外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2020年8月11日(火)

外交・安保カレンダー(8月10-16日)

[ 2020年外交・安保カレンダー ]


今週は筆者の「本籍地」である中東はレバノン、ベイルートの港湾倉庫で起きた大爆発事件を取り上げたい。以前なら「2750トンの硝酸アンモニウム」と言われてもピンと来なかっただろうが、ネット上で何度も流れた大爆発の映像を見れば、その危険さ、重大さが如何ほどのものか良く分かる。まずは犠牲者のご冥福をお祈りしたい。

さて、ベイルートといえば、筆者が外務省アラビア語研修で2年間行くことになっていた所。在外研修が始まる前、レバノンで内戦が悪化し、郊外にあった英外務省のアラビア語研修施設も閉鎖されてしまった。当時ベイルートは中東のパリとも言われたが、結局筆者の研修先はカイロになった。これが良かったのか、悪かったのか。

日本では自宅が倒壊したカルロス・ゴーン日産元会長がホームレスになったというニュースも流れた。だが、問題の本質はゴーン豪邸よりも、レバノンという国家の将来だろう。同国情報機関は首相や大統領にあの倉庫の危険性について何度も警告していたという。そうであれば、レバノンは最早国家の体をなしていないということか。

これぞ、一部のアラブ(失礼!どことは言わないが)諸国に見られる「自己統治能力の欠如」の典型例だ。このままレバノンが沈没していけば、そこに巨大な「力の真空」が生まれる。その時、一体どこの誰がその「真空」を埋めるのか、一つ間違えれば中東全体の勢力バランスが激変する可能性すらある。今のレバノンは要注意だ。

もう一つ、筆者が注目したのはトランプ氏が8月6日に署名した2つの大統領令だった。ホワイトハウスは同日、米国で若者に人気のあるスマホ用アプリなどを運営する中国企業との取引を禁ずる大統領令を発出した。これも日本では結構話題になったので、ここで少し詳しく書いておこう。

取引禁止となる中国企業と中国製アプリは、中国の北京字節跳動科技(ByteDance)の子会社が運営する動画投稿アプリTikTokと、中国の騰訊(テンセント)が運営するSNS「WeChat」の二つだ。同大統領令によれば、いずれのソフトも米国にとって「安全保障上の脅威」となるというのだが、果たして本当なのか。

恥ずかしながらTikTokは昨日初めて使ってみた。最初は面白かったが、それだけのこと。筆者も直ぐ飽きてしまった。二十歳を過ぎた姪っ子によれば、「TikTokなんかもうやらない、あれは10代用のアプリだから」だそうだ。おいおい、10代の若者用アプリのどこが危険なのだ、と切り返されたら、トランプ政権はどう反論するのだろう。

件の大統領令は、「TikTokは米国の個人・情報財産を収集し、中国共産党による個人の脅迫、米連邦職員の追跡、企業スパイ活動を可能とする恐れがある」などと批判している。まあ、半分は大統領選挙のキャンペーン、もう半分は米中覇権争いの新たなチャプターだと思えば、当たらずとも遠からずなのだろう。

問題の本質はTikTokやWeChatの機能ではない。全ては2017年の中国国家情報法第7条が規定する「中国企業と個人の国家情報収集活動に対する協力義務」なのだ。「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」、TikTokの創業者にはお気の毒としか言いようがない。あれだけ「非中国」企業になろうとしたのに、その努力は報われそうもない。

〇アジア
トランプ政権が台湾に厚生長官を派遣したのに対し、中国は空軍機を台湾側空域に派遣した。一見、危機がエスカレートしたような印象を受けるが、実は中国の対応は「自制」が効いており、決して「倍返し」はしていない。一方、香港では民主派運動家たちの拘束が今も続いている。今後北京が「誤算」しないことを望むしかないだろう。

〇欧州・ロシア
「ドイツの軍・警察内部でネオナチ・グループが増殖中」という最近のNYT記事が気になる。ドイツ国内で混乱が起きる時期をDayXとし、その日に武装蜂起を含む行動を起こす謀議を繰り返しているらしい。まあ、NYTが書くのだから話八分目としても、状況は旧東ドイツにみならず、ハンガリーやポーランドなど旧東欧も同様とか。恐ろしい。

〇中東
日本ではあまり注目されていないが、最近中東各地ではトルコやエジプトなどによる「海外派遣」や「他国紛争介入」が問題となりつつある。トルコはリビアだけでなく、アゼルバイジャンにも「派兵」または「傭兵派遣」を準備しているという。長いテロとの戦いで米国が中東への関心を減らす中、中東の地域大国が再び跋扈し始めたようだ。

〇南北アメリカ
先週もバイデン候補は副大統領候補を決められなかった。考えれば考えるほど、適任者がいないということか。カマラ・ハリス上院議員が本命と言われて久しいが、それが決まらないとなると、バイデンの政治的手腕にも疑問符がつくかもしれない。いずれにせよ、バイデン候補は副大統領候補の選択で失敗は許されない。

〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。


1-15日 APEC3回高級実務者会合(ペナン)
4-9月18日 ジュネーブ軍縮会議 third part(ジュネーブ)
10日 中国7月CPI発表・PPI発表
11日 インド6月鉱工業生産指数発表
11日 中国全人民代表大会常務委員会最終日(北京)
11日 大統領予備選挙(コネチカット州)
11日 メキシコ6月鉱工業生産指数発表
11日 「中央アジア+日本」対話・外相テレビ会合の開催
11-12日 エジプト下院議会選挙
11-15日 米・ポンペオ国務長官がチェコなど欧州歴訪
12日 カザフスタン上院選挙(間接選挙)
12日 ブラジル6月月間小売り調査発表
12日 ニュージーランド準備銀行政策金融委員会
12日 米国7月消費者物価指数(CPI)発表
12日 日航機墜落事故から35年
13-15日 Indonesia Mega Industrial Event(ジャカルタ)
14日 米国7月小売売上高統計発表
14日 中国7月固定資産投資、社会小売品販売総額発表
14日 韓国「慰安婦の日」
15日 全国戦没者追悼式(東京・日本武道館)
15日 北朝鮮・祖国解放記念日
15日 台湾・高雄市長補選
15日 韓国・光復節
15日 アリアン5(BSAT 4b, Galaxy 30, MEV-2)打ち上げ(仏領ギアナ基地)
16日 ドミニカ新大統領就任
16日 自動車F1第6戦 決勝(スペイン)

<17-23日>
17日 ロシア1-7月鉱工業生産指数発表
17-18日 APEC構造改革担当相会合(マレーシア・スランゴール)
17-20日 民主党全国大会(ウィスコンシン州ミルウォーキー)
19日 EU7月CPI発表
20日 イラク・カーズィミー首相がワシントンを訪問(ホワイトハウス)
20日 FOMC議事要旨
20-22日 Rubexpo(コロンボ)
21日 メキシコ6月小売・卸売販売指数
21日 ロシア1-6月貿易統計発表


宮家 邦彦  キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問