キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年8月4日(火)
[ 2020年外交・安保カレンダー ]
やや旧聞に属するが、先週改めてポンペイオ米国務長官の中国政策スピーチを読み返した。同長官は演題に「コミュニスト・チャイナ(共産中国)」という懐かしい言い回しを使っている。「悪いのは民主党、リベラル、アナキスト、社会主義者、共産主義者、バイデン」という大統領選レトリックの一環に「共産中国」があることは先週書いた。
今トランプ氏の頭の中にあるのは「民主党リベラルの無法行為と戦う『法と秩序』の現職大統領」というナラティブ(語り)なのだろう。7月後半には国務長官だけでなく、国家安全保障担当大統領補佐官、FBI長官、司法長官も立て続けで似たような内容の演説を行っているのだが、これが単なる偶然だとは到底思えない。
筆者は一種のデジャヴ(既視感)を覚える。読者の皆さんは「マッカーシーの赤狩り」という言葉をご存じだろうか。「マッカーシズム」とは、冷戦初期の1948年頃から1950年代前半にかけて米国で吹き荒れた共産党員、共産党シンパと見られる人々に対する一連の批判、差別、攻撃、排除活動のことだ。
このネーミングは「赤狩り」を進めたのが共和党右派ジョセフ・マッカーシー上院議員だったから。彼に同調した代表的政治家がリチャード・ニクソンとロナルド・レーガンだったことはあまり知られていない。要するに、「赤狩り」は共和党の代名詞、これが今や形を変えて復活しつつあるのだとしたら、中国にはお気の毒としか言いようがない。
話をポンペイオ演説に戻そう。同演説をはじめとする最近の米中関係の険悪化について本邦有力各紙の社説を読み比べてみた。以下は各社社説のヘッドラインだ。
朝、力の対決では道開けぬ
毎、新冷戦にしてはならない
東、世界の安定化へ自制を
日、最悪事態回避する知恵を
読、報復の連鎖に歯止めを
産、民主主義陣営は結束せよ
なるほど、やっぱりね!というのが率直な感想だ。中国の言動にはあまり触れず、米中双方の強硬姿勢を等しく批判し、両国に自制を求めるものが多い。ポンペイオ長官が提唱した「民主主義同盟」に同調するのは僅か一紙のみ。これが日本の対中政策を取り巻く環境なのか。10年前とちっとも変っていない印象を受けるのだが・・・。
今週最も気になるのはいわゆる「徴用」問題だ。韓国大法院は日本製鉄に対し、「徴用」被害者1人当たり1億ウォン(約900万円)の賠償を既に命じている。その「韓国内資産の差し押さえ命令」を伝える「公示送達」の効力が8月4日に発生するため、原告側は日本製鉄などの株式を売却し現金化を始める可能性が高い。
勿論、被告側には即時抗告が可能だし、実際の資産売却・現金化にも資産鑑定などの手続きも必要らしい。一部にはこの手続きに数カ月はかかると見る向きもある。しかし、万一、現金化が始まれば、それはもうレッドラインを超える。日本政府も何らかの報復をしなければ国内が持たない。最悪の事態にならなければ良いのだが。
もう一つ、筆者が注目したのは自民党の国防部会・安全保障調査会が7月31日に開いた合同会議だ。ここで「新たなミサイル防衛に関する政府への提言案」が了承され、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みが必要」とされた。もう少し詳しく説明しよう。
一部メディアはこの「ミサイル阻止力」なるものが問題だと指摘する。過去数十年間「敵基地攻撃(反撃)能力」と説明してきたものを単に言い換えただけであり、「敵基地攻撃能力の保有について政府に検討を要請」するなど、「『専守防衛』という日本の安全保障政策の大きな転換につながりかねない内容」と批判しているのだ。
しかしながら、この提言案をじっくり読めば、「専守防衛」を「大きく転換する」どころか、これまで余りに観念的だった「専守防衛」の内容を、より具体的、かつ分かり易く説明しようと務めていることがよく分かる。キーワードは「日米同盟全体の抑止力・対処力」の向上である。
日本の防衛は自衛隊と日米安保から成り、日本の防衛政策は抑止力と対処力という2つの要素から成ること、特に、弾道ミサイル阻止能力を含む抑止力の強化が重要だと指摘している。これこそ「専守防衛」の本質であり、その意味で今回の提言は極めて重要である。
〇アジア
香港警察が香港出身の在外民主活動家ら6人を国家安全維持法違反容疑で指名手配したそうだ。中国はこの種の国外適用を厭わないだろう。これに味をしめれば、次は欧米諸国の人権団体に矛先を向けるはずだ。香港の受難は続くが、日本の既存人権団体は具体的支援策を用意しているのだろうか。気になるところだ。
〇欧州・ロシア
ドイツ外相が「香港との犯罪人引き渡し条約の停止」をツイートする一方、外務副大臣は5Gで欧州系設備を採用すべきだと述べたそうだ。確か外相はメルケルのCDUと連立を組むSPD出身の筈。人権問題により敏感なSPDが中国に厳しくなりつつあるのだとしたら、ドイツの対中政策にも影響があるかもしれない。要注意だろう。
〇中東
中東に熱波が来ている。50度を記録したバグダッドでは電力不足や生活必需品欠如に対する抗議デモが起きたそうだ。同時期、クウェートでは51度を超えたとも報じられている。この時期、あの地域の街頭で抗議運動を行うのは命がけだ。あの暑さは巨大なヘアドライヤーの中にいるような感覚、経験しなければ分からないだろう。
〇南北アメリカ
今週中にもバイデン候補が副大統領候補を決めるという。非白人の女性ということだが、その選択は今年の大統領選を左右しかねないほど重要なものとなる。逆に言うと、力のない副大統領候補を選べば、トランプ陣営の「口撃」の餌食となる可能性だってある。アフリカ系の女性政治家だったら誰でも良いという訳にはいかないのだ。
〇インド亜大陸
インドではモディ首相腹心の内務大臣が新型コロナに感染したそうだが、それ以外には特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
1-15日 APEC第3回高級実務者会合(ペナン)
3日 Astra Rocket 3.0(低軌道技術実証衛星)打ち上げ(アラスカ Kodiac)
4日 ブラジル6月鉱工業生産指数発表
4日 徴用工問題で韓国裁判所の日本製鉄側に対する「公示送達」発効
4-5日 ブラジル中央銀行、Copom(金融政策委員会)
4-7日 国連人種差別撤廃委員会 第101回会合(ジュネーブ)
4-9月18日 ジュネーブ軍縮会議 third part(ジュネーブ)
5日 スリランカ総選挙(予定)(コロンボ)
5日 米国6月貿易統計発表
5日 ロシア7月CPI発表
6日 メキシコ7月自動車生産・販売・輸出統計発表
6日 広島市原爆死没者慰霊式・平和記念式(広島市平和記念公園)
6日 ソユーズ2.1b(ロシア航法測位衛星GLONASS-K15)打ち上げ(プレセツク宇宙基地)
6日 ファルコン9(スペースX社スターリンク衛星10等)打ち上げ(ケープカナベラル空軍基地)
7日 米国7月雇用統計発表
7日 メキシコ7月CPI発表
7日 中国7月貿易統計発表
7日 ブラジル7月拡大消費者物価指数(IPCA)発表
9日 ベラルーシ大統領選挙
9日 自動車F1第5戦決勝(英シルバーストーン・サーキット)
【来週の予定】
10日 中国7月CPI発表
11日 インド6月鉱工業生産指数発表
11日 大統領予備選挙(コネチカット州)
11日 メキシコ6月鉱工業生産指数発表
11-12日 エジプト下院議会選挙
12日 カザフスタン上院選挙(間接選挙)
12日 ブラジル6月月間小売り調査発表
12日 ニュージーランド準備銀行政策金融委員会
12日 米国7月消費者物価指数(CPI)発表
13-15日 Indonesia Mega Industrial Event(ジャカルタ)
14日 米国7月小売売上高統計発表
14日 中国7月固定資産投資、社会小売品販売総額発表
15日 北朝鮮・祖国解放記念日
15日 台湾・高雄市長補選
15日 韓国・光復節
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問