネタニヤフ自身の政治責任だからである。
今週はこのくらいにしておこう。
[1] http://j.people.com.cn/n3/2024/0517/c94474-20171148.html
[2] https://www.foreignaffairs.com/china/chinas-real-economic-crisis?utm_medium=newsletters&utm_source=twofa&utm_campaign=China%E2%80%99s%20Real%20Economic%20Crisis&utm_content=20240809&utm_term=FA%20This%20Week%20-%20112017
2024年 重要日程レポート33【8月12日版】
<今週以前から続く会議>
7月8日‐8月23日 大陸棚の限界に関する委員会、第61回会議(ニューヨーク)
7月29日‐9月13日 軍縮会議、第3部(ジュネーブ)
8月5日‐8月16日 宇宙空間における軍拡競争の防止のための更なる実務的措置に関する政府専門家グループ 第2回会合(ジュネーブ)
8月5日‐8月23日 人種差別撤廃委員会 第113回(ジュネーブ)
8月
<8月12日‐8月18日>
12日‐8月16日 人権理事会、通信作業部会、第34回会議(ジュネーブ)
12日‐9月5日 障害者の権利に関する委員会、第31回会議(ジュネーブ)
13日 トルコ6月国際収支統計発表
13日 イスラエル7月貿易統計発表
14日 米国7月CPI発表
14日 ブラジル6月月間小売り調査発表
14日 フランス7月CPI発表
14日 韓国で元慰安婦をたたえる「慰安婦の日」
15日 韓国で日本の植民地支配からの解放を記念する「光復節」
15日 米国7月小売統計発表
15日 中国7月固定資産投資、社会小売品販売総額発表
15日 フィリピン6月OFW送金額発表
15日 トルコ7月中央政府予算
15日 サウジアラビア7月CPI発表
15日 イスラエル7月CPI発表
15日‐8月16日 APECエネルギー相会合(リマ)
16日 APECエネルギー担当相会合(ペルー・リマ)
16日‐8月18日 第46回ASEAN経済統合に関するハイレベルタスクフォース(HLTF-EI)(ラオス)
18日 イスラエル2024年第2四半期GDP(速報値)発表
<8月19日‐8月25日>
19日 フィリピン7月国際総合収支(BOP)統計発表
19日‐8月22日 米国民主党全国大会(イリノイ州シカゴ)
19日‐8月23日 生物兵器禁止条約の強化に関する作業部会、第4回会合(ジュネーブ)
20日 メキシコ6月小売・卸売販売指数発表
20日 ユーロスタット、7月CPI発表
20日‐8月21日 国際持続可能エネルギーサミット「International Sustainable Energy Summit 」(ISES) 2024(マレーシア)
20日‐8月22日 ASEAN高級実務者会議〔ASEAN Senior Officials’Meeting(SOM)〕(ラオス)
21日 米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨(7月30日~31日開催分)(米連邦準備制度理事会=FRB)
22日 トルコ中銀金融政策会議
22日 メキシコ第2四半期GDP発表
23日 OECD2024年第2四半期G20貿易統計発表
24日 北部準州議会選挙(オーストラリア)
24日‐8月25日 第9回アフリカ開発会議(TICAD9)閣僚会合(都内)
25日 北海道岩見沢、大阪府箕面各市長選投開票
<8月26日‐9月1日>
26日‐8月30日 UNDP/UNFPA/UNOPSの執行委員会、第2回定例会(ニューヨーク)
26日‐8月30日 国連人権理事会 恣意的拘禁に関する作業部会、第100回会合(ジュネーブ)
26日‐8月30日 第53回太平洋・島嶼国フォーラム首脳会議(ヌクアロファ・トンガ)
26日‐9月13日 児童の権利委員会、第97回会議(ジュネーブ)
27日 メキシコ7月貿易統計発表
27日‐8月28日 イスラエル中銀金融委員会会合
28日 ロシア1~7月鉱工業生産指数発表
28日‐9月7日 第81回ベネチア国際映画祭開幕(イタリア)
29日 米国第2四半期GDP(改定値)発表
29日 トルコ7月貿易統計発表
30日 ブラジル7月全国家計サンプル調査発表
30日 8月のユーロ圏消費者物価指数(速報値)(EU統計局)
30日 ドイツ7月労働市場統計発表
9月
1日 ドイツ・ザクセン州議会選挙
1日 ドイツ・テューリンゲン州議会選挙
2日 インドネシア8月CPI発表
3日 メキシコ7月雇用統計発表
3日 ブラジル第2四半期GDP発表
3日‐9月4日 第33回アグロ・マショフ国際博覧会(イスラエル・エルサレム)
3日‐9月4日 クリーンテック 2024(テルアビブ)
3日‐9月6日 東方経済フォーラム(ロシア・ウラジオストク)
4日 オーストラリア2024年第2四半期GDP統計発表
4日 ブラジル7月鉱工業生産指数発表
4日 米国7月貿易統計発表
4日 カナダ中央銀行政策金利発表
4日 トルコ8月CPI発表
5日 タイ8月CPI統計発表
6日 米国8月雇用統計発表
6日 メキシコ8月自動車生産・販売・輸出統計発表
6日 ユーロスタット、第2四半期実質GDP成長率発表
6日‐9月10日 独家電見本市IFA(ベルリン)
8日 ロシア統一地方選挙
9日 メキシコ8月CPI発表
9日 中国8月CPI発表
9日‐9月13日 APEC中小企業担当相会合(ペルー・プカルパ)
9日‐9月13日 IAEA、理事会(ウイーン)
10日 ヨルダン国政選挙
10日 ブラジル8月IPCA発表
10日 第2回大統領候補者討論会(開催地未定)
10日 英国労働市場統計(5~7月)発表
10日 ドイツ8月CPI発表
10日 中国8月貿易統計発表
10日‐9月13日 WTOパブリックフォーラム
11日 トルコ7月国際収支統計発表
11日 米国8月CPI発表
11日 メキシコ7月鉱工業生産指数発表
11日 ロシア8月CPI発表
12日 ブラジル7月月間小売り調査発表
12日 インド7月鉱工業生産指数発表
12日 インド8月CPI発表
12日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(金融政策)(フランクフルト)
13日 G20デジタル経済相会合(ブラジル・マセイオ)
13日 ロシア第2四半期経済活動別GDP(速報値)発表
13日 ロシア中央銀行理事会
13日 フランス8月CPI発表
14日 中国8月固定資産投資、社会消費品小売総額発表
15日 ルーマニア大統領選挙(初回投票)
15日 トルコ8月中央政府予算
16日 大統領討論委員会(CPD)主催第1回大統領候補者討論会(テキサス州サンマルコス)
16日‐9月19日 Foodex Saudi 2024(リヤド)
16日‐9月19日 欧州議会本会議(ストラスブール)
16日‐9月20日 国際原子力機関(IAEA)年次総会(ウイーン)
17日 インドネシア8月貿易統計発表
17日 米国8月小売統計発表
17日‐9月18日 米国FOMC、経済見通し発表
17日‐9月18日 ブラジル中央銀行、Copom
17日‐9月19日 EV Auto Show(EVAUTOSHOW)(リヤド)
18日 英国8月CPI発表
18日 ユーロスタット、8月CPI発表
19日 米国第2四半期国際収支統計発表
20日‐9月21日 未来サミット、アクション・デイズ(ニューヨーク)
22日‐9月23日 未来サミット、サミット(ニューヨーク)
21日 トルコ中銀金融政策会議
22日 ドイツ・ブランデンブルク州議会選挙
22日‐9月23日 国連「未来サミット」(ニューヨーク)
22日‐9月25日 英国労働党大会(リバプール)
23日 EU農水相理事会(ブリュッセル)
23日 メキシコ7月小売・卸売販売指数発表
23日‐9月27日 国際工業見本市(コロンビア・ボゴタ)
24日 EU一般問題理事会(ブリュッセル)
24日‐9月26日 Global Water Expo(リヤド)
24日‐10月4日 第79回国連総会一般討論(米国・ニューヨーク)
25日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(非金融政策)(バーチャル会議)
25日 ロシア1~8月鉱工業生産指数発表
25日 米国第2四半期対外資産負債残高統計発表
25日 CPD主催副大統領候補者討論会(ペンシルベニア州イーストン)
25日‐9月26日 アジアインフラ投資銀行(AIIB)第9回年次総会(ウズベキスタン・サマルカンド)
25日‐9月27日 Expoalimentaria 2024(ペルー・リマ)
26日 米国第2四半期GDP(確定値)発表
26日 EU競争力担当相理事会(域内市場・産業)(ブリュッセル)
26日 ECB一般理事会(バーチャル会議)
26日‐9月28日 ロシア・エネルギーウィーク(ロシア・モスクワ)
27日 メキシコ8月貿易統計発表
27日 ブラジル8月全国家計サンプル調査発表
27日 ドイツ8月労働市場統計発表
29日 オーストリア議会総選挙
29日 ルーマニア大統領選挙(決選投票)
29日 トルコ8月貿易統計発表
29日‐10月2日 英国保守党大会(バーミンガム)
9月中 WTO2024年第2四半期財貿易統計発表
9月下旬 フランス2025年政府予算案・社会保障会計法案発表
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問